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2022/01/07

人の影響は双方向

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昨年、東京大学先端科学技術研究センターの教授の西成活裕先生が、「イグ・ノーベル賞」を受賞されました。

イグ・ノーベル賞は、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に与えられる賞で、世界的に注目されています。

その多くが専門雑誌に掲載されるユニークで尖った研究で、1万人超の候補の中から狭き門を突破した「栄誉ある賞」なのです。


西成先生たちの研究チームでは、「歩きスマホをしているときに、なぜ歩行者同士がぶつかりそうになるのか」を調査しました。

横断歩道などで人がすれ違うとき、一部の人が歩きスマホをします。

スマホを見ている歩行者は、周囲への注意が散漫になっているので、人とぶつかりやすくなるのは分かります。

実際は、周囲の人も「スマホ歩きしている人」のことを避けられず、自分は歩きスマホをしていないのに、ぶつかりやすくなるのです。

つまり、人がすれ違うときは、お互いに予期することによって、ぶつからないようになっていたのです。

このことから連想すると、「車」と「歩行者」の関係においても、運転する人だけが氣をつけていれば良いわけではなさそうです。スマホ歩きをしながら、「きっと車が避けてくれる」という考えでは成り立ちません。

研究結果によれば、一部の人の歩きスマホが歩行者全体の動きに影響するそうです。歩行者一人の注意が散漫になることで、全体が停滞するので、「自分一人くらいは大丈夫」という考えでも成り立ちません。

西成先生は「人間は無意識のうちに見ず知らずの人とも交流して、阿吽の呼吸で行動しているのです」と言われます。

なるほど、それこそ「氣が通う」ことであり、心身統一合氣道の技に通じます。氣が通っているから、相手を導き投げることができます。

心身統一合氣道を熱心に稽古なさっている西成先生には、日頃の技の稽古がこのように見えていたのでしょう。


考えてみれば、「人との関わり」は、総て同じようにも思えます。

「教える人」と「教わる人」においても、一方だけが影響を与えるのではなくて、双方が影響を与え合っています。

「教える人」も、「教わる人」から常に何かを得て変化し続けています。昔から「教えることは学ぶこと」といわれるのも良く分かります。

学校のように先生と生徒が向かい合って学ぶ価値は、お互いが意欲を持って臨むことで影響し合って、大きな効果が得られるところにあるのでしょう。だからこそ、「共に学ぶ姿勢」が大事なのです。


学生時代、私は合氣道部に所属していました。

理系大学の学生(特に新入生)は、コミュニケーションが得意でない人が多いため、何かを言われたときに「反応が薄い」ことがあります。

合氣道部の先輩で、現在、長岡技術科学大学の教授の三浦友史先輩は、事あるごとに「師範がもっと教えたくなってしまうように、ワクワクした感じで稽古しよう!」と新入部員に声をかけていました。

当時、私は「何のために」を理解していませんでしたが、先輩はこの頃から、「学習とは相互作用である」ことを理解していたのでしょう。

お寺の鐘が立派でも、橦木(鐘つき棒)が粗末では良い音は出ません。「反応が薄い」ということは、「得られるものも薄い」ということです。

食事を作ってもらったときもそうですし、何かお世話になったときも同じです。反応が薄いと双方にとってプラスになりません。

積極的に求めることによって、相手の持っている力を引き出せます。

コミュニケーションの本質だな、と思います。


西成先生のお話では、受賞後の取材でこんな質問があったそうです。

 「すごい研究なのは分かりましたが…、オチはどこにあるのですか」

西成先生も笑わせるための研究しているわけではないので、「オチ」などあるはずがありません。「イグノーベル賞」が世の中に正しく理解されるのには、少し時間がかかりそうです。

研究内容に関心のある方は、東京大学のサイトをご覧ください。

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