我が人生の存在価値
藤平信一です。
藤平光一先生が、その教えを簡潔にまとめた「誦句集」の中に、「我が人生の存在価値」があります。
「我が人生の存在価値」
我が生命は天地の氣より生じたのである。草木動物としてではなく、万物の霊長としてこの世に生を享けた事を感謝しよう。天地の生成発展の大経綸に参画し、我が使命を完遂する事を誓おう。
[注] 経綸(けいりん)=国家を治めること。治国済民の方策。
この世の中で、自分が何をすべきか、果たすべき役割は何か、それを知ることは容易ではありません。
20歳位の若い人から受ける相談で最も多いのが進路です。「自分が何をしたいか分からない」というものです。
生きることで精一杯の時代、仕事が自由に選べなかった時代は、ほとんどなかった悩みでしょう。衣食住に困らず、仕事を自由に選べる環境にある人だからこそ、生じ得る悩みかもしれません。それでも、本人にとっては深刻な悩みです。
先日、ロサンゼルスで一人の青年に出会いました。
彼は自分が何をしたいかが分からず、ひとまずアメリカに渡って、その答えを何年も探し続けていたそうです。
「答えは見つかりましたか」と私が尋ねると、「いいえ、来年には帰国して日本で探します」と言っていました。
おそらく、この青年は一生、同じ悩みを抱え続けることでしょう。
自分の存在価値は、他者との関わりによって初めて分かります。自分が誰かの役に立つことで、自分の役割を認識出来るのです。
この青年の場合、「自分が何をしたいか」という自分の問題ばかりで、自分が世の中にどう役に立つか、自分が世の中に何が出来るか、世の中との関わりについて全く考えていません。
「自分の仕事がない」「自分の仕事ではない」という考えも同じです。
「仕事がない」ことなどあり得ません。
世の中の役に立つこと、会社の役に立つこと、相手の役に立つこと、意識を外に向ければ、すべきことは数え切れない程あります。
仕事がないとしたら、自分のしたい仕事がない、ということです。意識が内ばかりに向くと、すべきことが全く分からなくなります。
同じことをするにも、「自分のためにする」のと、「誰かのためにする」のでは、結果は違います。
「誰かのためにする」人は、いつも笑顔で、活き活きとしています。「自分のためにする」人は、いつも笑顔がなく、つまらなそうにしています。
活き活きとした人生を送るには、世の中の役に立つことです。
自分がこの世の中で果たすべき役割を知ることによってはじめて「我が人生の存在価値」が分かるのです。
皆さんが、世の中に果たすべき役割は何ですか。
※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。
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