力を抜く
この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を日常に活用する事が目的です。
読むだけではなく、積極的に課題に取り組んで下さい。実践を通して得た学びは一生の財産となります。
藤平信一です。
「力を抜く」ことは、心身統一合氣道の技だけではなく、様々な武道やスポーツにおいて重要です。「力を抜く」ことによって、心身統一して姿勢が安定し、思うように身体を使うことが出来るからです。
しかし、この「力を抜く」稽古を勘違いしている人を、時々見かけることがあります。その勘違いは、傾向として若い世代に多く見られます。
そもそも「力を抜く」以前のこととして、何事を行うにも、真剣に行う、本氣で行う、必死に行うのが前提です。すると、始めは身体に力みも生じます。稽古を重ねるうちに余分な力を使わなくなって来て、「力を抜く」ことを身体で分かってきます。
飽食の時代、食べ物に困ることない現代の日本人は、必死にならなくても、何とか生きて行くことが出来ます。それなりの努力でそれなりに生きる若者が多くいます。「真剣になれない病」にかかっています。
そういった者に、いきなり「力を抜く」ことを教えると、「力を抜く」ことと「手を抜く」ことを勘違いしてしまいます。若いうちに「手を抜く」ことや、楽することを覚えてしまうと、あとで必ず苦労することになります。
心身統一合氣道の指導者は、若い世代に指導する際、このことを肝に銘じておかなければいけません。そのため私は、始めは力が入っても構わないので、とにかく「真剣に稽古する」ことを徹底しています。「力を抜く」ことを教えるのは、それからなのです。
トップアスリートなど、常に真剣に取り組んでいる者には、始めから「力を抜く」ことを指導して良くなります。「人を見て法を説く」ことです。
別の勘違いは、「力」そのものが悪いという考えです。
我々は、ただ座っているだけでも力を使っています。力が全くなくなったら、座ることすら出来ません。より力が強ければ、より重い物を動かすことが出来ます。
悪いのは「力」ではなく、「力み」です。身体に力みがあると、心身不統一となり姿勢が崩れて、思うように身体を使えなくなります。
スポーツであれば、その種目に合った筋肉を鍛えて、より強い力を得ることは不可欠です。ただし、余分な力は必要ありません。「力を抜く」ことが、そこで初めて必要になるのです。
「力を抜く」ことは、虚脱状態になることとも違います。虚脱状態になってしまったら、何も出来なくなります。これも、実に多い勘違いです。
「力を抜く」ことは_________こと、とても奥が深いのです。
【課題】
___には何が入りますか。正解は無限にあります。
※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。
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