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2007/01/18

氣と教育(18)「実現する力(2)」

藤平信一です。

それでは第一段階です。日常生活で、私たちはどんな時に氣を切りやすいでしょうか。

二人で話をしている光景を思い浮かべて下さい。一生懸命に話をしているのに、相手の氣が他のことに取られ、心証を害したことはありませんか。

例えば、話の途中で携帯メールに氣を取られたらどうでしょうか。話を真剣に聞いている姿には見えませんね。最近は、実に多く見られます。

話をする時は、お互い相手に氣を向けるのが当たり前です。相手の氣が他のことに氣を取られると寂しい感じがしますね。話をしている途中で氣を切る一例です。

私は仕事柄、年間を通して多くの方にお目にかかりますが、半分くらいの方が、何らかの形で話の途中で氣を切っています。印象は当然悪く、「もったいない」と思って話を続けています。心ある方には、教えて差し上げるようにしています。

他には、どんな例があるでしょうか。

コンビニエンスストアで買い物をして、店員からお釣りを受け取る時、ぞんざいに渡されて心証を害したことはありませんか。

お釣りを渡すときは、相手の手にお金がしっかりと渡るまで、氣を向けるのが当たり前です。しかし、お金を放した時点で店員の氣が切れてしまうと、乱暴な渡され方になり、何とも言えない寂しい感じがしますね。

物を手渡す時、相手が受け取らないうちに手を放してしまって、物を落としてしまうのも同じことです。物を渡す途中で氣を切る一例です。

一つ一つの例は些細なことに感じるかもしれません。しかし、日頃ちょっとした事で氣を切る人は、重要な仕事においても、途中で氣を切る傾向があります。「些細なことで氣を切る人には、重要なことは頼めない」ということにもなるでしょう。

日頃の訓練があるから大事な場面でも出来るのです。

それでは、「具体的にどの様に訓練するか」ですね。

訓練法はとてもシンプルです。自分がいつ氣を切るかを探すよりも簡単な方法があります。それは、自分に対して氣を切られた結果、自分がされて嫌に感じたことを記録に取ることです。自分が同じことをしていないかチェックすることが近道です。

氣づかないことは、あらためようがありませんね。

そのため、私は嫌だと感じたことを「氣づきのノート」に記し、それを元にチェックし、日々あらためています。「氣づく」だけではいけません。その後の行動が大切です。ご一緒に氣を切らない訓練をして参りましょう。

※ この記事は「氣の研究会メールマガジン(教育編)」に掲載された記事です。

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