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2006年8月の2件の記事

2006/08/24

呼吸には質がある

藤平信一です。

自分の呼吸について深く考える方は多くありません。あらためて呼吸についてご一緒に考えてみましょう。

呼吸には質があります。つまり、「深い呼吸」と「浅い呼吸」があります。「深くて静かな呼吸」と「浅くて荒い呼吸」、ご自分はどちらだと思われますか。

先日、某大手コンサルティング会社で指導をしました。

同じ質問に対して、ほとんどのコンサルタントが「考えたことがない」と答え、ごく一部の方が「浅い呼吸」と答えていました。呼吸を実際に見させて頂いたら、ほどんどの方が浅い呼吸でした。

そもそも呼吸が浅い、つまり荒いときはどんな時でしょうか。読みすすめる前に5つあげてみて下さい。

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いかがでしょうか。

まずは、怒っている時。怒っている方を観察してみて下さい。荒い呼吸をしています。

緊張している時は、どうでしょうか。同じく荒い呼吸ですね。他にはどうでしょうか。

心が動揺している時。
不安を感じている時。
恐怖を感じている時。
泣いている時。
体調がとても悪い時。
ストレスを受けている時。
悪い夢を見ている時。
他にも、心にやましいことがある時(!)、など。

呼吸が浅くて(荒くて)良いことは、実は何もないんですね。激しい運動をしたときは、相対的に呼吸が激しくなりますが、これは自然な反応なので、いまは別に考えたいと思います。

呼吸を自分の意思でしずめることが出来たらどうでしょうか。上であげた状態を解消したり、緩和したり出来る訳です。

先のコンサルティング会社の例では、後から聞いた話によると、尋常ではないストレスと闘って仕事をしているそうです。そのため、一年も経たずに辞める方が多いそうです。だから、ほとんどの方の呼吸が荒かったのですね。しかも、自覚がありません。これでは辛いだけです。

そこで、自然な姿勢(心身統一した姿勢)と氣の呼吸法をお伝えしました。毎日実践なさっている方は、数日でもさっそく効果が出ています。

ストレスを他力で解消することは悪いことではありません。しかし、自力で解消することも大切です。さらに、ストレスを受けにくい心と身体づくりが最も大切です。

氣の呼吸法は、それを実現します。

ご存じでない方は、ぜひ始めませんか。

※ 現在、Amazon.co.jpでは注文が集中しているため、在庫がなくなっています。間もなく入荷しますので、今しばらくお待ち下さい。

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2006/08/21

指導者の心得

藤平信一です。

今回は心身統一合氣道の指導者の視点でお伝えしたいと思います。

先日、テレビ番組で少年サッカー合宿の様子を紹介していました。試合中に転んでしまい足首を痛めてしまった少年に、コーチが氣になる言葉をかけていました。

「サッカーには怪我がつきものだから、仕方ないよな」

勿論、コーチは少年を励ます氣持ちで声をかけているのですが、この言葉のかけ方には問題があります。

それは一体なんでしょうか。読み進める前に考えてみて下さい。

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そもそも、「怪我は当たり前」ではないことです。たとえ相手が悪かったとしても、氣が出ている状態でプレーすれば、危険を察知して、瞬時に反応することが出来ます。また、氣が出ていれば、アクシデントに強い身体にもなっています。

怪我をしてしまったら、心と身体の使い方に問題がなかったのか、どうしたら怪我をしないか考えることが大切です。もっと言えば、怪我をさせないことが指導者の責任でもあります。

さらに、潜在意識の面でも問題があります。

コーチが「怪我は仕方がない」と少年に言葉をかけることで、少年の心は無意識に怪我をすることに向いてしまいます。そのままでは、いつか本当に大きな怪我をしてしまいます。とても恐いことなんですね。

藤平光一先生は、「指導するクラスで怪我人が出たら指導者に全責任がある」と指導者の心得を厳しく指導されます。指導者の氣が出ていれば、隅々にまで氣を配ることが出来ます。「氣が出ている」から「氣づく」のです。

一例をあげれば、不自然な動きをしている人に氣づくことです。不自然な動きをする人は、身体を痛めている可能性があります。そのまま稽古を続ければ怪我をしやすい。

また、身体の問題ではなく、不自然な動きがその人の癖でも、そのままでは怪我をしやすいのです。不自然な動きに氣づいて、それをお伝えすることが大切です。

それには、指導者の氣が出ていなければいけません。

その他にも、体調が悪く稽古に集中出来ていない人はいないか、道場の中でお互いにぶつかる距離で稽古している人はいないか、氣が出ていれば危険を察知することが出来ます。

私が初めて藤平光一先生から指導の仕方を教えて頂いたときは、二時間、誦句集の唱和と柔軟体操だけで終わってしまいました。唱和の仕方、柔軟体操の号令のかけ方を何度も指導頂きました。その稽古では技の稽古はありませんでした。

藤平光一先生は、稽古の始めを大切に考えていらしたのです。指導者が氣を出して稽古を臨むこと、それが、指導において最も重要な心得の一つだったんですね。

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