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2006年8月の5件の記事

2006/08/25

氣の呼吸法体験セミナー

Book

藤平信一です。

氣の呼吸法体験セミナー」のお知らせです!

コラムでご紹介した「氣の呼吸法体験セミナー」を、下記の日時で、財団法人 氣の研究会 東京地区本部のセミナールームで開催します。

  1. 平成18年 9月 6日 (水) 19時00分~21時00分
  2. 平成18年 9月13日 (水) 14時00分~16時00分

 ※ セミナーは盛況に終了いたしました。

どちらかご都合の良い日をお選び頂けます。定員は各クラス10名で、定員になり次第、締め切らせて頂きます。費用は3,000円です。ご参加にあたりご入会頂く必要はありません。

講師は小堀智則です。私、藤平信一が最も信頼している本部講師の一人です。

今回は少人数セミナーなので、お一人お一人のご質問にお答えしながら進めて参ります。また、体験型セミナーなので、あっという間の2時間になることでしょう。

参加条件は「氣の呼吸法」を事前にお読み頂いていることです。事前にお読み頂いていると、セミナー当日の理解が何倍もしやすくなります。当日もテキストとして使用しますので必ずご持参下さい。

皆さまのご参加を心よりお待ちしています。

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2006/08/24

呼吸には質がある

藤平信一です。

自分の呼吸について深く考える方は多くありません。あらためて呼吸についてご一緒に考えてみましょう。

呼吸には質があります。つまり、「深い呼吸」と「浅い呼吸」があります。「深くて静かな呼吸」と「浅くて荒い呼吸」、ご自分はどちらだと思われますか。

先日、某大手コンサルティング会社で指導をしました。

同じ質問に対して、ほとんどのコンサルタントが「考えたことがない」と答え、ごく一部の方が「浅い呼吸」と答えていました。呼吸を実際に見させて頂いたら、ほどんどの方が浅い呼吸でした。

そもそも呼吸が浅い、つまり荒いときはどんな時でしょうか。読みすすめる前に5つあげてみて下さい。

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いかがでしょうか。

まずは、怒っている時。怒っている方を観察してみて下さい。荒い呼吸をしています。

緊張している時は、どうでしょうか。同じく荒い呼吸ですね。他にはどうでしょうか。

心が動揺している時。
不安を感じている時。
恐怖を感じている時。
泣いている時。
体調がとても悪い時。
ストレスを受けている時。
悪い夢を見ている時。
他にも、心にやましいことがある時(!)、など。

呼吸が浅くて(荒くて)良いことは、実は何もないんですね。激しい運動をしたときは、相対的に呼吸が激しくなりますが、これは自然な反応なので、いまは別に考えたいと思います。

呼吸を自分の意思でしずめることが出来たらどうでしょうか。上であげた状態を解消したり、緩和したり出来る訳です。

先のコンサルティング会社の例では、後から聞いた話によると、尋常ではないストレスと闘って仕事をしているそうです。そのため、一年も経たずに辞める方が多いそうです。だから、ほとんどの方の呼吸が荒かったのですね。しかも、自覚がありません。これでは辛いだけです。

そこで、自然な姿勢(心身統一した姿勢)と氣の呼吸法をお伝えしました。毎日実践なさっている方は、数日でもさっそく効果が出ています。

ストレスを他力で解消することは悪いことではありません。しかし、自力で解消することも大切です。さらに、ストレスを受けにくい心と身体づくりが最も大切です。

氣の呼吸法は、それを実現します。

ご存じでない方は、ぜひ始めませんか。

※ 現在、Amazon.co.jpでは注文が集中しているため、在庫がなくなっています。間もなく入荷しますので、今しばらくお待ち下さい。

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2006/08/21

指導者の心得

藤平信一です。

今回は心身統一合氣道の指導者の視点でお伝えしたいと思います。

先日、テレビ番組で少年サッカー合宿の様子を紹介していました。試合中に転んでしまい足首を痛めてしまった少年に、コーチが氣になる言葉をかけていました。

「サッカーには怪我がつきものだから、仕方ないよな」

勿論、コーチは少年を励ます氣持ちで声をかけているのですが、この言葉のかけ方には問題があります。

それは一体なんでしょうか。読み進める前に考えてみて下さい。

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そもそも、「怪我は当たり前」ではないことです。たとえ相手が悪かったとしても、氣が出ている状態でプレーすれば、危険を察知して、瞬時に反応することが出来ます。また、氣が出ていれば、アクシデントに強い身体にもなっています。

怪我をしてしまったら、心と身体の使い方に問題がなかったのか、どうしたら怪我をしないか考えることが大切です。もっと言えば、怪我をさせないことが指導者の責任でもあります。

さらに、潜在意識の面でも問題があります。

コーチが「怪我は仕方がない」と少年に言葉をかけることで、少年の心は無意識に怪我をすることに向いてしまいます。そのままでは、いつか本当に大きな怪我をしてしまいます。とても恐いことなんですね。

藤平光一先生は、「指導するクラスで怪我人が出たら指導者に全責任がある」と指導者の心得を厳しく指導されます。指導者の氣が出ていれば、隅々にまで氣を配ることが出来ます。「氣が出ている」から「氣づく」のです。

一例をあげれば、不自然な動きをしている人に氣づくことです。不自然な動きをする人は、身体を痛めている可能性があります。そのまま稽古を続ければ怪我をしやすい。

また、身体の問題ではなく、不自然な動きがその人の癖でも、そのままでは怪我をしやすいのです。不自然な動きに氣づいて、それをお伝えすることが大切です。

それには、指導者の氣が出ていなければいけません。

その他にも、体調が悪く稽古に集中出来ていない人はいないか、道場の中でお互いにぶつかる距離で稽古している人はいないか、氣が出ていれば危険を察知することが出来ます。

私が初めて藤平光一先生から指導の仕方を教えて頂いたときは、二時間、誦句集の唱和と柔軟体操だけで終わってしまいました。唱和の仕方、柔軟体操の号令のかけ方を何度も指導頂きました。その稽古では技の稽古はありませんでした。

藤平光一先生は、稽古の始めを大切に考えていらしたのです。指導者が氣を出して稽古を臨むこと、それが、指導において最も重要な心得の一つだったんですね。

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2006/08/17

氣と教育(9)「氣づく力」

藤平信一です。

「氣づく力」を養うことをお伝えする前に、そもそも氣づくこと、つまり「氣づき」とは何でしょうか。

読み進める前にご一緒に考えてみましょう。

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狭義では「物事の存在を認識する」ことです。
広義では「物事の本質を理解する」ことです。


まずは、「物事の存在を認識する」からお伝えします。

氣づく力は、人間らしく生きる上で不可欠なものです。なぜなら、氣づかないことは、その人にとって「ないのと同然」だからです。

誰かにお世話になっていたとしても、氣づかなければ、何もしてもらっていないのと同じです。感謝の心を持つこともないでしょう。氣づくからこそ、常に感謝の心を持つことが出来ます。

ここで、少しだけお付き合い下さい。

今までにお世話になった方を、出来る限り思い浮かべて頂けますか。

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何人くらいあげられたでしょうか。その方々には感謝の氣持ちをお持ちのはずです。

一方で、今までお世話になっていても、ご自分で認識していない方はいませんか。思い浮かべて頂けますか。

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認識していない方を思い浮かべるとは何とも変な話です。それでも、何人くらいあげられたでしょうか。

先日の私の氣づきですが、東京で大停電がありました。電氣が止まるだけで、首都機能がほぼマヒしました。

いつも電力を安定供給して下さっている方がいます。私は感謝の氣持ちを忘れていました。今まではそれが当たり前で、電力の安定供給に尽力する、多くの方がいらっしゃることを再認識しました。

お世話になっていながら、「ないのも同然」だったのです。普段、感謝の氣持ちを持つこともなく、事故があった時だけ、責めるのではいけませんね(^^)。

あらためて、感謝の氣持ちでいっぱいになりました。

さて、先ほどの問いはいかがでしたでしょうか。

世界では多くの、そして大きな問題が起こっています。

それに氣づかなければ、何も起こっていないのと同じです。問題に対して行動を起こすこともないでしょう。氣づくからこそ、自分に出来ることから行動を起こせます。

自分自身の課題に氣づくこともとても重要です。

自分のあら探しをするのでなく、自分を見つめることです。何も氣づかなければ、あらためることはないでしょう。氣づくからこそ、常に成長できます。

氣づきというインプットがあるからこそ、行動というアウトプットがあります。氣づきがなければ、何の行動を起こすこともありません。

氣づきを得ることで、私たちの人生は豊かになります。

(次回に続く)

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2006/08/03

氣と教育(8)「自立した人間の育成」

藤平信一です。

「氣と教育」の本題に入りましょう。

私は「自立した人間」を育成することを教育の大きな目標に掲げています。

狭義で言えば、自立とは「自分の力だけで物事ができる」ことです。また、経済的な独立を思い浮かべる方が多いようです。しかし、本当の意味での「自立」とは、それだけではありません。

教育に関する講演やワークショップで必ずお伝えするのですが、私は以下の3つの力を持っていることを「自立」と定義しています。

 【氣づく力】
 【判断する力】
 【実現する力】

そして、三つの力の土台となるのが「セルフコントロール」です。

今回はこの三つの力の概要をお話します。

【氣づく力】

氣づかないことは、私たちにとって「存在しない」のと一緒です。存在しなければ、心を向けることも行動することも出来ません。氣づくことによって、自分が成長することが出来ます。

氣づくことによって、相手の心を察することが出来ます。氣づくためには「氣が出ている」ことが不可欠です。自分の力で、氣が出ている状態を保つことが「氣づく力」です。氣の学びによって「氣づく力」が身に付きます。

【判断する力】

人間の考えで「絶対に正しい」と言えることはありません。したがって、絶対に正しい判断などあり得ません。一方で、「天地自然の法則に従うこと」を正しいとするならば、
そこには常に正しい判断があります。

自分の力で、正しい判断ができることが「判断する力」です。氣の学びによって「判断する力」が身に付きます。

【実現する力】

物事を行うのに、ただ何となくしていては成果は得られません。心をはっきり使うために、目標を出来るだけ明確にして、目標に到達する方法を考え、それを継続することが大切です。

自分の力でそれを出来ることが「実現する力」です。氣の学びによって「実現する力」が身に付きます。

次回から、3つの力について詳しくお伝えします。

(次回に続く)

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