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2006/02/02

セルフコントロールの実践

氣フォーラム2006」のメインテーマは「氣と教育」です。

仏教には、「因縁果」という考えがあります。 物事は原因だけで結果が生じるのではなく、そこに縁の作用が働き、結果が生じます。

教育はまさに、この「縁」にあたります。

どれだけ良い資質を持っていたとしても、受ける教育が悪ければ、育つものも育ちません。 作物が育つ過程と同じく、種を蒔くだけでは立派な実はなりません。 種を蒔く前には土を耕して、必要に応じて水や肥料を与えながら、日々氣を切らずに世話することではじめて、立派な実をつけます。

教育は、人間が人間らしく生きるために絶対不可欠なものです。

「自分は教育分野に携わったことがない」と思う方が多いのですが、実のところ、ほとんどの方が何らかの形で教育に携わっています。 お父さま、お母さまであればお子さんの教育をしています。経営者や上司であれば、社員や部下の教育をしています。

「教育」とは教えること、そして相手が育つのを待つことです。自分の思い通りに育てようとする行為は「教圧(強圧)」です。 「教育」と「教圧」を混同している方が多くいらっしゃいます。

また、種を蒔いてすぐ実を得ようとする方も少なくありません。自然法則を無視しています。 そこには、成長をじっと待つ根氣が必要です。

誰であっても、自分の思い通りに進まないとストレスを感じます。 仕事で、同じ事を何度も注意していても一向に改善をされないと、思わず「同じ事を何度言わせるんだ」と怒りたくもなるものです。

しかし、短氣で刺激に対してすぐに感情的になってしまっていては、教育や人材の育成はできません。 相手のためを思って注意したり叱ったりしているつもりでも、実際には自分の氣持ちを晴らすためにしています。

教育にはセルフコントロールが不可欠です。

相手を注意したり叱ったりするときには、まず自分の心をしずめて、自分の言いたいことでなく、相手に必要なことを伝えることが大切です。

言葉で聞くと簡単そうですが、それをいつ・誰に対しても徹底するのは、並大抵のことではありません。 氣を付けているだけでは十分ではありません。

訓練が必要なのです。

いつでも心をしずめて人に接するためにセルフコントロールするには、呼吸を静かに保つことが訓練です。

そもそも、呼吸が荒いときはどんなときでしょうか。 緊張・不安・怒りなど、精神的に安定を失っているときがほとんどです。その心の状態が呼吸の荒さとなって身体に表れているのです。

氣の呼吸法」を毎日行うことで、静かな呼吸が身に付きます。 呼吸法をしている間の呼吸が静かな呼吸であるのは勿論のこと、普段の呼吸も静かな呼吸になって、少々のことで乱れなくなります。

そうすることで、相手を受け入れ、相手の成長をじっと見守るゆとりが生まれます。我慢をしている訳ではないので、ストレスも生じません。

なぜ、断言できるかと言いますと、私自身が失敗を重ねたからです。私はもともと短氣で、また感情的になりやすい性格をしていました。 今の私を知る方は「信じられない」と言って下さるのですが、家族や昔からいるスタッフは私の性格を良く知っています。

私は、氣の呼吸法を行いセルフコントロールを訓練することで、相手の成長をプラスの心でじっと待てるようになりました。 ストレスを受けないので、身体もずいぶんと楽になりました。 これこそ、私が氣の学びで得た最も大きな「氣づき」の一つです。

氣フォーラム2006」では、セルフコントロールの訓練法として、午後の講習で「氣の呼吸法」をお伝えします。 この機会に是非ご体験ください!

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