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2006年2月の3件の記事

2006/02/16

身体を柔らかく保つ(1)

藤平信一です。

突然ですが、お身体は柔らかいですか。それでも固いでしょうか。

顔がまっすぐ前を向いている状態で、首を左右に傾けてみましょう。耳がそれぞれ左右の肩までつきましたか。念のために、肩を耳につけていませんか。それではいけません。ピタッとついた方は合格です。

次に、身体は正面に向けたまま、ちょうど左右を見回すように、顔を左右に向けてみましょう。ご自分の後ろの方まで顔を向けることが出来ましたか。ご自分の真後ろまで視界に入っているようでしたら合格です。

柔らかかったでしょうか。それとも固かったでしょうか。

身体で調子の悪い場所は、ほとんどの場合、痛くなるか固くなります。

痛みがあると、それを身体の不調と認識しない方はいないのですが、固さがあっても、固さ自体を認識しない方が多くいらっしゃいます。

先日、私の知人から、ぜひ体験したいと言われたので、肩と首の氣圧法を行いました。驚いたことに、知人の首と肩はまるで鉄板のような固さでした。

「こんなに肩が凝っていたら辛かったでしょう」と私が尋ねたところ、「いえ、特に何も感じてないです」と知人は答えます。

さらに驚いたのは、あまりに固くて本人に自覚すらないことでした。

氣圧法は無理な力で圧したり、揉んだりすることはありません。氣の出た指先を肩や首におき、じっと氣を送るだけです。固い部分が、まるで氷が溶けるように柔らかくなってきます。「張りかえし」や「だるさ」のような副作用もありません。

さて、知人には自分の固さを自覚してもらわなければいけません。まず、知人に首を左右に傾けてもらいました。すると予想通り、わずか5cmくらいしか曲がらないではないですか。

私は耳がそれぞれ左右の肩につくので、それをやって見せると、「ひょっとして私は固いんですか?」と自覚をしてくれました(笑)。

それから15分ほど肩の氣圧法をしたところ、次第に柔らかくなって、最後には耳が左右の肩に触れるまでになりました。次に首の氣圧をしたところ、首も後頭部まで固くなっています。また15分ほど氣圧法をして、前後にも動かせるようになりました。

ちなみに知人の仕事は、コンピュータのプログラマーです。一日に十何時間もパソコンの前で仕事をしているようです。最後に知人が一言、「羽がはえたみたいに身体が軽い!」。

なぜ、身体は固いといけないのでしょうか。

身体が固い状態では、固くなった部分が血管を圧迫してしまい、血液の循環を悪くしてしまうからです。血液の循環が悪いと、身体の組織に十分な酸素が供給されず、また栄養も行き渡らないので生命力が弱くなります。

特にひどい肩こりだと、脳に血液を送る太い血管が圧迫されて、適切な脳の血流が阻害されてしまいます。頭痛や慢性的な眠氣、氣分の悪さを起こす元になります。ひどいときには脳血管障害を起こすこともあります。

テレビ番組でよく特集が組まれますが、肩こりは万病の元です。氣圧法で首・肩を柔らかく保つことは、予防の面で重要です。しかも受けるだけではなく、自分でも出来るのがポイントです。

私もあまりに疲れが溜まると、首や肩が固くなることがあります。自分自身に氣圧法することが出来るので、ひどくする前に、短時間で肩凝りをとることが出来ます。時間や場所を選ばずにどこでも出来るので、実に助かります。

さらに、そもそも身体を固くしない「予防」が一番大切ですね。どうすれば柔らかく保つことが出来るのでしょうか。(次回に続く・・・)

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2006/02/07

清掃作業の意味

今回のご質問です。

【Question】

こんにちは。メールマガジンを楽しみに読んでいます。私は小・中学生向けの学習塾を経営しています。非常勤社員を含めると、社員は30名ほどいます。

私共では、清掃作業から一日が始まります。全社員で玄関や教室は勿論のこと、塾の周囲の道路に至るまで清めます。経営者である私も一緒に清掃作業をします。

しかし、一部の講師は「自分の仕事は生徒の成績を上げることであって、掃除は自分の仕事ではない」という考えを持っていて、清掃作業に身が入りません。

また、マネージャーも「事務員はともかく、講師は清掃作業をせずに指導に専念することで能率が上がるのではないか」という考えを持っているようです。

私の経験上、清掃作業を嫌がる社員は、指導にしても対応にしても評判が悪く、生徒やご両親からも信頼をされません。気づく力にも欠けているように感じます。

最近の風潮なのか複雑な思いです。清掃作業についてどの様にお考えですか。

【Answer】

古くから、自分の過ごす場所を清めることは「自分の心を清める」ことだと言われます。教育や人材育成において、私は清掃作業を極めて大切に考えています。

問題は、清掃作業をする社員がその目的を正しく理解しているかどうかです。「経費削減のために社員に清掃をさせている」と思っている社員が必ずいるはずです。

経営者が清掃作業ばかりしていたら問題があります。また、専門的な仕事をすべき社員が清掃作業ばかりしていたら、成果や能率が悪くなるのも一理あります。

それでも、全社員で清掃作業をされるには、はっきりとした目的をお持ちのことと思います。

私は、清掃作業の目的の一つを「氣づく力の向上」としています。氣(氣持ち)をしっかり向けて清掃すると、日頃氣がつかないことに氣づくようになります。

清掃作業以外にも、自他問わず履き物を揃える、必要のない電氣は消す、戸締まり・火の元を確認するなども、全て「氣づく力の向上」につながります。

生徒さんが座るイスが不安定だったり、生徒さんの通り道に邪魔な物が置いてあったり、掲示書類が古かったり、様々な氣づきが生まれるはずです。

そういった細かなことに氣づくように訓練することで、生徒さんのコンディションの微妙な変化にも氣づくことが出来るようになるのではないでしょうか。

清掃作業は責任を持つ場所を決めて、作業を通して氣づいたことを記録に残すと良いと思います。よく氣づく社員は表彰されると励みになると思います。

清掃作業の目的は一つではありません。大切なことは、清掃作業の目的を明確にして、社員一人一人がしっかり心を使って出来るようにすることです。

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2006/02/02

セルフコントロールの実践

氣フォーラム2006」のメインテーマは「氣と教育」です。

仏教には、「因縁果」という考えがあります。 物事は原因だけで結果が生じるのではなく、そこに縁の作用が働き、結果が生じます。

教育はまさに、この「縁」にあたります。

どれだけ良い資質を持っていたとしても、受ける教育が悪ければ、育つものも育ちません。 作物が育つ過程と同じく、種を蒔くだけでは立派な実はなりません。 種を蒔く前には土を耕して、必要に応じて水や肥料を与えながら、日々氣を切らずに世話することではじめて、立派な実をつけます。

教育は、人間が人間らしく生きるために絶対不可欠なものです。

「自分は教育分野に携わったことがない」と思う方が多いのですが、実のところ、ほとんどの方が何らかの形で教育に携わっています。 お父さま、お母さまであればお子さんの教育をしています。経営者や上司であれば、社員や部下の教育をしています。

「教育」とは教えること、そして相手が育つのを待つことです。自分の思い通りに育てようとする行為は「教圧(強圧)」です。 「教育」と「教圧」を混同している方が多くいらっしゃいます。

また、種を蒔いてすぐ実を得ようとする方も少なくありません。自然法則を無視しています。 そこには、成長をじっと待つ根氣が必要です。

誰であっても、自分の思い通りに進まないとストレスを感じます。 仕事で、同じ事を何度も注意していても一向に改善をされないと、思わず「同じ事を何度言わせるんだ」と怒りたくもなるものです。

しかし、短氣で刺激に対してすぐに感情的になってしまっていては、教育や人材の育成はできません。 相手のためを思って注意したり叱ったりしているつもりでも、実際には自分の氣持ちを晴らすためにしています。

教育にはセルフコントロールが不可欠です。

相手を注意したり叱ったりするときには、まず自分の心をしずめて、自分の言いたいことでなく、相手に必要なことを伝えることが大切です。

言葉で聞くと簡単そうですが、それをいつ・誰に対しても徹底するのは、並大抵のことではありません。 氣を付けているだけでは十分ではありません。

訓練が必要なのです。

いつでも心をしずめて人に接するためにセルフコントロールするには、呼吸を静かに保つことが訓練です。

そもそも、呼吸が荒いときはどんなときでしょうか。 緊張・不安・怒りなど、精神的に安定を失っているときがほとんどです。その心の状態が呼吸の荒さとなって身体に表れているのです。

氣の呼吸法」を毎日行うことで、静かな呼吸が身に付きます。 呼吸法をしている間の呼吸が静かな呼吸であるのは勿論のこと、普段の呼吸も静かな呼吸になって、少々のことで乱れなくなります。

そうすることで、相手を受け入れ、相手の成長をじっと見守るゆとりが生まれます。我慢をしている訳ではないので、ストレスも生じません。

なぜ、断言できるかと言いますと、私自身が失敗を重ねたからです。私はもともと短氣で、また感情的になりやすい性格をしていました。 今の私を知る方は「信じられない」と言って下さるのですが、家族や昔からいるスタッフは私の性格を良く知っています。

私は、氣の呼吸法を行いセルフコントロールを訓練することで、相手の成長をプラスの心でじっと待てるようになりました。 ストレスを受けないので、身体もずいぶんと楽になりました。 これこそ、私が氣の学びで得た最も大きな「氣づき」の一つです。

氣フォーラム2006」では、セルフコントロールの訓練法として、午後の講習で「氣の呼吸法」をお伝えします。 この機会に是非ご体験ください!

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