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2006/01/01

プラスの心で新年を迎える

明けましておめでとうございます!

室町時代に活躍した一休禅師をご存じでしょうか。

自由奔放な性分で、戒律や形式にとらわれることのなかった一休禅師は、正月について、この様な句を遺しています。有名な句なので、ご存じかもしれませんね。

「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」(狂雲集)

一里塚とは、街道に旅行者の目印として設置された塚のことです。一休禅師は街道を人生に例え、一里塚を正月に例えた訳ですね。

誰もが正月を「めでたい」と祝っていますが、正月を迎えるということは、その分だけ、寿命を終える瞬間に近づいているということです。

したがって、正月は「めでたい」とも「めでたくない」とも言える訳です。「めでたいと浮かれる人々を風刺して詠んだ」とも言われていますが、果たしてどうだったのでしょうか。

そもそも、天地自然そのものには「正月」も「暮れ」もありませんね。人間が「暦」という概念を用いて時の流れを区切っただけです。

それでは「正月には意味がないか」というと、そんな事はありません。

人間はけじめや区切りがないと、ただ惰性に流されやすいものです。正月という区切りを持つことで、氣持ちを新たに歩むことが出来ます。目標の設定や確認をするにも良い機会です。

藤平 光一先生は、「前の年にあった悪いことだけではなく、良いことも一度洗い流すことが大切」と指導されます。「悪いことはともかく、良いことは覚えていても良いのでは?」と、疑問に思う方が中にはいらっしゃるかもしれませんね。

悪いことも忘れないからこそ、同じ過ちを繰り返さなくて済みます。良いことを忘れないからこそ、それが励みにもなります。

問題なのは「過去にとらわれる」ことです。

「去年はこんな悪いことがあったから今年も悪いに違いない」とか、「去年の業績は良かったから今年の業績も良いに違いない」など、後ろばかり向いていたら、前に進むことが出来ません。

「良いことも悪いことも洗い流す」とは、「過去のことにとらわれずに、氣持ちを前に向けて歩みましょう」ということです。洗心の行の目的の一つです。文字通り、見事に洗い流せます(笑)。

さて、一休禅師の話に戻りましょう。

藤平 光一先生は、一休禅師の詠んだ句についてこう言われます。「正月をプラスにとらえるのもマイナスにとらえるのも人間の心次第、一休禅師はそれを教えたかったのだよ」

どうやら、一休禅師の詠んだ句はマイナスな意味ではないようです。

正月はただ「めでたい」のではなく、正月を迎える意味をよく考えて、一年の始めを前向きなプラスの心で迎えることが重要なのですね。

今年もご一緒にプラスの心で歩んで参りましょう。

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