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2005/08/25

一瞬を待つ心のゆとり

最近、一瞬を待てない方をよく見かけます。

まずは赤信号です。信号がまだ赤にも関わらず、横断歩道を渡り始める人が多いですね。見ていると、あと1~2秒待てば信号は青に変わっています。急いでいるのでなければ、僅か数秒を待つゆとりがない表れです。

狭い通りでのすれ違いもそうです。一瞬立ち止まって、相手を先に通してしまえばぶつからないのに、その一瞬を待てず、自分が先に通るのでぶつかってしまいます。

電車に乗るときもそうです。(特に東京や大阪です)数分が待てず、扉が閉まりかけているのに飛び込み乗車をして、駅員さんに怒られているのを頻繁に目にします。

車の運転もそうですね。本線に合流する車があれば、一瞬待って先に入れれば良いのに、その一瞬を待てず、相手を入れないように車間距離をつめます。

人の話を聞くときもそうですね。人の話を最後まで聞いてから自分の話をすれば良いのですが、相手の話が要領を得ないと、話を聞く僅かの時間を待てずに、相手の話を遮って、自分の話を初めてしまいます。

日常生活で、一瞬を待てない人を見かけることはありませんか。また、ご自身を振り返っていかがでしょうか。

人は誰でも、無意識のうちに自分のテンポで行動をしています。自分の持つテンポの通りに物事が運ばないとストレスを感じます。

「一瞬待つ」という行為は、自分のテンポを変えることでもあります。セルフコントロールが出来ないと、そこでイライラしてしまうので、自分のテンポを押し通そうとするんですね。時には、周囲の人間を自分のテンポに合わさせようとさえします。そうすると、周囲の心は反発して、物事はうまく運ばなくなります。

臍下の一点に心をしずめると、自分のテンポを変えることになっても、すぐに対応出来るのでイライラしなくなってきます。言い換えれば、心にほんの少しのゆとりが生まれてきます。このゆとりはとても大切で、コミュニケーションを劇的に改善します。

もともと穏やかな性格で、心にゆとりを持っている方は別として、ほとんどの方は、自分で感じているほどゆとりはないんですね。この様にお伝えしている私も、時にゆとりがないことがあります。そこで私は、日常生活で一瞬を待てるかどうかを一つの基準にして、自分の心の状態を常にチェックするようにしています。

先週あった出来事をお話しますね。

先週は信号機の故障で東北新幹線の発着が大幅に遅れました。新幹線の自動券売機で並んでいたところ、私のすぐ後ろの男性が、非常に焦った様子で並んでいらっしゃいました。そこで、その男性に「お急ぎですか?」と尋ねました。

「新幹線が遅れていて5分後の新幹線に乗らないと間に合わない」とのことでした。私は時間的にゆとりがあったので、順番を先にお譲りしました。男性は「助かります!」と深々とお辞儀をして先を急いでいました。これは私自身、心にゆとりを持っていた良い例です(笑)。

一方で、今週ある本部スタッフが心ない仕事をしたので注意しました。

すると「自分はそんなつもりはなかった」と言い訳を始めたので、私は間髪入れずに「言い訳はやめなさい」と叱ってしまいました。結局、そのスタッフは私の攻撃的な姿勢にさらに反発をしてしまい、何が間違っていたか氣づきを与えるのに苦労をしてしまいました。

同じ注意をするのでも、心にゆとりを持って話を最後まで聞けば、そのような苦労をする必要は全くありませんでした。これは感情的になったことで、ゆとりをなくした悪い例です(反省)。

心そのものは色も形もないので、心を見ることは出来ませんが、「心が身体を動かす」のですから、必ず身体の状態に表れます。身体の状態(行動)を通して、心の状態を知ることが出来ます。

ご一緒に日常生活でご自分の心の状態をチェックしませんか。

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