自分と相手を相対的にとらえず一体となり動く
私はいま、ラスベガスで全米講習会の指導をしています。参加者の真剣に学ばれる姿勢に私も大変刺激を受けております。
さて、心身統一合氣道を学ぶ上で理解をすべき重要な原理原則に、「自分と相手を相対的にとらえず一体となり動く」があります。
私たちは多くの場合、「自分」と「相手」を相対的に認識しています。それ自体は必要なことであって、決して悪いことではありませんが、相対的な見方だけにとらわれてしまうと不具合が生じます。
相手を動かす際に、「自分」と「相手」を相対的に分けて考えていると、「自分が相手を押す」動作になります。相手は押されると反発する心が生じて、動かすのは難しくなります。
一方で、「自分」と「相手」ではなく「自分と相手が一体」と考えると、「一緒に動く」動作になります。一緒に動けば相手には反発する心は生じないので楽に導けます。
一例を挙げましょう。
介護や看護の現場では、ケアする人が患者の身体を動かすことがあります。その際に「相手を動かそう」とすると、動かす動作に無理な力が入って、患者の心には反発が生じます。動かすのは重労働になって、ケアする方にとって大きな負担になります。ケアを受ける人も氣持ち良くありません。
一方で「一緒に動こう」とすると、動かす動作で余分な力が入らず、患者の心には反発は生じません。そうすることで、ケアする人の動作は驚くほど楽になります。そもそも、ケアを受ける人も氣持ち良くケアを受けられます。
つまり、自分の心の質によって自分の動作の質も変わります。これを日常生活に応用すると「人の導き方」に繋がります。
これも一例を挙げましょう。
後片付けをしないお子さんに、「後片付けしなさい」と言いますね。しかし、親御さんが全く後片付けをする氣がなくて、子供だけにさせようとすると、子供の心には反発が生まれます。一方で「一緒に片付けようね」と、まず親御さんが動く氣になると、子供の心には反発を生じずに、子供にも動く氣が起きてきます。この「一緒にしよう」という心の使い方が極めて重要なのです。(ちなみに、今回の全米講習会のテーマでもあります)
多くの方が間違いやすいことなのですが、「一緒に動く」とは、「相手に合わせる」ことではありません。私たちは一人一人違う心・違う考え方・違う立場を持っています。それに全て合わせることは出来ません。無理して合わせたとしても、それは単なる八方美人ですね。
重要なことは、自分自身が天地自然の原理原則にしたがって、その上で「一緒に動く」ことが重要です。したがって、いくら「一緒に動こう」と心を使ったとしても、自分が天地自然の原理原則に合わない姿勢をしていては、相手を導くことは出来ません。
「人と一体になる」のではなく「天地と一体になる」ことです。
言葉でお伝えするには限界がありますので、初めての方は、ぜひ心身統一合氣道の講習会にお越し頂きたいと思います。
心身統一合氣道を通して、天地自然の原理原則を学ぶことで、私たちは視点の転換が起こります。日常生活で悩んでいたことが、稽古をして氣づきを得るうちに、見方が変わって解決してしまうことが良くあります。ご一緒に学んで参りましょう。
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