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2005年6月の9件の記事

2005/06/30

相手の立場に立つ

「相手の立場に立つ」ことについて、国内外で頻繁に質問を頂きます。しかし、ほとんどの方が間違って解釈をなさっています。

相手の立場に立つの「立つ」とは、行動を起こすことを意味します。ところが、多くの方が「相手の立場を考える」ことをしてしまいます。

心身統一合氣道の稽古でも、相手の立場を考えることばかりして、技を行う前に考えごとをしている方をよく目にします。

「相手の立場を考える」のと「相手の立場に立つ」のは根本的に違います。私たちのことで具体例をあげましょう。

氣の郷では、年間を通して多くのワークショップを開催しています。準備責任者となるスタッフがいて、参加者の皆さまの立場に立って、快適にご参加頂けるように準備を進めています。

ところが、中には参加者の立場で考えようとするスタッフがいます。参加者リストを作成して、来られる方お一人お一人をイメージして、その方にどんなことが必要かを考えてしまうのです。これでは、本当に必要なことを氣づくことは出来ません。

なぜでしょうか。

参加者を頭でイメージしても、あくまでも自分の視点による考えで、自分のイメージと実際は違うからです。

そこで、私は実際に参加者と同じように行動するようにしています。「考える」のではなく「行動する」ことがポイントです。自分が本物の参加者になることが、「相手の立場に立つ」ことです。

私も自分が書いたメールマガジンを購読し、講習会の案内を請求し、講習会の申込書に記入し、講習会費を振り込んでみることもあります。ときどき、参加者の立場で問い合わせの電話をかけてみます。また、時には一人の参加者となって講習を受けることもあります。参加者の皆さまと同じ食堂・更衣室・化粧室を使っています。

そうすることで、氣が行き届いていないことに氣づくことが出来ます。

講習会費を払いたくても郵便振替では平日勤務だと不便だったり、申込書の記入する欄が煩雑で分かりにくかったり、更衣室にハンガーがなかったり、受付にスタッフがいなかったり・・・。これでは氣の研究会とは言えません(苦笑)。

氣の郷のスタッフも、少し氣が緩むと「考えごと」を始めてしまうので、全員で「行動」することを心がけています。(私も同様です)

こうしてお伝えすると、何だか当たり前の話に感じてしまうのですが、「相手の立場を考える」と「相手の立場に立つ」との違いについて、氣づいていない方がほとんどです。「自分は大丈夫」と感じた方は要注意かもしれません(笑)。

ご一緒に「相手の立場に立つ」ことに取り組んで参りましょう。

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2005/06/23

自分と相手を相対的にとらえず一体となり動く

私はいま、ラスベガスで全米講習会の指導をしています。参加者の真剣に学ばれる姿勢に私も大変刺激を受けております。

さて、心身統一合氣道を学ぶ上で理解をすべき重要な原理原則に、「自分と相手を相対的にとらえず一体となり動く」があります。

私たちは多くの場合、「自分」と「相手」を相対的に認識しています。それ自体は必要なことであって、決して悪いことではありませんが、相対的な見方だけにとらわれてしまうと不具合が生じます。

相手を動かす際に、「自分」と「相手」を相対的に分けて考えていると、「自分が相手を押す」動作になります。相手は押されると反発する心が生じて、動かすのは難しくなります。

一方で、「自分」と「相手」ではなく「自分と相手が一体」と考えると、「一緒に動く」動作になります。一緒に動けば相手には反発する心は生じないので楽に導けます。

一例を挙げましょう。

介護や看護の現場では、ケアする人が患者の身体を動かすことがあります。その際に「相手を動かそう」とすると、動かす動作に無理な力が入って、患者の心には反発が生じます。動かすのは重労働になって、ケアする方にとって大きな負担になります。ケアを受ける人も氣持ち良くありません。

一方で「一緒に動こう」とすると、動かす動作で余分な力が入らず、患者の心には反発は生じません。そうすることで、ケアする人の動作は驚くほど楽になります。そもそも、ケアを受ける人も氣持ち良くケアを受けられます。

つまり、自分の心の質によって自分の動作の質も変わります。これを日常生活に応用すると「人の導き方」に繋がります。

これも一例を挙げましょう。

後片付けをしないお子さんに、「後片付けしなさい」と言いますね。しかし、親御さんが全く後片付けをする氣がなくて、子供だけにさせようとすると、子供の心には反発が生まれます。一方で「一緒に片付けようね」と、まず親御さんが動く氣になると、子供の心には反発を生じずに、子供にも動く氣が起きてきます。この「一緒にしよう」という心の使い方が極めて重要なのです。(ちなみに、今回の全米講習会のテーマでもあります)

多くの方が間違いやすいことなのですが、「一緒に動く」とは、「相手に合わせる」ことではありません。私たちは一人一人違う心・違う考え方・違う立場を持っています。それに全て合わせることは出来ません。無理して合わせたとしても、それは単なる八方美人ですね。

重要なことは、自分自身が天地自然の原理原則にしたがって、その上で「一緒に動く」ことが重要です。したがって、いくら「一緒に動こう」と心を使ったとしても、自分が天地自然の原理原則に合わない姿勢をしていては、相手を導くことは出来ません。

「人と一体になる」のではなく「天地と一体になる」ことです。

言葉でお伝えするには限界がありますので、初めての方は、ぜひ心身統一合氣道の講習会にお越し頂きたいと思います。

心身統一合氣道を通して、天地自然の原理原則を学ぶことで、私たちは視点の転換が起こります。日常生活で悩んでいたことが、稽古をして氣づきを得るうちに、見方が変わって解決してしまうことが良くあります。ご一緒に学んで参りましょう。

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2005/06/16

相手ではなく、まず自分をコントロールする

相手をコントロールするのではなく、自分の心と身体をコントロールする」、これは、心身統一合氣道を学ぶ上で重要な原理原則です。心身統一合氣道では、相手を動かしたり投げたりすることを考える前に、まず、自分の心と身体をコントロールします。

なぜでしょうか。

相手を導くのに、自分の姿勢が崩れてしまっては出来ないからです。姿勢と言っても、フィジカルな意味だけの姿勢ではありません。心の状態が安定してはじめて、身体の状態も安定をします。したがって、安定した姿勢を保つには自分のコントロールが必要です。

理屈は分かっていても、始めは相手を動かすことで精一杯になってしまい、自分の心と身体のコントロールを忘れている方がほとんどです。稽古を続けることによって、次第にコントロール出来るようになってきます。

心身統一合氣道の稽古によって「人を動かす」ことで視点が変わります。私には現在でも「相手を先に動かそう」という心が生じることがあります。しかし、原理原則を知っているので、その度に改めることが出来ます。私にとって心身統一合氣道の稽古は、心の状態の定期チェックとして、とても重要なのです。

日常生活では「相手を変える前にまず自分が変わる」ことです。

相手の姿は見ることは出来ますが、自分の姿を直接見ることは出来ません。自分の姿を知るには鏡に姿を映すか、誰かに教えてもらう必要があります。したがって、よほど氣をつけていないと、自分のことを棚に上げてしまって、相手のことだけにこだわりやすいのです。

一例を挙げましょう。

相手が自分に対してマイナスな表情、マイナスな態度で接したとしましょう。私たちは「なぜ、あの人はあんなにマイナスなのか」と考えがちなのですが、実は、相手に対する自分の表情や態度がマイナスなことがあります。相手をプラスに変えたいのであれば、まず自分がプラスになることです。

相手が自分の話を聞いてくれないときも、同じことが言えます。私たちは「なぜ、あの人はあんなに話を聞かないのか」と考えがちですが、実は日頃、自分が相手の話を聞いていないことがあります。相手に話を聞いて欲しければ、まず自分が相手の話を聞くことです。

私たちは、問題の原因を自分の中にではなく外に求める傾向があります。言い換えれば、「自分は悪くない」という考えです。上述の例で言えば、「マイナスな表情・態度を取った相手が悪い」とか、「話を聞かない相手が悪い」などですね。それは、そもそも自分の姿を直接自分の目で見ることが出来ないこと、身体の状態と違って心の状態には形がないことに原因があります。

しかし、心身統一合氣道の稽古で具体的に様々な技を学ぶことより、「自分を先に変える」という視点の転換が起こります。藤平 光一先生は、道場だけで通用する技は役に立たないと言われます。心身統一合氣道を通して得たことを、危険回避に活かすのは勿論のこと、生き方そのものに活かしてはじめて意味があるということです。

ご一緒に学んで参りましょう。

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2005/06/14

自分のことが見えているか

先週末に東北新幹線を利用した時の出来事です。私の横の座席に座っていた親子がこのような会話をしていました。親子で少し感情的になっているようでした。

娘 「私はお父さんの身体のことを心配しているのよ」
父 「余計な心配はいらないよ!」
娘 「そうは言っても・・・」
父 「自分のことは自分が一番良く分かっているんだから!」

たまたま耳にした会話でしたが、本当に「自分のことは自分が一番良く分かっているのか」ふと疑問に思いました。多くの方が口にされるフレーズですが・・・。

私たちは心が静まっているときに物事をありのままに見ることが出来ます。藤平光一先生は誦句集の中で、「月来たれば月映じ、鳥来たれば鳥映ず。波静まった水面の如く、万物明らかに映ずる心の状態を落ち着きと言う」と書かれています。心の波が静まっているときは、水面が鏡のようになって、月は月として鳥は鳥として、ありのままの姿を映し出すということです。しかし、一旦感情的になってしまうと、水面は乱れて何も映し出さなくなります。

自分のことを良く見えている為には、心が静まっていることが必要です。私たちは感情的になってときは、自分が感情的になっていることすら感じていません。したがって、自分の間違いにも氣づかず、自分は正しいと信じて疑いません。すると、自分のことを棚に上げて人のことを批判したり、自分の言ったことと行動が一致していないことにも氣が付かなくなります。自分のことが良く見えていることはコミュニケーションの基本です。

それでは、どうしたら心が落ち着いた状態になるのでしょうか。

一つは、氣の呼吸法によって、刺激からマイナスな反応に繋がる回路を変えることです。イライラしている時はちょっとした刺激が神経に響きます。それがまたイライラに繋がり悪循環に陥ります。氣の呼吸法を行って呼吸が静まってくると、同じ刺激であっても過度に感ずることがなくなり、刺激を正しく認識した反応に変わってきます。

もう一つは、6/2のコラムで書きました、物事のとらえ方(フィルター)を変える方法です。同じ出来事でも、とらえ方によってプラスにもマイナスにも解釈できます。生じる出来事をコントロールすることは難しいのですが、それをとらえる私たちの心をコントロールすることは出来ますね。そもそもストレスに感じないことが重要です。

「自分のことは自分が一番良く分かっている」、ご自分の口からこの言葉が出るときは要注意です(笑)。常に自分のことが良く見えているか、私も日々チェックをしています。

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2005/06/12

栃木・氣の講座 指導 (2005年6月)

6/12(日)に氣の郷にて栃木・氣の講座の指導をさせて頂きました。栃木・氣の講座は氣の健康学院の合同授業を兼ねており、氣の健康学院の皆さまも学ばれています。

今回の氣の講座には、遠くアメリカ・カリフォルニア州からお越しになった方がいらっしゃいました。その真剣な学ぶ姿勢に、私も大変刺激を受けました。

今月のテーマは、「氣と学習方法」でした。何を学ぶにも、何を身に付けるにも、正しい学び方があります。藤平 光一先生が指導される氣の原理(心が身体を動かす)を元にした学習方法を、参加者の皆さまに体験を頂きながらお伝えしました。

私たちは何かを学び始めるとき、まずは形を覚えます。勿論、それは大切な過程なのですが、「心が身体を動かす」のですから、身体の形や動きだけを真似をしても、実際には同じようには出来ません。その身体の形や動きを生み出した心の状態まで真似をして初めて、同じことが出来るようになります。

さらに、その心の状態を生み出しているのは天地自然の原理原則です。天地自然をどのように考えているか、どのようにとらるかまで学ぶことによって、同じことを身に付けることが出来ます。形だけではなく心の状態を、心の状態だけではなく天地自然のとらえ方を、視点を転換して良く見て真似をすることで深く理解することが出来ます。

講座の後半では、正しい学習方法に基づいて、正しい立ち姿、臍下の一点、臍下の一点を中心とした動作をお学び頂きました。最後には氣の呼吸法をお伝えしました。形だけではなく心の状態を学ばれたので、深く理解をされていました。

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参加された方から講座後に頂いた声をご紹介します。

「今までも氣の勉強をしていましたが、形ばかりを氣にしていました。心の状態をよく見ること、そもそも自分が正しい考え方を持って学ぶことの大切さが身にしみて分かりました。これからの氣の学びが楽しみです」(氣の健康学院生)

「心理学を学んでいるのですが、心の問題を解決するのに、結果として生じたことを考えるのではなく、その元となった心の状態、その心の状態の元になった天地自然のとらえ方まで見ることが大切だと再認識しました。これからの学びに活用します」(氣の講座・受講生)

正しい学習方法を身に付けることは、どなたにとっても重要なことです。実体験を頂きながらお学び頂くのが最高ですが、物理的・時間的に栃木・氣の講座にお越しになることが難しい方のために、この夏に「氣と学習方法(仮題)」というオーディオ教材を製作する予定です。詳細が決まり次第、このブログでお伝えします。

来月のテーマは「氣とビジネス」です。一言でビジネスと言っても範囲は広いのですが、ビジネスでは常に正しい判断を求められます。正しい判断をするために必要な氣の使い方を、体験頂きながらお伝えします。皆様のお越しを心よりお待ちしています!

藤平光一先生の最新刊「氣の確立」(文庫版)が好評発売中です。

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2005/06/09

心が身体を動かす

心身統一合氣道を正しく学ぶ上で、最も重要な原理の一つが、「心が身体(からだ)を動かす」(氣の原理)です。

合氣道では相手の身体を投げます。そのため、合氣道を学ぶ多くの方が、目に見える身体のみを考え、目に見えない心の存在を忘れがちです。心の存在を忘れてしまっては、心身統一合氣道は出来ません。身体は見たり触れたりすることで、その存在を確かめられますが、心は色も形もないので、あるのは分かっていても忘れがちです。

誰でも「人を自分の思い通りに動かしたい」という欲求があります。その心のままに、合氣道で無理に相手の身体を投げようとすれば、相手の心は抵抗して、そこには必ず反発する力が生じます。相手の心を無視しては、投げるどころか動かすことも出来ません。

「心が身体を動かす」(氣の原理)に基づいて合氣道の技を行えば、相手の身体を投げることを考える前に、相手の心の状態を知って、その心を尊重して導くことを考えなければいけません。相手は望むことであれば抵抗はしませんし、反発も生じません。

心身統一合氣道の技を正しく行うと、「投げて喜び、投げられて喜び」、投げる方も投げられる方もプラスの感情だけが残ります。

心身統一合氣道を通して体得したことは、そのまま日常生活で活用することが出来ます。心身統一合氣道の稽古が深まってくると、「身体」を中心とした視点から、「心」を中心とした視点に転換します。そうすると、挨拶をするとき、言葉をかけるとき、お辞儀をするときなど、日常で自分がいかに形(身体)だけの行動が多いか氣づかされます。

人を育てる上においても、相手の行動を変えることを考えるのではなく、その行動を起こす相手の心の状態を変えることを考えられます。

問題解決においても、問題が生じた結果だけを論じるのではなく、問題が起こす元になった心の状態を考えるようになります。

この視点の転換が極めて重要で、ひとたび視点の転換があると、自分自身のこと、自分と他人との関わりで多くの氣づきを得られます。自分の姿勢や動作、コミュニケーションが劇的に変化します。

心身統一合氣道を通して「心が身体を動かす」(氣の原理)を理解し、日常生活で氣の原理を活用することが大切です。1953年に藤平光一先生が初めて海外に合氣道を普及し始めてから、多くの海外のお弟子さんは、視点の転換を求めて入門をしました。だからこそ、50年以上も継続して学んでいる方が多くいらっしゃるのです。

私も日々、氣づきの連続です。

「心が身体を動かす」ことを別の角度から見てみましょう。

「身体が心を動かす」という考え方も出来ます。もしそうであれば、心は常に外界からの刺激によって支配され、心は一瞬たりとも落ち着く暇はありません。もうすぐ夏ですが、蒸し暑いとイライラするのは最たる例です。忙しくなるとイライラして、周囲への心配りが欠けてしまうのも、身体の感じる刺激に自分の心が支配されている例です。

「心が身体を動かす」という考え方を持って生活を送るのと、「身体が心を動かす」という考え方を持って生活を送るのでは、生じる感情、生じる行動、生じる結果が全て変わってきます。皆さんはどちらを選択されますか。

今回のテーマの実例を、近日私のブログでご紹介しますね。

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2005/06/07

6/10発売!「氣の確立 中村天風と植芝盛平」

今週の6/10(木)に幻冬舎から「氣の確立 中村天風と植芝盛平」が発売されます。全国書店やamazon.co.jpでお求めになれます。

この本は1999年1月に東洋経済新報社から刊行された同書の文庫版です。すでに私は文庫を入手しておりますが、文庫としては文字が大きく読みやすくなっています。

藤平 光一先生が氣の確立をするにあたって多くの氣づきを与えて下さった、中村天風先生、植芝盛平先生という二人の偉大な師について実像を語っています。

出版社からの本の紹介文を引用します。

心身統一法の開祖であり、政財界の実力者たちに崇拝された中村天風、合気道を創始・普及した功績で世界に名を広めた植芝盛平とは、どのような人物だったのか?ふたりの大人物に師事し、最高弟と認められた著者が、従来の人物像とはかけ離れた、生々しい師の実像を語る。後世の弟子たちの間違った解釈も指摘、師の教えの神髄がいま明らかになる。

表紙は下記の通りです。まだ「氣の確立」をお読みになったことのない方、藤平光一先生が氣を確立するまでの経緯について興味をお持ちの方は是非お求め下さい。

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2005/06/05

各大学新入生歓迎合同講習会 指導

6/4(土)~5(日)に氣の郷にて各大学新入生歓迎合同講習会がありました。私が初日の指導をさせて頂きました。

国際基督教大学・慶應義塾大学・首都大学東京・筑波大学・東京工業大学・日本大学・早稲田大学の各大学から主に新入生が参加しました。

最初の講義では、心身統一合氣道を学ぶ上で最も重要な三つの考え方を指導しました。

  1. 心が身体(からだ)を動かす
  2. 相手をコントロールするのではなく自分をコントロールする
  3. 自分と相手を相対的にとらえず一体となって動く

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その後の心身統一合氣道の稽古では、横面打ち四方投げを通して今度は実際の動作で確認をしました。また、突然相手が打ってきてもにも動ずることなく、氣持ちを前に向けたままで後ろに下がることを徹底的に稽古しました。最後には全ての学生が下がる動作によって姿勢を崩さなくなりました。

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ビジネスでも同じことですが、前に進むよりも後ろに下がる方がずっと難しいものです。後退するときほど、氣持ちを前向きに、つまり氣を出すことが必要です。こういった動作を通して、学生の皆さんには社会に出てから自分の生き方に活用できるように、心身統一合氣道の技をお伝えしています。

夜は懇親会・・・。各大学の新入生が互いに打ち解けたようで何よりでした(笑)。

この三つの考え方については極めて重要なテーマですので、今週の木曜日から三週に渡ってこのブログでお伝えしたいと思います。

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2005/06/02

感情のコントロール

感情のコントロールについて、多くの方からご質問を頂きます。「感情的(怒った時・落ち込んだ時・緊張した時など)になった時、なかなか心を静めることが出来ない」という質問です。

それも感情のコントロールとして大切なことではあるのですが、実は、感情的になってから心を静めるのでは遅すぎるのです。言ってみれば、それは「応急処置」に過ぎません。天地自然をどの様にとらえるかによって、生じる感情は違います。そもそも、感情的な心の状態を生じないとらえ方をすることが、本当の意味での感情のコントロールです。

私たちは常に五感(六感)を通して、天地自然を知覚しています。したがって、天地自然のとらえ方は私たち一人一人で違う訳です。

天地自然をプラスにとらえる人も、マイナスにとらえる人もいます。どちらが正しく、どちらが間違っているとは言えません。しかし、プラスにとらえることによって結果もプラスになるのですから、マイナスにとらえて、結果だけプラスを求めるのは間違っています。こうしてお伝えすると「当たり前のことだ」とお感じになるかもしれませんが、実生活で私たちはこの不合理を氣づかずに行っています。

川の流れで言えば、上流にある「物事のとらえ方」を変えることで、下流にある「感情」のコントロールが出来ます。下流を綺麗にするためには、上流を綺麗にする必要があるのです。

一例を挙げましょう。病氣や怪我をしたとします。多くの方は「何で自分ばかりこんな目に遭うのか」とか「不運だ」など、病氣や怪我に対してマイナスな感情を持ってしまいます。マイナスな感情を持っているときは、「氣が出ていない」状態であり、病氣や怪我を通して得るのは不満だけで氣づきはありません。

一方で病氣や怪我のとらえ方が違うと、生じる感情も違ってきます。病氣や怪我を「自分に何かを教えてくれている」ととらえていると、病氣や怪我を通して健康時には得られない多くの氣づきを得ます。

ある方は、忙しさのあまり家族へ氣を向けていない事実に氣づき、家族にしっかり氣を向けるようになるでしょう。

ある方は、健康があってこその仕事であることに氣づき、日常生活での優先順位を見直すでしょう。

ある方は、氣の呼吸法や氣圧療法に本氣になって取り組むことで、他の何事にも代えられない実体験を得るでしょう。

病氣や怪我そのものは、決してプラスな出来事では言えませんが、そのとらえ方によっては、プラスの氣づきが得られるのです。そこには不満どころか、氣づきに対する感謝の心が生じます。

腹が立ったり、落ち込んだり、緊張をしたりした時は、その感情をコントロールすることも大切な試みではあるのですが、感情的になった自分の「物事のとらえ方」を振り返ってみましょう。そのとらえ方が、プラスで氣が出ているかどうか確認をしましょう。もし、マイナスであればプラスに転換する努力をしましょう。それには、先人の残した優れたとらえ方が道しるべとなります。氣の学びの中にも、多くのプラスのとらえ方があります。

氣の呼吸法は、生じた感情のコントロールにも効果がありますが、日頃から行うことで、プラスなとらえ方そのものが身に付きます。それこそ、氣の呼吸法の真価と言えます。

最後に、とても多い勘違いについて補足をさせて頂きます。「天地自然をプラスにとらえる」ということは、「自分の都合の良いようにとらえる」ことではありません。自分にだけしか通用しないプラスは、正しいプラスではありません。自他ともにプラスになるとらえ方こそ正しいプラスです。

ご一緒に、本当の意味でのプラスなとらえ方を身に付けましょう。

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