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2005年5月の4件の記事

2005/05/26

氣が出ている

氣に関するワークショップや講演会、心身統一合氣道の指導などで、私は年間で300日以上、氣をお伝えする機会があります。

何年か前までは参加者の反応の大きいときと小さいときがありました。勿論、多少の違いがあるのは当然ですが、それが極端だったのです。その違いについて、はじめ私は参加者の問題だと考えていました。反応が大きいかどうかは参加者の求める姿勢に因ると思っていました。しかし、それは大きな間違いでした。

何年か前の話ですが、大規模なワークショップで指導する機会を頂き、5日間の日程でお伝えしたことがあります。

当時の私は実力が全く至っておらず(今も発展途上ではありますが)、参加者の皆さまに満足頂けるようなレベルではありませんでした。しかし、機会を頂いた以上、参加者の皆さまが喜ばれることだけを考え、「余力は絶対に残さない」と、とにかく必死で指導させて頂きました。

すると結果は、割れんばかりの拍手を頂いて大盛況に終わりました。「この時間が終わってしまうのが残念」という声があちらこちらから聞こえました。

無事に初日を終えてホッとした訳ですが、多少なりとも成功体験を得て、二日目を迎えました。(参加者の顔ぶれは二日目も同じです)初日よりは精神的にゆとりがありましたので、一日がスムーズでした。ところが、初日と打って変わって良い反応がほとんどありませんでした。ショックを受けた私は、また初日のような精神状態に戻ってしまって、とにかく「余力を残さない」ことだけ考えて、全力でお伝えしました。すると、3日目は初日と同じような大きな反応を頂きました。

「・・・・・これには何か法則があるぞ」。そこで、私の中に大きな氣づきがありました。

お伝えする際に「人の心を動かす」のは、唯一「人の心」だけです。誰もが唸るような技術を身に付けることも重要ではあるのですが、最も重要なのは、「いつでも全力で事に臨むこと」だったのです。その状態こそ、藤平光一先生が言われる「氣が出ている」状態です。思い返せば、2日目の私の心の状態には安心と油断がありました。それに氣づいた後、残りの日程は盛況に終えることが出来ました。

藤平光一先生はこの様に言われます。「技が至るのを上手と言い、心が至るのを名人と言う」。どんなに高い技術があっても、心の使い方がいい加減であっては、名人とは呼ばれない訳です。

それ以来、私は指導させて頂く前にまず氣の呼吸法で心をしずめ、いつでも同じ心の状態でお伝えするように心がけています。いつでも全力、つまり「氣が出ている状態」かをチェックしています。

お伝えすることは、舞台で演じることと同じだと私は感じています。演じ手の心が伝わってきたとき、観客の心に感動が生まれます。技術や形が素晴らしいだけでは、感動は決して生まれません。心からお伝えすることによって、はじめて相手に伝わっていきます。その結果、氣が通い合って一体感が生まれます。

多くの場合、毎日の挨拶ですら同じ心の状態では行っていません。ともすると、いい加減な挨拶になりやすいものです。一つのことを行うのに、いつも同じ心の状態で行っているかどうか、全力で行っているかどうか、チェックすることが極めて重要なのです。

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2005/05/19

言葉の質

私たちが発する言葉には質があります。言い換えれば、氣が入った言葉と氣が入らない言葉があります。

「ありがとう」という言葉を相手にかけるとしましょう。その時に、心から相手に感謝をして「ありがとう」と言葉を発するのと、習慣的に心をはっきり使わずに「ありがとう」と言葉を発するのでは、相手への心の伝わり方が違いますね。

心で本当に感謝をして「ありがとう」と言葉を発している状態は、心の状態と身体の状態が一致した「心身一如」と言えますね。心身一如の状態を「氣が出ている」「氣が入っている」と言います。

一方で、心では感謝していないのに形だけ感謝の言葉を発するのは、心の状態と身体の状態が分離した「心身分離」と言えます。心身分離の状態を「氣が引っ込んでいる」「氣が入っていない」と言います。

先週、東北新幹線の車中で、このような面白い(?)会話を耳にしました。どうやら仕事帰りの同じ会社の先輩・後輩のようでした。

先輩 「今回のミスは、君にも責任があるんだよ」
後輩 「(投げやりに)分かっています」

先輩 「なんだその態度は?」
後輩 「分かったから分かったと言っただけです」

先輩 「ミスをしたのに反省はしていないの?」
後輩 「私が謝ればいいんですね?すみませんでした!」

先輩 「(怒って)そういうことじゃないだろう?」
後輩 「謝っているんだから、いいじゃないですか」

いかがでしょうか。私たちの日常でも同じような場面がありませんか。

後輩は確かに「すみませんでした」とお詫びの言葉を発しています。しかし、心の中では納得しておらず自分の非は認めていませんね。つまり、形だけ謝っていることがお分かりだと思います。心(氣)のことを忘れた心のないお詫びに、この先輩は腹を立てた訳です。

このやり取りを見て、私は自分の日常の言葉を振り返ってみました。思った以上に心をはっきりと使わずに発する言葉があるんですね。特に家の外では注意をしていても、家の中で甘えが通じる相手だと、心の使い方がいい加減になり易いものです。家族や友人など、身近な人ほど氣を付けなければいけません。

相手に感謝する言葉、相手を励ます言葉、相手を労う言葉、相手を心配する言葉、相手を誉める言葉、相手を注意する言葉。そのどれもが、氣が入った言葉でなければ意味がありません。心(氣)は実在します。心にないことをいくら言葉で発しても、心は伝わらないからです。

一つ一つの言葉を発する際に、きちんと心(氣)をはっきり用いることが、日常生活で最も簡単に実践できる「氣の訓練」なのです。

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2005/05/12

睡眠の質

人間にとって、無くてはならないものは「睡眠」です。

睡眠には量だけではなく質があります。長時間睡眠を取っても、良い睡眠を得られるとは限りません。質の高い睡眠を得るには、心(氣)の使い方が大切なのです。

藤平 光一先生はいつもこの様にご指導下さいます。

一日、外出をしてくれば、氣づかないうちに身体は汚れます。そのため休む前にはお風呂やシャワーで汚れを落とします。心も同じことです。一日過ごしていれば、マイナスなことにも接しますね。氣づかないうちに心はその影響を受けています。身体と同じように、心が受けたマイナスをしっかり洗い流して、心がしずまった状態で休む必要があるのです。

心をしずめるのに最も良い方法の一つが「氣の呼吸法」です。お休みになる前に、毎日、少なくとも15分は行ってみて下さい。氣の呼吸法をして休んだ夜と、さぼって休んだ夜を比較すれば、「氣の呼吸法」がいかに効果があるか実感することが出来ます。

さらに、「命令暗示法」を行うと効果は倍増です。方法は簡単で、鏡の前に立ち、鏡に映る自分に命令するだけです。中には「そんな単純なことで」と言われる方がいらっしゃるのですが、実際に行ってみると、その効果には驚かされます。

一例を挙げましょう。

「お前は明日、○時にパッと目が覚める」と一言、自分に言葉をかけて、あとは時間のことは忘れて休みます。「明日、○時に起きなければならない」「○時間しか寝られない」など、心をマイナスに使って休む方が多くいらっしゃいますが、その様な心の状態で休んでも、休んだ氣がしませんね。

命令暗示法をして休んだ夜と、さぼって休んだ夜を比較して下さい。朝の目覚めが違うことを実感できます。心をはっきり使って休むだけで、睡眠の質は高くなるのです。

最後に、朝の目覚め方です。

心身一如の状態で起きるためには、「二度寝をしない」ことです。「起きなければ」「でも、寝ていたい」という心の状態は心身分離です。心身分離の状態では、身体は疲れやすくなります。二度寝しながら「氣持ちいい」と感じるのは錯覚なんですね。

一度で起きたときと、二度寝をしたときで目覚めを比較して下さい。そうすると、二度寝がいかに身体を疲れさせるか実感できます。

心(氣)は色もなく形もないので目に見えません。目に見えない心(氣)の使い方を正しく身に付けるためには、「実践」と「検証」を繰り返すことが重要です。知識ではなく、実際に行ってみることで初めて身に付きます。

特に、睡眠の質は休む前にほぼ勝負が決まっています。私も氣を通して睡眠の質を考えるようになって、質の高い睡眠が得られるようになりました。現在でも、睡眠2~3時間ということもありますが、同じ少ない時間でも、とてもスッキリ目覚めることが出来ます。

下記に、私がセミナーでお伝えしていることをまとめてみました。実に多くの皆さまが睡眠の質を改善なさっています。質の高い睡眠を得るために実践・検証にお役立て下さい。

質の高い睡眠を得るには?

  1. お休みになる前に氣の呼吸法を行う(心をしずめる)
  2. お休みになる直前に命令暗示法を行う(心をプラスにする)
  3. お休みになる前の3時間は食事を取らない
  4. お休みになる直前の入浴は避ける
  5. 自己氣圧(肩・首・足など)
  6. 頭寒足熱(そけい部の自己氣圧など)
  7. 朝日を浴びる
  8. 二度寝をしない
  9. 日中、身体を十分に使う
  10. 日中、昼寝をし過ぎない

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2005/05/05

相手の立場に立って伝える

人間の学習効果を研究した「ラーニング・ピラミッド」という話があります。(参考資料:ラーニング・ピラミッド

下記の学習方法において、下の項目になる程その効果が高くなります。項目の右横のパーセンテイジは学習率です。

  • (双方向ではない)講義を受ける(5%)
  • 本を読む(10%)
  • 映像や音声による教材で学ぶ(20%)
  • 実演を見る(30%)
  • グループディスカッションをする(50%)
  • 実際に行ってみる(75%)
  • 学んだことを他の人に教える(90%)

最も学習効果が高いのは、「学んだことを他の人に教える」ことです。

この話を知る前から、私は氣の学習や心身統一合氣道の稽古において、時間の最後に、学んだことを生徒間で互いに教え合って頂いていました。(理論的ではなく、指導の現場から体験的に得て行っていたことでした)

実は、学んだことを他の人に伝えることにも質(Quality)があります。5/1~5/5の5日間の日程で、氣の郷で氣の健康学院・スクーリングが開催されましたが、これこそ今回のスクーリングのテーマでした。(私は初日と3日目に指導をさせて頂きました)

「指導する」とは「(伝える)相手に氣づきが生まれるように伝えること」、藤平 光一先生はこのように定義をなさっています。

指導というと、自分の知識や経験を相手に伝えることと思いがちですが、自分の言いたいことをただ言うことではありません。特に慣れていない方は、自分の知っていることを全て伝えようとします。そうすると、教わる方は混乱をしてしまって正しく理解が出来ません。

つまり相手の状況を見て、相手の立場に立って伝える必要があります。それには相手の状態を注意深く見る能力が不可欠です。

特に相手が理解していなときは、必ず不安な氣を発しています。相手に氣づきがあるときは、何とも言えないプラスな氣を発しています。

自分の伝えていることに対して、相手がどの様な反応を示しているか、相手の「氣」を感じ取ることが最高の氣の学習になるのです。

それに、相手が自分が想定した通りに理解をして下さるとは限りません。むしろ、想定通りに進むことの方が稀ですね。常に想定外です(笑)。自分の思い通りに相手に理解をして頂けないと、そこに焦りが生じて、動揺をしたり感情的になったりすることも少なくありません。そういう時こそ、臍下の一点に心をしずめて臨機応変が必要です。

指導者になってから十年、年間を通して半分以上は指導をしています。しかし、現在に至るまで、毎回「慣れる」ということはありません。お伝えをする度に氣づきがあって、とても幸せに感じております。

氣の学習を深めるために、ご一緒に「正しく」お伝えして参りましょう。

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