カテゴリー「02-ブログ記事」の6件の記事

2008/08/21

女子ソフトボール日本代表 金メダル獲得!

金メダルおめでとうございます!

選手一人一人、監督・コーチ、それを支えた皆さんの思いが実現したことを心から嬉しく思います。

多くの子供達がソフトボールの素晴らしさを知ったことと思います。2016年にソフトボール競技がオリンピック種目に復活することを応援しています。

藤平信一

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2008/01/01

謹賀新年

藤平信一です。

明けましておめでとうございます!

年頭にあたり、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。プラスの心で素晴らしい一年をお過ごし下さい。本年も宜しくお願いいたします。

心身統一合氣道の稽古は365日24時間、一日も休みはありません。新年早々ですが、さっそく「今月の実践・検証」です。本年も継続して参りましょう。

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2006/01/07

氣の入った年賀状

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皆さんは年賀状をお書きになりましたか。

上記の年賀状は私が使用したデザインではありませんが、最近では無料の年賀状デザインのテンプレートが豊富にあって便利ですね。

私は年々、交わす年賀状の数が増えています。今年は差し上げた年賀状は500枚、頂いた年賀状は600枚を超えました。年賀状の数が増えることは、それだけ新たなご縁があったということですから有り難いことです。

今日、ようやく全ての年賀状を出すことが出来ました。

本来ならば宛名も含めて全て手書きが望ましいところですが、宛名だけは印刷にして、何か一言、手書きの文面を添えています。お一人お一人顔を思い浮かべながら、その方に話しかけるように書くようにしています。

年賀状の目的は、年の始めに、お世話になった方やご縁のある方に氣(氣持ち)をしっかり向けることだと思うのです。自分一人の力で生きている訳ではないのですから、それを忘れない為に私にとって大切な機会です。

氣の入った年賀状を書くことも氣の学びですね。

数多く頂く年賀状の中に、今年の目標を明言している方がいらっしゃいます。大切なことですね。それが世の中に為になる目標であれば、自然と協力してあげたいと思います。宣言するだけで達成に近づいていますね。

来年の年賀状は私も同じようにしようと思います。

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2005/08/17

違った角度から本質を学ぶ

突然ですが、私はピアノを弾きます。

私のピアノの先生は藤平 光一先生のお弟子さんのお一人で、日本でも有数のピアニストです。一方で、私はあまり優秀な生徒ではありませんでした(笑)。しかし、先生から教えて頂いたことが今とても活きています。先生から頂いた多くの氣づきから二つをお伝えします。

一つは、ピアノを弾く前に自分の心の状態を知ることでした。同じようにピアノを弾いているつもりでも、心の状態によって音色は変わってしまいます。したがって、ピアノを弾く前に、自分の心が静まっているか確認をしてから鍵盤に触れていました。「心が身体を動かす」のですから、心の状態は全て音色に表れます。

このことは今、心身統一合氣道に活きています。同じように技を行っているつもりでも、心の状態によって技は変わってしまいます。したがって、技を行う前に、自分の心が静まっているか確認をしてから技を行っています。心の状態は全て技に表れます。これを徹底するようになって、自分の技が別物になりました。

もう一つは正しいリラックスです。正しくリラックスした状態で鍵盤に触れると、何とも言えない澄んだ音色がします。力を入れて弾いたり、氣が抜けた状態(虚脱状態)で鍵盤に触れたりすると、実に濁った音色がします。発表会などで大きな会場でピアノを弾くときも、澄んだ音色は会場の隅々まで行き渡ります。濁った音は籠もってしまい遠くまで届きません。

このことも今、心身統一合氣道に活きています。正しくリラックスした状態で技を行うと、自然なリズムが生まれ、動きがとても大きく見えます。力を入れて技を行ったり、氣が抜けた状態(虚脱状態)で技を行うと、不自然なリズムになり、動きも小さく見えます。心身統一合氣道とピアノでは行うことは違いますが、面白いほど共通点があります。

十年ほど前に藤平光一先生が海外の新聞社のインタビューを受けた際に、なぜ心身統一合氣道の後継者にピアノを学ばせたのか記者から質問されました。藤平先生は一言、「心身統一を体得させるため」と言われました。心身統一合氣道は技の形や動きだけを稽古していても身に付きません。心身統一を体得して初めて出来ます。そのためのピアノでした。

ピアノはたまたま、私が興味を持ったからで、他のことに興味を持ったら他のことでも良かったのかもしれません。幸いにして私はピアノで最高の先生に出会い、ピアノという違った角度から心身統一を教えて頂きました。その当時、心身統一合氣道の他に茶道と日本舞踊を習っていました。また、外で思いっきり身体を使って遊んでいました。

全てが心身統一の基礎となりました。

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2005/08/07

自分で食べてみれば良いのに

今日は、東京地区本部から氣の郷(栃木総本部)に移動をしました。その途中で、部下と一緒に上野の定食屋さんで食事を取りました。

部下はご飯が「普通」で、私は「大盛り」で頼んだのですが、実際にご飯が来てみると、私と部下で同じ器に同じ量のご飯が盛ってありました。すぐに部下が店員に確認を取ってくれました。その後、私は未だ経験したことのないやり取りを目にすることになります。

部下 「こちらには大盛りをお願いしたのですが」

店員 「はい、それはちゃんと大盛りです」

部下 「いやいや、同じ大きさの器に同じ量のご飯が盛ってあるじゃない?」

店員 「いえ、きちんと大盛りの量で盛っているので大盛りです」

部下 「つまり、同じ量に見えてもご飯の密度が高いってこと?」

店員 「そうです!私が盛ったのですから間違いありません」

部下 「それではご飯をかためちゃう訳だから、全然美味しくないよね?」

店員 「私には分かりません」

部下 「・・・・・」

あまりの面白いやり取りに思わず私は吹き出してしまいました。おそらく、ご飯のグラム数を量って器に盛っているんでしょうね。当然のことながらご飯は美味しくありませんでした。味はともかく、決められた量を盛ることに意義があったのですね(笑)。「一度でいいから自分でも食べてみると良いのに」と思いながら店を後にしました。

その後、東北新幹線の中で部下と話をしたのですが、私たちの視点で見るとあまりにおかしな話ですが、立場を変えれば自分たちも同じことをしているのではと思いました。頭でイメージするのではなく行動を起こすこと。あらためて、「相手の立場を考える」のではなく「相手の立場に立つ」重要性を感じた出来事でした。

それにしても・・・・・ですよね(笑)。

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2005/06/14

自分のことが見えているか

先週末に東北新幹線を利用した時の出来事です。私の横の座席に座っていた親子がこのような会話をしていました。親子で少し感情的になっているようでした。

娘 「私はお父さんの身体のことを心配しているのよ」
父 「余計な心配はいらないよ!」
娘 「そうは言っても・・・」
父 「自分のことは自分が一番良く分かっているんだから!」

たまたま耳にした会話でしたが、本当に「自分のことは自分が一番良く分かっているのか」ふと疑問に思いました。多くの方が口にされるフレーズですが・・・。

私たちは心が静まっているときに物事をありのままに見ることが出来ます。藤平光一先生は誦句集の中で、「月来たれば月映じ、鳥来たれば鳥映ず。波静まった水面の如く、万物明らかに映ずる心の状態を落ち着きと言う」と書かれています。心の波が静まっているときは、水面が鏡のようになって、月は月として鳥は鳥として、ありのままの姿を映し出すということです。しかし、一旦感情的になってしまうと、水面は乱れて何も映し出さなくなります。

自分のことを良く見えている為には、心が静まっていることが必要です。私たちは感情的になってときは、自分が感情的になっていることすら感じていません。したがって、自分の間違いにも氣づかず、自分は正しいと信じて疑いません。すると、自分のことを棚に上げて人のことを批判したり、自分の言ったことと行動が一致していないことにも氣が付かなくなります。自分のことが良く見えていることはコミュニケーションの基本です。

それでは、どうしたら心が落ち着いた状態になるのでしょうか。

一つは、氣の呼吸法によって、刺激からマイナスな反応に繋がる回路を変えることです。イライラしている時はちょっとした刺激が神経に響きます。それがまたイライラに繋がり悪循環に陥ります。氣の呼吸法を行って呼吸が静まってくると、同じ刺激であっても過度に感ずることがなくなり、刺激を正しく認識した反応に変わってきます。

もう一つは、6/2のコラムで書きました、物事のとらえ方(フィルター)を変える方法です。同じ出来事でも、とらえ方によってプラスにもマイナスにも解釈できます。生じる出来事をコントロールすることは難しいのですが、それをとらえる私たちの心をコントロールすることは出来ますね。そもそもストレスに感じないことが重要です。

「自分のことは自分が一番良く分かっている」、ご自分の口からこの言葉が出るときは要注意です(笑)。常に自分のことが良く見えているか、私も日々チェックをしています。

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