カテゴリー「01-メールマガジン記事 」の80件の記事

2010/03/01

生命力

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を日常に活用する事が目的です。

読むだけではなく、積極的に課題に取り組んで下さい。実践を通して得た学びは一生の財産となります。


藤平信一です。

人間には生きる力、「生命力」があります。

薬が開発されたことで、多くの命が救われるようになりました。我々の生活にとって、薬はなくてはならないものです。しかし、多くの人は薬に依存してしまっています。

かなり以前に、大手製薬会社の役員の方に指導をした際に、その方からお聞きした話が今も忘れられません。新薬であろうと、漢方であろうと、サプリメントであろうと、副作用のないものは一つもないそうです。

体内に何かを入れるということは、求める反応だけではなく、求めない反応も必ずある、ということです。つまり、食べ物でもバランスの良い食事が必要なわけです。

「薬は売る物であって飲むものではない」製薬業界では、このように考えている方が多いのだそうです。おそろしいことです。

どんなに強力な薬も、生命力がなければ効果はありません。生命力が病氣や怪我を治しています。薬が直接、病氣や怪我を治しているのではありません。

生命力のように目に見えないものは忘れやすいので、つい薬に依存することになるのでしょう。

先日もある学生が風邪を引き、すぐに薬を飲んでいました。「なぜ薬を飲むのか」と尋ねると、これから遊びに行くので、薬を飲んで治そうと考えたのだそうです。完全に「生命力」を忘れた発想です。

生命力が活発になるように心も身体も休めれば、若いのですから、半日・一日で良くなるはずですが、その学生は二週間も風邪を引きずっていました。

生命力が活発になる要因の一つが「血液の循環」です。

一般的に、身体の調子が悪くなると、固くなるか痛くなります。この固さと痛みは関係があることが多いのです。

ひどい肩凝りになると、首や肩が鉄板のように固くなります。ただ固くなるだけではなく、頭に血液を送る血管も圧迫して、氣持ち悪くなったり、頭痛が起きたりします。

心身統一合氣道の健康法の一つに氣圧法があります。お腹の調子が悪いとき、自然にお腹に手が行きます。これを昔から手当てと言い、氣圧法も同じです。

氣の出ている指先を調子の悪い部分に置くことによって、固い部分は柔らかくなり、痛みも軽減します。固い部分が柔らかくなることで、血液の循環が良くなって、それによって生命力が活発になるのです。

肩凝り・腰痛の軽減、骨折や打撲などの怪我の回復など、様々な症例で効果があります。

氣は誰もが持っていて、誰もが活用出来るものです。氣は特別な人だけが持つ、特別な能力ではありません。

繰り返しますが、薬は我々にとって、なくてはならないものです。問題は、薬に依存し、最も重要な生命力を忘れていることです。氣圧法はその生命力を活発にします。

氣圧法の他にも、生命力が活発にするには重要なことが沢山あります。例えば、_________ です。

生命力を活発にして、季節の変わり目を迎えましょう!

【課題】

___には何が入りますか。正解は無限にあります。

※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。

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2010/02/01

学ぶ能力

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を日常に活用する事が目的です。

読むだけではなく、積極的に課題に取り組んで下さい。実践を通して得た学びは一生の財産となります。


藤平信一です。

先日、懇意にしている大学教授と会食をしました。私も大学の一般教養の授業で指導している関係で、学生の「学ぶ能力」についての話題になりました。

いつの時代であっても、「最近の若い者は」と言われますが、それでも確かに、最近の学生には驚かされることがあります。大学教授と私の共通認識は、今の学生は、自分の頭で考える能力が欠如していることです。

「1+1=?」という問題には、「2」という正解があります。しかし、現実の問題には前もって決まった答えはなく、自分自身で答えを探すほかありません。

先日、ある大学生から進路について相談を受けたのですが、こんな質問から会話が始まりました。

「私はどの職業に就いたら良いのでしょうか?」

私は占い師ではないので、答えは持っていません。

話を良く聞けば、親から強く勧められて大学に進学したものの、卒業時に進路を決められず、大学院まで進んだそうです。二十代半ばにもなって、大学院生にもなって、自分の頭で考える力がないことに驚きました。

現在の「決まった答えを得る」ことしかさせない教育では、これからの時代に対応していくことは出来ません。

「私はこの男性と結婚した方が良いですか?」

これは、私が今まで受けた究極の質問です。助言は出来ても、私が決断を出来る訳がありません。

道場の中でも同じような質問を受けることがあります。

「この技はどうすれば出来ますか?」

この質問は、より深く学ぶための質問ではなく、自分の頭で考えるのを止めるための質問です。自分の頭で考えることをせず、安易に正解を求めています。

もし、より深く学ぶための質問ならば、「_____________」と、なるはずです。

私が指導する際は、上達するためのヒントだけを与え、あとは自分自身の力で体得するように指導しています。すると、心身統一合氣道の稽古が、自分の頭で考えて、工夫し、身につける重要な訓練になります。

つまり、学ぶ力が向上して行きます。学ぶ能力は、仕事を含め、ありとあらゆることに活きます。正解らしきものを与えられ、考えることを止めてしまったら、いつまで経っても学ぶ能力は得られません。

心身統一合氣道の指導に限らず、指導的立場の人は、今一度、指導とは何かを考える必要があります。

指導とは、______________ことです。だからこそ、学ぶ能力が向上するのです。

【課題】

___には何が入りますか。正解は無限にあります。

※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。

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2010/01/07

心が身体を動かす

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

心身統一合氣道を学ぶ上で最も重要なこと、それが「氣の原理」(心が身体を動かす)です。

我々は皆、心と身体を持っています。身体には色もあり形もあります。目に見ることが出来、触れて確かめることも出来ます。

一方、心には色もなく形もありません。相手の心を理解するばかりか、自分の心でさえ、良く理解していません。昔から「心は捉えどころがない」と言われる所以です。

しかし、実際にはそうではありません。心の状態は、何らかの形で身体の状態に表れています。つまり、身体の状態を通して、心の状態を知ることが出来るのです。

先日、ある会員から、内弟子が私への預かり物をしました。その内弟子は預かった物をその場に置き忘れ、それを私が見つけました。

すぐに私はその内弟子を呼び、厳しく注意をしましたが、「次は忘れない様にします」「今度は氣をつけます」など、内弟子は謝るばかりです。

いくら私に謝っても、この内弟子は良くはなりません。「心が身体を動かす」ことを理解していないからです。

心の状態が、形としてミスとなって表れるのです。同じ心の状態のままでは必ず同じミスを繰り返します。心の状態を知ることが肝要です。

したがって、私は通常、ミスを叱責することよりも、「自分の心と向き合うこと」を徹底して指導しています。

私と内弟子A(以下、A)とのやり取りをお伝えしましょう。

私 「なぜ、置きっぱなしにしたのか?
A 「申し訳ありません。次からは氣をつけます」

私 「謝って欲しいのではない。なぜ、お預かりしたものを置きっぱなしにしたのだろうか?
A 「一旦その場に置いて、後で取りに戻れば良いと思いました。でも、そのまま忘れて放置してしまいました」

私 「なぜ、後に取りに戻れば良いと思ったのか?
A 「他にやることがあったので、それを優先しました」

私 「自分で出来ないならば、他の者に頼めたのでは?
A 「・・・・・出来たとは思いますが、その時点では思いつきませんでした」

私 「それでは、なぜ思いつかなかったのだろうか?

この様に、実に氣の遠くなるようなやり取りが続きます。しかし、この内弟子は悪意でこのように言っているのではありません。言い訳している認識もありません。

問題は、自分のしたミスが自分の心の状態の表れと捉えられないでいることです。自分の心の状態を知り、改めなければ、同じミスを何度でも繰り返します。

自分の心と向き合わないのであれば、良い指導者にはなれません。だからこそ私は、原因を曖昧にしたまま許すことは絶対にしません。

しばらくやり取りが続き、この様な本音が出て来ます。

A 「・・・・・実は、その瞬間、面倒に感じていたのです

私 「なぜ、面倒と感じたのだろうか?」
A 「相手のことよりも自分の都合を優先していました。その方を大切に思っていなかったのだと思います

私 「その心の使い方のままで良いのか?」
A 「いいえ。このままでは同じことを繰り返しますので、自分の心の使い方を改めます

これだけのやり取りを経ても、変わらない者は変わりません。それでも諦めずに「自分の心と向き合う」ことを徹底させます。幸いにして、この内弟子は、これを最後に忘れなくなりました。

心身統一合氣道の技も、仕事や日常生活での行動も、心の状態の表れと捉えることが出来ます。「そんなつもりはなかった」などと逃げていると、自分の心と向き合うことが出来ません。

身体の状態を通して心の状態を知る。心の状態を知ったら、心の使い方を具体的に改める。

これを繰り返すことで成長するのです。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 仕事や日常生活でミスがあったら、そのミスを通して「どのような心の状態だったか」を知る。

[検証のポイント]

  • 心の状態を知ったら、心の使い方を改める。
  • その結果、どうなったかを記録に取る。

※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。

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2009/12/07

相手の氣を察する

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

東海道新幹線で東京から大阪に移動した時の話です。

通路を挟んだ隣の席に、ビジネスマン二人が乗っていました。どうやら会社の上司と部下のようです。発車ベルが鳴り終わるくらいに、慌てて乗り込んで来ました。

意識して会話を聞くつもりはなかったのですが、声が大きく、二人の会話が車内に筒抜けになっていました。

 上司 「何度も八重洲北口って言ってあったよな。
     なんで丸の内北口で待ってるんだ!」
 部下 「すみません!
     北口ってことしか覚えてなくて・・・・・」

この会話から始まる会話は、何と名古屋まで続くことなります。上司は強面のあげく、大変な剣幕で部下を責め立てます。部下は完全に怯えています。

 上司 「喉が渇いたので、何か買って来てくれ」
 部下 「はい、分かりました!」(返事は良い)

車内販売が来るのを待てず、上司は部下にお金をあずけて、飲み物を買いに行かせてました。数分後、飲み物を抱えた部下が慌てて席に戻って来ました。

 部下 「お待たせしました!お飲み物です」
 上司 「お前、これホットコーヒーじゃないか。
     熱いコーヒーを一氣飲みしろと言うのか!」
 部下 「ひぃ~。申し訳ありません!」

確かに「喉が渇いている」と上司が言っていたのですから、すぐに飲める温度の飲み物が正解ですね。

この後も実に噛み合わないやり取りが続きます。まるでコメディーを見てるようで、目が離せなくなりました。

 上司 「少し腹が減ったな。何か朝食を買って来てくれ」
 部下 「はい、分かりました」

またもや上司は部下を走らせます。

「氣を察するに、おそらくサンドウィッチが正解だろう」と、私は密かに予想していました。上司は、会話の中で昨晩飲み過ぎたと言っていました。時間帯も朝なので、あまり重たい食事は好まないはず・・・。

そんな中で部下が戻って来ました。

 部下 「お待たせしました!どうぞ」
 上司 「それ柿ピー(柿の種&ピーナッツ)だろう?
     柿ピーだけ買って来てどうすんだよ!」

柿ピーはあり得ません。部下は更にこう続けます。

 部下 「ビールもあった方が良かったでしょうか?」
 上司 「そうじゃないだろ!
     お前、俺を馬鹿にしているのか?」
 部下 「とんでもない!」
 上司 「もういいよ!サンドウィッチでも買って来い!」

それまでの会話によると、これから商談とのこと、ビールは絶対にあり得ません。

本人としては、部下は真剣そのもので氣の毒なのですが、これは、部下が「氣を察しない」ことが原因の一つです。相手に氣を向けて、相手の立場に立つことによって、相手の氣を察することが出来ます。

いくら一生懸命であっても、自分の立場だけで行動を取れば、相手が望んでいることには応えられません。「こんなに一生懸命なのに評価されない」という時は、自分の立場だけで行動を取っていることが多いのです。

「相手の立場に立つ」ためには、まずは相手のことを知ること。直接質問することだけではなく、何氣ない会話の中からや、表情や態度から読み取ることです。

相手の氣を読む(察する)ことは、訓練によって上達します。人に携わるお仕事をする方は、不可欠な訓練です。

締めくくりはこの会話。

 上司 「少し寝るから、名古屋に着いたら起こしてくれ」
 部下 「分かりました」

昨晩が遅かったのか、上司はすっかり寝込んでしまいます。新幹線は名古屋に到着します。

 部下 「○○さん、もう名古屋に着きましたよ」
 上司 「この馬鹿!
     名古屋に着いてから起こしてどうすんだよ!」

そう言って、上司は慌てて準備して、部下と一緒に新幹線を降りて行きました。上司は荷物の中身を広げたまま寝ていたのです。数分、早くに声をかけていれば、何の問題もありませんでした。

本当にコメディのようです。このあと、一体どのような商談が待ち受けているのでしょうか。

一方、部下が上司の氣を察することが出来ない原因は、上司にもあります

この上司は、眉間にシワがよりイライラしているので、部下は常に「また怒られないか」と緊張しています。本来氣を向けるべき事に氣を向けられないのです。

私は内弟子達を育成していますが、どうやら相当に恐いらしく、この上司と同じような目に合うことがあります。その都度、あらためています。

相手の氣を察することが出来ないと、合氣道は出来ません。まさに、生活の中の心身統一合氣道です。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 相手から何かを頼まれたら、まず相手の立場に立って考える(相手の氣を察する)。

[検証のポイント]

  • それが本当に相手の望んでいたことであったか確かめる。

※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。

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2009/11/16

氣を強くする

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

「氣が強い」とは「性格がきつい」ことではありません。

何事にも、始めの一歩を踏み出すには不安はあるものです。「自分に本当に出来るのであろうか」と不安がよぎると、本来、氣を向けるべき事に向けられなくなります。

「駄目かもしれない」「失敗したらどうしよう」と不安がよぎると、やり遂げる意欲、継続する意欲を失います。

「絶対に出来る」「必ずやり遂げる」を思い続けるからこそ、何事も達成することが出来るのです。このプラスの氣を堅持出来る能力が「氣の強さ」なのです。

多くの人は、不安がよぎると、その不安に背を向けます。「自分は不安など感じていない」と認めようとしません。「不安を感じないように」と意識すると、余計に不安を感じるものです。

不安から逃げているうちは、不安は追いかけて来ます。

「考え方を変える」という方法があります。「失敗したらどうしよう」ではなく「どうしたら成功するか」、確かにそれで不安が一時薄れることもあります。しかし、多くの場合、応急処置であり、抜本的な解決にはなっていません。

意識には、我々が認識している「顕在意識」と、認識していない「潜在意識」があります。通常、我々が言う「意識」とは「顕在意識」のことです。

顕在意識は、潜在意識から出された材料で組み立てられます。したがって、潜在意識にマイナスが蓄積していると、顕在意識もマイナスになりやすいのです。氣を強くするには、潜在意識を変える必要があります。

その具体的方法が「命令暗示法」です。

命令暗示法では、夜寝る直前に鏡の前に立ち、鏡に映る自分に「お前(あなた)は氣が強い」と言葉をかけます。「私は」という一人称ではなく、鏡に映る自分に「お前は(あなたは)」と二人称で語りかけると効果的です。

その際、一切の迷いを入れてはいけません。また、語りかけるのは一つだけ、あれもこれもはいけません。そして、テレビを見たり読書したりせず、すぐに休みます。

夜、寝ている間は潜在意識が主として働いていますので、休む直前に語りかけると、潜在意識に入りやすいのです。これを少なくとも3ヶ月間、毎日、継続します。

結果はどうなるか。実践した人のみに分かることです。

私は立場上、常に結果を残すことが求められるのですが、氣が緩むと、途端に不安な状態に陥ります。しかし、命令暗示法を行っているときは、不安はあっても乗り越えることが出来ます。

私は自分が実践しないことを人には絶対に勧めません。現在でも、欠かすことの出来ない訓練の一つです。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 本日から3ヶ月間、命令暗示法を行う。

[検証のポイント]

  • 毎月、どの様な変化があったか記録する。

※ これは「藤平信一メールマガジン」の掲載記事です。

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2009/10/01

氣を通す

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

一年を通して、私には一日に多くのスケジュールがあります。稽古や講習会の指導、講演会、面会、取材、交渉、内弟子の教育など、実に様々です。

特に、重要な決定を下す件は、たった一つの予定であっても、大変なエネルギーを要します。それが10件、20件と続けて入っている日は、ただ頑張っているだけでは、疲労困憊[ぱい]してしまいます。

実は、ちょっとした氣の使い方で、もっと楽に仕事が出来ます。それが「氣を通す」ことです。

自分から氣を向けて行う仕事は疲れませんが、誰かに言われて氣が向かずに行う仕事は疲れるものです。

氣に基づいて説明すれば、「氣が先行して仕事をする」のと、「氣が遅れて仕事をする」の違いです。たとえ一瞬のことでも、大きな違いを生み出します。

今日一日、これから何件も予定があるとしましょう。

一つ前の仕事で問題が生じると、そこに氣を取られてしまい、目の前の仕事に氣が向きません。少しずつ氣が遅れていくわけです。すると、集中力は切れて能率は下がり、とても疲れます。

全ての予定に氣が通れば、途中で集中力は切れません。氣が途中までしか通っていないので集中力が切れ、予定を半分くらい終えたくらいで「ぐったり」するのです。

それでは、具体的にどうしたら良いのでしょうか。

一日の始め(出来れば前の日の晩)に予定を全て書き出します。そして、必要な準備や段取りをしておきます。そうすることによって、一日の最初の予定から最後の予定まで、全てに「氣を通す」ことが出来ます。

すると、一つ一つの予定が「点」でなく「流れ」に変わります。つまり、途中で氣が切れなくなるのです。「氣を通す」とは、頑張ったり、氣を張ることではありません。心を明確に使うことであり、自然に行うことです。

一日の予定全てに「氣を通す」こともそうですが、少し先に「氣を通す」ことでも、大きな違いが生じます。

例えば、休憩を取るとき、次の準備をしてから休むのです。つまり、一つ先の予定まで氣を通しておくのです。それから休憩を取ると、次の仕事に戻るのがとても楽です。これをしないと、仕事に戻るのが辛くなり疲れます。

「休みになると風邪を引く」という方が多いですが、それは、休みになると「氣が切れる」ためです。

休みに入る前に、休み明けの仕事の準備をしたり、段取りを立てたりしておくことで、氣が切れなくなります。仕事に戻るのも楽になり、心置きなく休みを取れます。

私は、「氣を通す」ことを覚えてから、スケジュールが多くても疲れなくなりました。風邪を引かなくなりました。

私は各界の最前線で活躍する方とお会いする機会が多いのですが、「忙しい」と言う方は一人もいません。私よりもハードなスケジュールでも実に楽そうに見えます。

スケジュールがいっぱいでも楽そうに見える方は、楽そうに振る舞っているのではなく、先に氣を通すことで、本当に楽に仕事しているのです。

「忙しい」と言う方は、氣が焦って、頭の中だけが忙しいのであり、本当に忙しい方はあまりいません。「忙」という漢字が「心を亡くす」と書く所以です。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 休日や休憩に入る前に、次の予定の準備や段取りをする。(次の予定まで氣を通しておく)
  • 前日の夜に翌日の予定すべてに氣を通しておく。

[検証のポイント]

  • 実行して感じた違いを、毎日、記録に取る。

※ これは「藤平信一メールマガジンの掲載記事です。

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2009/09/01

適切なイメージを持つ

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

人間は誰でも、無意識にもイメージを持っています。

例えば、「仕事」がそうです。ただし、日本の文化における「仕事」を前提とします。

経営者が心身統一合氣道や氣の原理を学ばれている場合に限り、私は依頼を受けて企業研修で指導をします。たまに、新人研修もあります。新人研修で指導する際、こんな質問をすることがあります。

「仕事は楽しいものですか。それでも苦しい(大変な)ものですか」

すると、答えは半々くらいでしょうか。ある社員は「楽しいもの」と答え、ある社員は「苦しいもの」と答えます。

これは「仕事」に対するイメージなのです。

もう少し、突っ込んだ質問をすると、更に面白いことが分かります。

「親御さんが仕事しているときは、楽しそうですか」

「楽しそうです」という社員は、仕事を楽しいものとして捉えています。「大変そうです」という社員は、仕事を大変なものとして捉えています。当たり前に思われるかもしれませんが、これは重要なポイントです。

つまり、仕事を実際に体験してからイメージが出来たのではなく、親御さんの影響を受けてイメージが出来ているのです。しかも、ほとんどの場合、「無意識のうちに」です。恐いことです。親御さんでなくて、学校の先生など周囲の大人ということもあります。

仕事を「生きていく為に嫌でもやらないといけない」と捉えるか、「自分が成長する為に積極的に取り組みたい」と捉えるかでは、その後の人生は大きく変わることでしょう。「自分のため」だけに仕事をするのか、「誰かのため」に仕事をするのか、もそうですね。

どの様なイメージを持つのも自由なのですが、最も重要なことは、自分が持っているイメージが適切か知ることです。

心身統一合氣道の初心者にお尋ねする質問です。

「合氣道(の稽古)に対するイメージを教えて下さい」

ここで言うイメージとは、護身術とか関節技ということではなく、自分にも出来そうか、出来なそうか(難しそうか)ということです。すると、多くの方が「自分には出来ない(難しそう)」と答えます。

恐らくそれまでのご経験で、そういうイメージを持ったのでしょう。このままのイメージを持って稽古すると、あまり上達はしません。「出来ない」というイメージを持ちながら、「出来る」ようにはならないからです。

そこで、指導者は入門する方にとって、取り組みやすい技を選び、まずは出来るようになる体験をして頂きます。出来る様になると、今まで持っていた「出来ない」というイメージが、「ひょっとしたら自分にも出来るのでは」と変わって来ます。この過程がとても重要なのです。

ある程度、それが出来てきたら、今度は指導者が導くのではなく、生徒さん自身で、自分の持っているイメージを知った上で、自分自身で「出来る」というイメージを持つことを訓練して頂きます。

「日本人は英語が苦手」と言われていますが、これも、繰り返し繰り返し、無意識のうちにすり込まれたものです。一体、誰がそのように決めたのでしょうか。実に不思議な話です。

まとめましょう。

私達は誰でも、物事に対して自分なりのイメージを持っています。そのイメージは、自分から積極的に得たというよりも、家庭教育や学校教育などで、無意識のうちに得たものです。

それが適切なイメージならば良いのですが、不適切なイメージだと、最初から物事に対して否定的になります。

これは実にもったいないことです。

何事にも、自分が(無意識のうちに)持っているイメージを知り、それをチェックすることが重要なのです。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 「稽古」「仕事」「勉強」「英語」「家庭」「お金」「夫」「妻」・・・・・。 どれか一つを選び、持っているイメージを書き出す。

[検証のポイント]

  • そのイメージは、いつ、どこで、どのように得たものかを知る。
  • そのイメージが適切かどうか検証する。

この記事は「藤平信一メールマガジンに掲載されたものです。

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2009/08/01

潜在意識を変える

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

潜在意識をプラスに保つことは、心身統一合氣道の稽古において、最も重要な稽古の一つです。

例えば、力の強い相手が力いっぱい自分の手首を持つとしましょう。「ひょっとしたら動けないかもしれない」と頭によぎると、それだけで動けなくなってしまいます。

プロのアスリートを指導していても、それは良く分かります。大事な場面で「ひょっとしたら失敗するかもしれない」と頭によぎる選手は、その通りに失敗します。

問題は、こういう考えを自分自身ではコントロールしにくいことです。大事な場面になればなるほど、こういう考えがよぎるものです。これをコントロールするには「潜在意識を変える」ことです。

私が内弟子になりたての頃、夜寝ると頻繁に見る夢がありました。それは、力の強い相手に持たれて動けないというものでした。プロの指導者であれば分かると思いますが、まさに悪夢です。

ある時それを藤平光一先生に相談をしました。すると、藤平光一先生は簡潔に答えました。

ああ、それは潜在意識がマイナスなんだよ

意識には、日頃私たちが認識している意識(顕在意識)と、認識していない意識(潜在意識)があります。潜在意識は心の倉庫のようなもので、顕在意識は潜在意識から出された材料によって組み立てられます。

潜在意識がプラスであれば、当然顕在意識もプラスであり、潜在意識がマイナスであれば、当然顕在意識もマイナスな訳です。潜在意識がマイナスなのに、顕在意識だけプラスにしようとしても無理というものです。

世の中で言われる「プラス思考」の多くは実践が難しいのですが、それは顕在意識だけをプラスにしようとするからです。

寝ている間は潜在意識が主に働いています。したがって、寝ている間に見る夢は潜在意識の関わりがあります。当時の私は、潜在意識がマイナスだったのです。

そこで、私は潜在意識を変える訓練を始めました。

一つの訓練は、必ず出来るまで稽古をすることです。

稽古において、出来ていないのに稽古を終える方がいます。これでは最終的に「出来ない」ことが潜在意識に入ってしまいます。

どんなに大変でも、出来るようになるまで稽古を止めません。地味なことですが、実はとても重要なのです。必ずプラスのイメージで稽古を終えることです。

もう一つの訓練は、日常で使う言葉を変えることです。

当時の私は何かあるたびに、すぐに「出来ない」と言っていました。出来るか出来ないか分からないのに、です。やるだけやってみても、出来ないこともあります。やりもしないうちに「出来ない」と言うのは悪い習慣です。

日常生活でこういうことをしていたら、当然のことながら、稽古においても「出来ない」という考えがよぎる訳です。そこで、すぐに「出来ない」と言うのをキッパリ止め、どうしたら出来るか考える新しい習慣を得ました。

以上の二つの訓練だけで、何と悪夢を全く見なくなりました。稽古の夢は今も見ますが、もう「出来ない」マイナスな夢ではなく、いつでも「出来る」プラスな夢です。実際の稽古でも「出来る」ことが多くなりました。

世界中には想像もできない強い方います。まだ出会っていない相手に対して、出来るかどうかは分かりません。それでも「出来る」と思えることが大切なのです。常に出来ると思えるように潜在意識を変えることです。

これは心身統一合氣道の稽古だけではなく、ビジネスマンにも、アスリートにも、アーティストにも重要です。潜在意識を変える具体的な訓練については、拙著「心を静める」で詳しく解説していますので活用なさって下さい。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 潜在意識をプラスに保つ訓練を一つ選び、一ヶ月継続する(「心を静める」を活用)。

[検証のポイント]

  • 自分の考え方、捉え方がどのように変化したかを観察する。

この記事は「藤平信一メールマガジンに掲載されたものです。

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2009/07/03

混ぜるな、危険!

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

「知識を得る」のと「身につける」のでは学び方は違います。「知識を得る」のが工夫次第ですぐに出来るのに対して、身につけるには時間をかける必要があります。

例えば、拙著「心を静める」をお読み頂き、「知識を得る」のはすぐですが、「身につける」には時間がかかります。

以下の内容は、それを前提にお読み下さい。

何かを学ぶ時、「良いところ取り」をしようとする人がいます。Aという学びと、Bという学びがあるときに、その両方をかじって、良いところを吸収しようとする姿勢です。

「知識を得る」には良いのかもしれませんが、「身につける」には良くありません。良いところ取りしようとする人は、自分では得しているつもりでも、実は大変な損をしていることに氣づいていません。

世界で最高のコーヒーと最高の玉露があったとして、それを混ぜ合わせたら、一体どうなるでしょうか。コーヒーはコーヒーとして、玉露は玉露として味わうからこそ、それぞれの持つ価値が分かるのです。

「良いところ取り」は、それらを混ぜて飲むようなものです。せっかくの最高のものが台無しです。混ぜたら美味しかった、ということもあるかもしれませんが、ほとんどの場合は失敗です。

Aを学ぶときはAに専念し、Bを学ぶときはBに専念する。すると、身につく過程でAとBの共通点が分かってきます。これは、「AとBを混ぜている」のではなく、「AとBに通じる本質を理解している」ということです。

これは、とても重要なことです。

心身統一合氣道の稽古でも、稀にこういう方がいらっしゃいます。

 「これは他の武道の    という動きに似ていますね」
 「これはダンスの    というステップに似ていますね」
 「これは    さんの    という理論に似ていますね」

一概には言えませんが、ほとんどの場合、こういう発言をする方は混ぜているようです。混ぜてしまうと、いま学んでいることを見えなくなります。これは、実にもったいないことです。

ちなみに、こういう方が合氣道以外の学びをする時、「これは合氣道の○○という動きに似ていますね」と言います。

一方で、こういう方もいらっしゃいます。

 「合氣道を稽古して、    の動きが良くなりました」
 「合氣道を稽古して、    の意味が良く分かりました」
 「合氣道を稽古して、何事も一緒なのだと感じました」

これは混ぜているのではなく、本質を理解しているのです。この違い、うまく伝わりましたでしょうか。

まとめると、「混ぜるな、危険!」ということです。

さて、今月の実践・検証です。今回はレベルが高めです。

[実践すること]

  • 学ぶとき、学ぶことに専念する。
  • 本をよむとき、その本に専念する。
  • 人の話を聞くとき、その話に専念する。

[検証のポイント]

  • 専念した結果、どんな変化があったか。

この記事は「藤平信一メールマガジンに掲載されたものです。

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2009/06/01

指導能力の向上

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。

何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。

知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。


藤平信一です。

今回の内容は上級者編です。

年間を通して、私は2,000名以上の方に指導をしています。この数には「講演で一度話した方」などは含まれていません。毎週/毎月/毎年など、定期的に指導している方の数です。

つまり、指導の結果、その方がどのように変化したか、私は2,000名分のフィードバックを得ることが出来る訳です。フィードバックがあってはじめて大切な情報が得られるので、これは本当にありがたいことです。

例えば、自分では「よく出来た」と満足する指導でも、実際には、相手には伝わっていないことがあります。自分では「よく出来なかった」と反省する指導でも、実際には、相手に伝わっていることもあります。

もちろん、相手の学ぶ姿勢に因るところもあるのですが、それだけではなく、自分の伝え方に課題があるのです。自分の感覚は重要ですが、実際、相手に伝わったかどうか、それを確認することが不可欠です。

これがない指導者は、自己満足の指導に陥ります。

「指導の仕方を専門的に勉強なさったのですか?」

この様な質問を頻繁に受けますが、私は今まで、一度も「指導の勉強」をしたことがありません。ましてや、専門的な訓練を受けたこともありません。ただ、いつも下記の3つをよく見ています。

  1. 自分がお伝えしたことを相手が理解出来たか。
  2. 理解出来たなら、それを相手が実行出来たか。
  3. 実行出来たなら、それで相手が良くなったか。

1.は、伝える相手に氣を向けていれば良く分かります。

人間は「分からない」「理解できない」状態は不快なので、そういった氣は、何らかの形になって表れます。(表情が曇ったり、視線が下がったり、声が小さくなる、等)「心が身体を動かす」のです。

相手が理解出来ていなければ、伝える方法を工夫します。相手が理解するまで試行錯誤するうちに、説明の仕方や表現方法が磨かれます。

2.は要注意です。多くの人は理解しても実行しません。

実行して頂くには、具体的な方法やポイントをお伝えして、さらに定期的にフォローする必要があります。相手が実行しなかったとしても、感情的になってはいけません。それは、伝える側の不足かもしれません。

どうしたら相手が実行するか、伝える方法を工夫します。相手が実行するまで諦めてはいけません。大変な根氣が必要ですが、それによって磨かれるのです。

3.は、実際に相手が出来るようになったかです。

もし、出来ないときには、1.か2.のどちらかで躓いています。1.、もしくは2.まで戻って、再度、指導をします。相手が出来るようになるまで諦めてはいけません。

指導能力の向上に特効薬はありません。1.から3.を愚直に繰り返すことで、指導能力が向上します。本を読んだり、専門的な知識を得たりすることも重要ですが、この基本的な取り組みがあるから活きて来ます。

指導は一方向ではなく、双方向のものです。相手の氣を見ることが、指導の根幹です。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 本文中の1.~3.を実践し、ノートに記録を取る。

[検証のポイント]

  • 定期的にノートを見直し、効果があったこと、効果がなかったことの違いを検証する。

この記事は「藤平信一メールマガジンに掲載されたものです。

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2009/05/11

理解のレベル(後編)

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「理解のレベル(後編)」

前回の続きで「理解のレベル(後編)」です。前編をまだお読みでない方は、こちらでお読み頂けます。

きちんと実践・検証した方は、自分が理解したと思っていることが、自分が理解したつもりであったことがお分かりになったと思います。

人間は、自分の見たいように見て、自分の聞きたいように聞いて、自分の理解したいように理解します。だからこそ、自分の理解が正しいか確認が必要なのです。

それでは、さらに深いレベルの理解をお伝えしましょう。

相手が話した内容を正確に人に伝えられるようになったら、今後は「相手がどんな心情でその話をしたか」を汲むことです。つまり、相手の話す内容だけでなく、心情を理解することです。

すると、同じ「ありがとう」という言葉でも、発する人の心情によっては、心からの感謝であったり、形だけの感謝であったり、皮肉であったり、実に様々です。

言葉を聞いているだけでは、相手の心情は分かりません。表情や抑揚、間(ま)などを、ありとあらゆる情報から判断をします。

何よりも相手の氣(氣持ち)を見ることです。

言葉だけではなく、一度に多くの情報をキャッチする必要があります。これが出来ないと「空氣が読めない」と言われます。

これは決して簡単なことではなく、本当は訓練が必要なのですが、一般的には家庭教育で教えるのが当然とされていて、学校や会社などでは、訓練をすることはほとんどないようです。訓練すれば、大抵の人は良くなるのに、実にもったいないことです。

私は企業研修で指導をしますが、こういう基礎訓練から始めます。すると、目に見えて理解のレベルが上がって来ます。実際の訓練では、相手の心情を汲む工夫をして(実践)、それが本当に相手が感じていたことか確認をします(検証)。

私が大学合氣道部の新入部員だった頃、先輩から「俺の飲みたいものを買って来て」と言われていました。からわかれていたのかと言えば、決してそうではありません。今にして思えば、これが本当に良い訓練でした。

飲み物には温かいものもあれば、冷たいものもあります。シーズンによって、喉の渇き具合によって欲しいものは変わります。ジュースもあればスポーツドリンクもあり、炭酸飲料だってあります。日頃から注意深く、その先輩を観察しておくことも必要です。

実際に飲み物を買っていくと、始めのうちは「これじゃないよ」と、受け取ってもらえませんが、何度か実践・検証を繰り返すうちに、段々、求めているものが分かって来ます。しかし、次第に慣れてくると、今までの傾向から惰性で選んでしまい失敗することもあります。

そうしながら実践・検証を繰り返します。「飲み物を買ってくる」という、実に他愛もない行動なのですが、これ一つでも相手の心情を汲む実践・検証が出来ます。当時は理不尽でも、今ではとても感謝をしています。

いつの時代でも、相手の心情を汲めない人は常にいるようですが、今の20~30代の若い方には顕著に見られます。本人からしてみれば、一生懸命やっているのに空回りするので、とても苦しい思いをしています。

四人いる内弟子の一人もこのタイプで、いま手を焼いています。しかし、「訓練をすれば必ず良くなる」というのが持論なので、才能のせいにせず、日々訓練しています。

さて、今月の実践・検証です。

今回は、実践・検証に付き合って頂ける相手であることが前提です。人間関係が出来ていないと、人間関係が悪くなる可能性があります。

出来るだけ身内の方が良いと思います。

[実践すること]

  • 相手の話を聞くとき、相手の言葉だけではなく、氣(氣持ち)を見る。

[検証のポイント]

  • それが本当に相手の感じていたことかを確認する。(相手に尋ねる、周囲の人に尋ねる、など)

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2009/04/01

理解のレベル(前編)

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「理解のレベル(前編)」

私達は日常で、簡単に「分かった」という言葉を使います。しかし、本当に分かっているかどうか微妙です。実は、理解にもレベルがあります。

何かの説明を受けて、「分かった」と思ったとします。一番浅いレベルの理解は、「分かったつもり」です。

説明を受けているうちは分かったような氣がしたものの、実際にやってみると出来ない状態です。この理解のレベルで満足すると、何も身につきません。実際には、このレベルで分かったと思う方が多いのです。

これよりも一つ上のレベルの理解は、「説明を受けたことを、正しく人に伝えられる」ことです。

頭で分かったと思っても、それが整理をされていなければ、人に伝えることが出来ません。正しく人に伝えるには、頭の中を整理する必要があります。

私が講習で指導する際は、ただ伝えるのではなく、伝えたことを、生徒同士で伝えあう時間を設けています。

特別に訓練を受けた方でない限り、初心者の皆さんは、私が伝えたことの3割程度しか正しく伝えられません。つまり、指導者が自分の伝えたいことを伝えるだけでは、学ぶ皆さんに一部しか伝わらないのが現実です。

「説明をすれば理解してもらえる」というのは幻想です。

学んだことをお互いに正しく伝えあう訓練を重ねるうちに、ほとんどの生徒は出来るようになります。

「分かったつもり」から一つ上のレベルに達するには、たとえ、自分では「分かった」と思っていたとしても、人に正しく伝えられるか確認することが重要なのです。

人の話を聞く時に「自分の中で発想・連想しながら聞く」というクリエイティブな手法もあるようです。それはそれで価値のあることです。

しかし、それ以上に重要なことは、相手にしっかり氣を向けて、相手の伝えることを正しく理解する訓練です。この基礎が出来ているからこそ、より高度な話の聞き方も出来るようになるのです。

昨今では、「個性を尊重する」という意見をよく耳にします。基礎が出来ていないのに、「個性を尊重する」などと言うと、「自分なりの理解」しか出来なくなります。相手の言いたいことを正しく理解する、という基礎訓練が、今の時代には最も必要なことの一つです。

理解のレベルには更に上がありますが、実践・検証の為、今回はここまでにしましょう。

次回、「理解のレベル(後編)」で続きをお伝えします。

[実践すること]

  • 聞いた話を正しく人に伝えられる様に話を聞く。

[検証のポイント]

  • 話を聞いて「分かった」と思うレベルと比較する。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2009/03/02

学びは実践・検証

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「学びは実践・検証」

このたび、幻冬舎から初めての著書「心を静める」を出版しました。この本をお読みになって、ブログをお読みになる方も多いと思います。そこで、今回は実践・検証の重要性についてお伝えします。

今までもブログお読み頂いている皆さんにとっても大切な内容なので、復習としてお読み下さい。

このブログ記事は、ただお読み頂くのではなく、実践・検証して頂くことを前提に書いています。

何事にも実践が重要なのは、言うまでもありません。本を読むのも、セミナーなどに参加するのも重要ですが、それだけでは知識が増えるだけです。本の内容、セミナーなどの内容を身につけるためには、実践することが不可欠なのです。

つまり、このブログをお読みになるだけでは、知識が増えるかもしれませんが、身にはつきません。

一方で、実践さえすればそれで良いかと言えば、実はそうとも限りません。実践した結果、どうなったか検証することが必要です。例えば、自分自身の考え方や行動がどの様に変化したか。また、周囲との人間関係がどの様に変化したか。

実践した結果を客観的に分析することが不可欠です。

例えば、「氣の呼吸法を毎日行う」が課題だとします。

「私は毎日1時間やっています!」氣の呼吸法を実践する方から、この様な報告を頂きます。毎日1時間も継続することは並大抵のことではありません。それ自体は素晴らしいことです。しかし、私はこの様にお尋ねします。

「その結果、どのような変化がありましたか?」

すると、それを聞いて「え?」と止まってしまう方がいます。厳しいことを言いますと、この質問で止まってしまう方は、「自己満足」と言うと言い過ぎかもしれませんが、氣の呼吸法を1時間行うことだけで満足しています。

中には「苦しいけれど1時間も頑張る」という方がいます。苦しいということは、やり方が間違っているということです。検証しないと、間違った方向にどんどん進みます。ただ実践すれば良い訳ではないのです。

別の例をあげましょう。

「プラスの言葉を使うこと」が課題だとしましょう。真面目な方は、「私は毎日プラスの言葉を使っています!」と、わざわざ報告して下さいます。それ自体は素晴らしいことですが、私はこの様にお尋ねします。

「その結果、どのような変化がありましたか?」

すると、やはり「え?」と止まってしまう方がいます。中には、「かえってストレスが溜まりました」という方もいます。それでは課題の意味が全くありませんね。ストレスが溜まるのは、我慢したり、自分の心を誤魔化したり、どこかで無理をしている表れです。

検証をしないと、間違った方向にどんどん進んで行きます。ただ、実践すれば良い訳ではないのです。

知識は時に失いやすいものですが、実践・検証を通して身につけたことは失いにくいものです。一生の財産となります。このブログの読者の皆さんには、今後もぜひ実践・検証をお続け下さい。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 心を静める」から実践する課題を一つ決める。
  • 期間を1ヶ月間に定め、実践する。

[検証のポイント]

  • 実践する過程(1日毎/1週間毎/1ヶ月毎)で検証して、変化をノートに記録する。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2009/02/02

信頼関係を築いてから行動する

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「信頼関係を築いてから行動する」

親子・先生と生徒・上司と部下を思い浮かべて下さい。

同じ注意を受けていても、ある人の注意は受け入れられるのに、ある人の注意は反発してしまって全く受け入れられない。そんな経験はありませんか。誰にも「あなただけには言われたくない」とう人がいるはずです。

なぜ、同じ注意なのに反応が違うのでしょうか。それは、相手と信頼関係が出来ているかどうかの違いです。

信頼関係が出来ていれば、たとえ厳しく注意されたとしても、それを受け入れることが出来ます。信頼関係が出来ていないと、同じ注意をされても反発をして、受け入れることが出来ません。

したがって、注意をする立場の人は、注意の仕方よりも、注意をする相手と信頼関係が出来ているか見ることが大切です。

私の知り合いに、とても親切な男性がいます。相手にとって必要だと思えば、言いにくいことでも伝えます。今時、めずらしい人かもしれません。

しかし、最大の欠点は、機嫌によって態度が変わることです。自分の心をコントロール出来ないのです。

周囲の人間から見れば、機嫌によって怒鳴られているようで、この男性のことを信頼出来ません。そんな中で、あれやこれやと細かく注意される訳ですので、誰もこの男性の言うことを聞く氣になれません。

この男性は、親切で注意しているのに受け入れらないので、とても不満に思っています。こうなると悪循環で、誰のプラスにもなりません。

「何を注意するか」よりも「誰が注意するか」です。信頼関係があるからこそ、注意の内容が活きるのです。

巷の本にはよく、「部下にはこういう言葉をかけたら良い」など、コミュニケーションのテクニックが語られています。そのテクニックは、信頼関係があって初めて意味があります。ただ、テクニックだけ真似ても、信頼していない人間の言葉は、誰も聞く氣がおきません。

私がセミナーなどで指導をする際は、指導内容も重要ですが、まずは信頼される言葉・態度・行動を心懸けます。信頼関係があれば、指導する内容は相手に伝わっていきます。信頼関係がなければ全く伝わりません。

つまり、信頼される人間になることが指導者として最も重要です。「何を指導する」より前に、「誰が指導する」があるのです。信頼されるかどうかは、第一印象で決まることが多くあります。さらに、日々の1ミリ単位の積み重ねによって確実になります。

私が誰かを注意するときは、その人との間に信頼関係があるか、注意深く見るようにしています。信頼関係があれば、多少厳しいことでも、平氣で注意をします。

まだ、十分に信頼関係が出来ていない場合は、信頼関係が出来るまで待ってから注意するか、もしくは、すでに信頼関係が出来ている人から注意してもらいます。そうすることで、相手も注意を受け入れられます。

「信頼関係を築いてから行動する」ことは基本です。

セールスであれば、どの様に売るかを考える前に、どうすればお客様と信頼関係を築けるか考えることです。

指導者であれば、どの様に指導するかを考える前に、どうすれば生徒と信頼関係を築けるか考えることです。

余談ですが、私の生徒の一人に、女性にもてる学生がいます。特別、男前な訳でも、目立っている訳でもありません。当時、私も独身だったので、もてる秘訣を聞いたことがあります。すると彼はこう答えました。

「先生から教えて頂いたことを実践しているだけです!」

思わず吹き出してしまいました。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 誰かに指導(注意)する前に信頼関係を見る。
  • 信頼関係を築いてから指導(注意)する、もしくは、信頼関係のある人を通して指導(注意)する。

[検証のポイント]

  • 相手の受け入れ方にどの様な変化があったか。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2009/01/15

心を決める

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「心を決める」

人間が精神的に最も強さを発揮するのは「心を決めた」ときです。幾つかの選択肢があると、ときに人間は迷います。その迷いが、精神的な弱さを生み出します。

例えば、朝、起きることをイメージして下さい。「起きる!」と心を決めれば、楽に起きることが出来ます。布団のなかでぐずぐずすると、かえって疲れるものです。

前日の夜、眠りにつく前に心を決めておくと効果的です。「明日、○時に起きる!」と自分に言って聞かせて休むのです。

心の決め方がいい加減で、「もう少し寝る」という選択肢があると、起きるか寝るかで迷って心は弱くなります。

進路を決めるときも「心を決める」ことが大切です。

心身統一合氣道学院を卒業して、志のある者は内弟子採用試験を受けます。採用面接をする際に、私から必ず質問することがあります。それは「内弟子以外の選択肢を捨てられるかどうか」です。

身につける学びは、特にプロとして活躍しようとするならば、十代、二十代の過ごし方が重要です。

内弟子修行は十年間ですので、内弟子になると言うことは、内弟子以外の道を捨てることを意味します。内弟子を選ぶということは、他の可能性を捨てることであり、その覚悟がある者だけを内弟子に採用します。

なぜかと言えば、内弟子修行はとても厳しいので、内弟子以外の選択肢を持っていると心が弱くなって、その厳しさを乗り越えることが出来ないからです。「自分にはこの道しかない」と心を決めることが重要なのです。

「若者の持つ可能性は無限だ」という人がいますが、この意味を履き違えている人がいます。

恵まれた時代なので、多くの人は自分の進路を自分で選択出来ます。その意味では可能性は無限です。しかし、一つを選択するということは、他の可能性を捨てることです。選択した時点で、他の可能性は消えるのです。

だからこそ、選択は慎重にしなければいけません。事前に調べたり、様々な体験をしたりすることも必要です。

一つの選択をしたにも関わらず、他の選択肢を追い求めることは、「無限の可能性」ではありません。「あの時、他の選択肢を選んでいれば・・・」というのは最悪です。心には迷いが生じて、もう苦難を乗り越えることが出来ません。

心が決めれば、どのような苦難でも乗り越えて行けるものです。心を決めるということは、心を100%目標に向けること、すなわち「心身一如」の状態です。このとき、我々が持っている能力が最大限に発揮されます。

心を決めることは、大きなことから得られるというよりも、日常生活の小さなことの積み重ねで得られます。

「やる」「やらない」というのも迷いの一つです。どうせやらなければいけない事は、「やる」と心を決めて、それ以外の選択肢を全て捨てることです。

朝起きること、家の掃除や整理整頓といったことから、「心を決める」訓練をすることです。進学や就職、結婚など、大きなことも同じことにおいても、心が決められるようになります。

一つのことを達成する人は、どこかで「心を決める」こと覚え、それを日常生活で実践している人です。

新年を迎えて、皆さんは今年、何に心を決めますか。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 日常生活の小さなことについて心を決める。(朝起きる、本を読む、掃除をする、など)
  • 行う」以外の選択肢を心の中から捨てる。

[検証のポイント]

  • 実際に行ってみて、心を決めたときと、心を決めないときの違いを体験する。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2008/12/01

素直に学ぶ

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「素直に学ぶ」

コップに水を注ぎます。思い浮かべて下さい。

コップの中に水がいっぱい入っていたら、そこに新しい水を注ぐことは出来ません。コップに新しい水を注ぐためには、コップの水を一度空ける必要があります。

私たちが新しいことを学ぶ時も同じことです。

私は年間で2,000人以上の方に指導しており、そのうち、約300人はほぼ毎週指導しています。したがって、その成長を見守ることが出来ます。

成長する人とあまり成長しない人がいますが、そこには”ある違い”があります。勿論、私の指導の仕方にもあるのですが、それだけではありません。

何だと思われますか?

・・・・・
・・・・・
・・・・・

それは、私が指導することを「よく見て始める」か、「よく見ずに始める」かの違いです。

私の真似をするか、自分なりにするか、です。「守・破・離」というところの「守」がありません。わざわざ私のところに学びに来ているはずなのに、私の指導を「よく見ない」というのも、変な話ですね。すでに自分なりの考えがある訳です。

すでに、コップは水でいっぱいになっているので新しい水は入らないのです。

物事を身につける上で最も重要なのは「素直さ」です。素直さとは、人に対して従順であることではありません。また、人の言いなりになることでもありません。

相手が伝えることを自分なりの考えや解釈ではなく、そのまま理解する姿勢です。自分が学ぶものの価値を認めたならば、素直に学ぶことが成長の秘訣なのです。

私が育成している内弟子の中にも、素直な内弟子と、素直でない内弟子がいます。

例えば、私が「この本を読んだ方が良い」と勧めます。素直な内弟子は「なぜ自分に勧められたか」知るため、すぐに読み始めます。素直でない内弟子は、何らかの理由をつけて怠ります。

いくら私の指導のお供をしても、直さがなければ、身につくものも身につきません。それでも、一人前の指導者にするために一生懸命指導しますが、本人が氣づくまでには時間がかかります。

何かを学ぶときは、今まで自分が得た経験・知識は、一旦、どこかにしまって、真っさらにしておくことです。学ぶときは、「自分がどのように考えるか」よりも、「相手が何を伝えたいか」を理解することが大切です。

相手が伝えることを真っ直ぐに受け取った結果、それが役に立たなければ捨てれば良いのです。

 「過去に学んだ○○と同じだ」
 「○○先生が言っていたことと同じだ」
 「○○の本に書いてあったことと同じだ」
 「先生の言っていることは自分の考えと違う」

新しいことを学ぶときに、こういうことを言ってしまう人は、「素直ではない」と認識して間違いありません。私の経験上、「自分は素直である」という方こそ要注意。「自分は素直ではない」とスタートすると良いでしょう。

素直さこそ、学びの土台なのです。

さて、今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 素直に○○する。(例:素直に学ぶ、素直に体験する、素直に本を読む、等)

[検証のポイント]

  • 素直に取り組んだ結果、どのような違いがあったか検証する。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2008/11/01

氣を入れて持つ

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「氣を入れて持つ」

藤平光一先生は、多くのプロ野球選手を指導して来ました。元読売巨人軍の王貞治氏もそのお一人です。

王貞治氏は期待されて入団しましたが、一年目は結果を残せず、「三振王」と酷評された時期があります。

様々な縁に導かれて、王氏は入団二年目に藤平光一先生と出会い、その後、現役時代を通して毎年継続して学ばれました。

そして、ご本人の努力があってこそですが、「世界のホームラン王」と呼ばれるようになりました。

藤平光一先生は王氏に、まず心身統一した姿勢(統一体)を指導した上で、「氣を入れてバットを持つ」ことを指導しました。

調子が悪い選手は、多くは自分でも氣づかないにうちに力んでいて、バットを握り込んでいます。握り込むと、身体に余分な力が入り、姿勢は崩れてしまいます。そして、自分の思うようにバットを扱えません。

それでは軽く持てば良いかというと、そうでもありません。ただ軽く持っているだけでは、バットを支えることが出来ません。150キロの球を打ち返せません。握ってもダメ、軽く持ってもダメ、それで多くの選手が悩みます。

バットに限らず、物の持ち方には正しい持ち方があります。それは「軽く持って氣を入れる」という持ち方です。

軽く持った上で、その物に「氣が通っている」と思っていると、その物の隅々まで氣が通います。感覚的に言えば「自分の身体の一部」という感覚です。

軽く持った状態でも、バットの先端まで氣が通っていると、身体を押したり、バットを押したりして安定を確かめると、微動だにしない安定した状態になります。この安定を確かめる方法を「氣のテスト」と言います。

どの選手も、バットを軽く持っているにも関わらず、姿勢もバットも安定するのを体験して大変驚きます。さらに、その状態で素振りをするとすごい音がします。

このように、バットの持ち方をチェックするだけでも、調子の悪い選手も、調子を戻すことが多いのです。

心身統一合氣道では、木剣でこの持ち方を稽古します。氣の入った木剣は、大変な威力があります。

例えば、相手が構えている木剣を簡単に払い下ろせます。握り込んだり、ただ軽く持っている木剣には、ほとんど威力がありません。木剣はとても正直です。

書道をする方は、筆の持ち方に活用出来ます。
演奏をする方は、楽器の持ち方に活用出来ます。
料理をする方は、料理用具の持ち方に活用出来ます。

これを学ぶために、プロ野球選手などのプロアスリートや、書家や音楽家が、木剣の稽古をなさっています。

正しい持ち方は、日常生活万般に活用することが出来ます。例えば、お皿を運ぶときに活用してみましょう。氣を入れて持つと、テーブルに静かに置くことが出来ます。氣が入っていないと、乱暴になりますね。

心身統一合氣道の上達、特に剣や杖(じょう)の上達には、日常生活での「氣を入れて持つ」訓練が重要です。

さて、今月の実践・検証です。

今回は、一度でも心身統一合氣道の稽古で「正しい持ち方」を学んだことのある方が対象です。

[実践すること]

  • 持つもの全て、氣を入れて持つ。(氣を入れて持つ=軽く持ち、持つ物に氣が通わせる)

[検証のポイント]

  • 氣を入れて持った結果、姿勢にどの様な変化があったか観察する。また、持つ物にどの様な変化があったか観察する。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2008/10/01

氣を切らない工夫

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「氣を切らない工夫」

心身統一合氣道の稽古では、一つの技を終えた後に、「氣を切らない」訓練をします。「氣を切る」とは、氣持ちが切れてしまうことです。

「休日に限って風邪を引いて、せっかくの休日が寝て過ごしてしまった」、こんな経験のある方も多いことと思います。なぜ、休日に限って風邪を引くのでしょうか。

平日に仕事をしている方で、平日は氣を張っているのですが、休日になると氣を切ってしまいます。氣を切ることで風邪を引くのです。

風邪を引かないためには、休日を迎えるにあたって氣を切らない工夫をすることです。例えば、休日の過ごし方を具体的に考えるだけで違います。そのように心を決めるだけで、氣は抜けなくなります。

目的もなくダラダラと過ごせば、氣を切ってしまいます。休日くらい何もしたくない、という方がいるかもしれませんが、それならば、「休日は身体を休める」と心を決めれば良いのです。

私にはあまり休日がありませんが、たまに休みを取るときは、何をするにも、しないにも、必ず心を決めています。心を決めることで氣を切らなくなります。

私も以前は休日になると風邪を引いていましたが、氣を切らないようになって、風邪を全く引かなくなりました。

ちょっとした工夫が大切です。

私はいつもスタッフや内弟子と一緒に仕事していますが、大きなイベントの後は、必ず氣を切る者がいます。張り詰めていたものが、切れてしまうのでしょう。

したがって、大きなイベントの後ほど、氣を切ることがないようスタッフ一人一人に声をかけています。

また、大きなイベントの直後は出来るだけ休みを取らずに、数日、通常勤務した後に休みを取るようにしています。すると、調子を落とすスタッフはいなくなります。

私自身も年に何回か海外に指導に出かけますが、帰国後は、すぐには休みを取らずに、何日かしてから休みを取ります。これもまた「氣を切らない」工夫です。

藤平光一先生は、第二次世界大戦で戦地から帰ってきたときの話です。

終戦後、無事に帰国した方には、温泉等で休養を取ったところ、徐々に体力を失って亡くなった方が多くいたそうです。せっかく無事に帰国したのに不運なことです。

それを聞いて知っていた藤平先生は、帰国後すぐに休養を取らずに、1週間くらい畑仕事をして、それから休養を取ったそうです。戦地という異常に氣を張り詰めていた状態から、氣が抜けてしまったことで、身体に大きな影響が出たのでしょう。

藤平光一先生は、「氣を切らない」工夫をした訳です。

我々の日常生活では、大きな出来事の後に特に注意が必要です。学生であれば、入学試験に合格した後がです。若い社会人であれば、何かを達成した後がです。ご年配の社会人であれば、定年退職した後です。

北京オリンピックが終わりましたが、出場した選手の皆さんは今こそ「氣を切らない」工夫をするときです。(実際、私はその様に指導しています)

「氣を切らない」とは、無理を続けて頑張ることではありません。誰にでも休息は必要です。ただし、休息を取る際に氣持ちが切れて、氣が抜けてしまうと、身体に思わぬ影響が出るものです。

「氣を切らない」工夫が大切です。

今月の実践・検証です。

[実践すること]

  • 自分がいつ「氣を切りやすい」かを紙に書き出す。
  • そのとき、「氣を切らない」工夫をする。(目標を決める、等)

[検証のポイント]

  • 「氣を切らない」ことで、どの様な影響があったか観察する。

この記事はメールマガジンに掲載されたものです。

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2008/09/01

プラスの氣を発する

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「プラスの氣を発する」

私は、日本経営合理化協会が主催する「藤平信一・氣の道場」で、経営者に氣の指導をしています。

このセミナーは全5回で、5ヶ月間に渡って指導をします。第5回は、氣の郷で二泊三日の合宿をします。全国から集まった経営者が熱心に学んでいます。

初回は遠慮があるためか、受講者からの相談はほとんどありません。回を重ねて、私と受講者の間で信頼関係が出来ると、「先生、実は・・・・・」という相談を受けるようになって来ます。

「社員から自分に報告に来ない」「社員の積極性がない」、最も多い相談の一つです。

「報告・連絡・相談」はビジネスにおいて基本中の基本です。アクシデントやトラブル、クレームなど悪い報告は特に重要で、報告が遅くなることで事態を悪化させます。

良い報告は、遅れても問題になることは少ないのですが、悪い報告は、遅れると確実に問題になります。ましてや、悪い報告を隠蔽するのは最悪です。

したがって、経営者に報告が来ないと言うことは、大変な問題なのです。悩むのも当然ですね。心身統一合氣道会の本部スタッフも例外ではなく、報告・連絡・相談をスムーズに行う訓練をしています。

多くの場合、経営者に報告がないと社員を責めます。

 「なぜ、君達はもっと報告を確実にしないのか!」
 「いつも報告が重要だと言ってあるだとう!」
 「社長室の扉は常に開けてあるのに、なぜ来ない!」

こう言いたくなる氣持ちも理解出来ます。しかし、問題は社員ではなく経営者にあることも少なくありません。

せっかく社員が報告に来ても、経営者がしかめっ面をしていたり、陰鬱な顔をしていたら、そんな時に社員は報告しにくいものです。誰でもプラスの氣を発している人には近寄り、マイナスの氣を発している人からは遠ざかりたいものです。

したがって、「報告がない」ことで社員を責める前に、社員の報告を受ける自分の状態を確かめる方が先決です。特に、自分の表情を鏡で確かめることです。

私が指導して、すぐに実践した素晴らしい経営者がいます。机に小さな手鏡を常においておき、社員と話する前に自分の表情を鏡で見る習慣を持ったのです。

この方は「自分の顔を見て驚きました」と言われました。何でも眉間に三本くらいシワが入っていたのだそうです。それをあらためた結果、以前よりも社員から報告が来るようになりました。

さらに、家庭内で家族との会話も増えたそうです。おそらく、恐い顔でお子さんの話を聞いていたのですね。

報告・連絡・相談に限らず、コミュニケーションを良くするには、まず自分が「プラスの氣を発する」ことです。プラスの氣を発するとは、プラスの捉え方、プラスの考え方、プラスの言葉、プラスの表情、プラスの態度です。

これは親と子、教師と生徒にも当てはまります。話しかけやすい雰囲氣をつくることは、経営者には勿論のこと、親御さんや教師にとっても重要なことです。

プラスの氣を発するからプラスを呼び、マイナスな氣を発するからマイナスを呼ぶのです。

今月の実践・検証ですね。

[実践すること]

  • 話をする前に鏡で自分の表情をチェックする。
  • プラスの氣を発しているかチェックする。
  • プラスの氣を発している状態で相手と話をする。

[検証のポイント]

  • 相手の反応がどのように変化したかを見る。

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2008/08/01

量と質

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「量と質」

全国で心身統一合氣道の指導をしていて、最近氣になる事があります。それは、指導者が稽古の質を重んじるばかり、質の稽古ばかりして、量の稽古が疎かになっている方がいることです。

もちろん、質の伴わない量の稽古には意味がありません。正しい動作を反復するからこそ正しい習慣が身につく訳で、間違った動作を反復したら、間違った習慣が身につきます。ですから、質が重要なのは間違いありませんが、量もまた重要なのです。

一つの技を徹底的に稽古して、量的にあるレベルを超えた途端、「感覚的に分かる」という状態になります。これは「頭で分かる」のとは完全に異なります。「感覚的に分かる」レベルになって初めて、実際に役に立ちます。

英語の学習で言えば、基礎的な英文を音読して、量的にあるレベルを超えると、相手が英語で話していることを「感覚的に分かる」状態になります。

ところが、量的に不足していると、常に頭で理解しようとして、相手が英語で話していることを全く理解出来ません。「頭で分かる」レベルでは、実際に役に立ちません。英語が話せない方のほとんどは、この基礎の反復が不足しているので、頭だけで理解しようとします。

私の指導先である「英会話イーオン」で教えて頂いた事ですが、音読の反復に用いる英文は中学2年生レベルで十分なのだそうです。高度な教材だから身につく訳ではないのですね。

ただし、音読する時間は、理想を言えば一日なんと3時間!少なくとも1時間、ということでした。さすがに私は一日3時間取ることが出来ませんでしたので、1時間を継続したところ、当時、12ヶ月間でTOEICスコアが530から830(300アップ)になりました。

今では、決して十分とは言えませんが、海外のセミナーで全て英語で指導をしています。現地の指導者との会議なども全て英語です。基礎の反復を勧めて下さった「英会話イーオン」に大変感謝をしております。

心身統一合氣道の技も同じことで、頭で考え事しながらでは、実際のところ全く役に立ちません。「感覚的に分かる」ところまで言って、初めて身につきます。

心身統一合氣道の技をしっかりと身につけるためには、(基礎をふまえた)量の稽古をして「感性を磨く」ことです。感性を磨くためには、量が不可欠なのです。感性が磨かれるうちに、質の違いについて理解できてきます。それから先が質の稽古です。

文章を書くのも同じことで、まず良い文章を書くのではなく、基本をふまえて、とにかく量を書くことです。いきなり良い文章を書こうとしても、書けるものではありません。いたずらに時間が過ぎでいくだけです。

それが量的にあるレベルを超えると、感性が磨かれて行って、文章の質について理解できてきます。良い文章を書くのは、それから先の話です。

他の習い事でも、企画書でも、読書でも、基本は同じです。(基本をふまえた)量、そして質の順番です。

心身統一合氣道の指導者や会員の皆様には、質の稽古より前に、量の稽古(基本の反復)をなさって下さい。

今週の実践・検証です。

[実践すること]

  • 自分が身につけたいことで、その基本を知る。(語学習得・文章執筆など)
  • 先を急がず、その基本を反復する。

[検証のポイント]

  • 量的にあるレベルを超えると理解が変化するので、その変化を見る。

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2008/07/07

目的と目標

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「目的と目標」

大事な場面に臨めば、誰でも緊張感はあるものです。

先週末に、氣の郷で「昇級段審査会」がありました。昨年から、私が毎回、昇級段審査に立ち会っています。毎回、緊張によって姿勢や動作が固くなってしまって、実力を十分に発揮できない方がいらっしゃいます。

「心が身体を動かす」のですから、心が緊張するから、身体も緊張をします。心の緊張を無視して、身体の緊張を除くことは出来ません。その心の緊張は、考え方から生じていることがあります。どの様な考え方を持っているかで、捉え方が変わります。

最近、多く見られるのが、「目的」と「目標」の混同です。

昇級段審査会で合格して昇段するのは、心身統一合氣道を学ぶ目的でしょうか。目標でしょうか。実際に受験者に質問すると、半分くらいの方が「目的」、半分くらいの方が「目標」とお答えになります。皆さんはどちらが正しいと思われますか。

正しくは、昇級段審査会で合格するのは「目標」です。

「目的」は、心身統一合氣道の理解を深め身につけること、日常生活で活用することです。つまり、昇級段審査会を通して理解を深め身につけること、日常生活に活用することですね。

緊張感は誰にでもあるものです。それと正面から向かい合って、緊張感をプラスに活かして、実力を思う存分発揮する最高の訓練として捉えています。結果的に、落ち着いて審査に臨むことが出来ます。

一方で、昇級段審査会で合格することが目的と考えると、「失敗しないように」と考え始めます。結果的に、ますます緊張して審査に臨むことになります。

何を行うにも、それが目的なのか目標なのか知ることで、その後の取り組み方が変わってきます。

私は経営者の皆様に指導する機会が多くあります。そこで売り上げを○億円にするのは目的ですか、目標ですか」と経営者にお尋ねします。やはり半々に分かることが多いです。

売り上げを得ることが目的になると、売り上げを伸ばすには何をしても良い、という捉え方になり、取り組み方も変わってきます。そういう会社では、経営者は勿論、そこで働く人はみな緊張し、苦しそうに仕事をしています。

目的は、会社の事業を通して世の中の役に立つことですね。その上で目標がある会社は、活き活きと仕事をしています。

「学校を受験して合格するのは目的ですか、目標ですか」「資格を取得するのは目的ですか、目標ですか」など同じ事は他にもあります。

いま自分が取り組んでいることが苦しい時、緊張している時、やる氣が出ない時は、一度、考えてみる必要がありますね。

目的を明らかにするということは、心をしっかり目標に向ける、つまり心身一如の状態になることに他なりません。「心が身体を動かす」のですから、緊張感は身体的な問題だけではなく、心の在り方の問題でもあります。

さて、今週の実践・検証。

[実践すること]

  • 自分がいま取り組んでいることは「目的」か「目標」か考える。
  • もし、目的を目標と勘違いしていたら、目的が何かを考える。

[検証のポイント]

  • 目的が明らかになって、取り組み方にどの様な変化があったか。(よい緊張感になった、楽になった、やり甲斐を感じる、など)

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2008/06/02

行(ぎょう)

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「行(ぎょう)」

心身統一合氣道の稽古には、心身統一を身につけるための「行(ぎょう)」があります。「洗心の行」「息心の行」などがそうです。

知識を得ることは極めて重要なことです。しかし、知識を得ただけで「分かった」と思うのは早計です。本来、「分かる」ということは「出来る」ということです。

心身統一の知識を得ても、出来るようにはなりません。心身統一を身につけるには「行」が必要です。行とは、読んで字の如く「行う」と書きます。

その大切な行ですが、多くの方が間違って理解しています。それは「行とは特別なもの」という考えです。

洗心の行を例にいたしましょう。洗心の行は、鏡開きに際して、寒中で水をかぶる行です。零下の氣温のなか、水をかぶるのですから、普通に考えれば、とても大変な行のはずです。

しかし、心身統一して行えば、一見すると大変なことも、思いのほか楽に出来るのです。体験した方はみな、「かぶる前は大変だと思いましたが、心を決めてかぶったら楽に出来ました」と言われます。

その心の使い方を体験するのが、洗心の行の入り口です。それが分かったら、日常生活で直面する様々な課題にも、同じ心の使い方で臨むことです。

それこそ「行」です。

寒中で水をかぶったからと言って、偉い訳ではありません。そこで得た心の使い方を日常に活かすことが重要です。したがって、水をかぶった後、「洗心の行が終わった!」と喜んでも良いのですが、「洗心の行が始まった!」と言うのが正しい訳です。

洗心の行も息心の行も、どちらも日常生活ではなかなか出来ない貴重な体験です。ぜひ体験をして頂きたいと思います。

一方、日常生活で身近に出来る「行」もあります。それは「実行を決めたことを一定期間やり遂げる」ことです。例えば、現在の自分に出来ていないことの中から一つ選び、それを毎日欠かさず実行するのです。

私の指導にお越しになった男性はこんな目標を立てました。「朝起きたら、笑顔でまず家族にお早うと挨拶する」。なんだ、そんな事か、と思われた方もいるかもしれませんが、これは決して簡単な事ではありません。

この方は一年間続けようとしていましたが、一年の間には、体調の良い日もあれば体調の悪い日もあります。時には、二日酔いで口をきくのも嫌な日だってあります。機嫌が良い日もあれば、機嫌の悪い日もあります。(自分も家族も両方そうですね)

私たちの心は、毎日同じ状態であることはあり得ません。しかし、ほとんどの方は毎日同じだと思いこんでいます。心の状態が変化していることに氣づいていません。毎日、毎回、同じことを同じように行うには、自分の心と向き合うことが不可欠です。

それが「行」になるのです。

さて、今回の実践・検証。

[実践すること]

  • 現在、自分に出来ていないことで出来るようになりたいことから、(出来るだけ簡単そうな)目標を立てる。
  • それをまず1ヶ月間(出来れば1年間)、継続する。(毎日、毎回、同じ心の状態で行うことが重要)

[検証のポイント]

  • 1ヶ月継続して出来たかどうか。
  • 出来なかった場合、「出来なかった原因は何か」を考えて「どうすれば出来るか」工夫して再チャレンジする。
  • 出来た場合、「出来た要因は何か」を考えて次にチャレンジする。

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2008/05/01

心を静めてから行動する

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「心を静めてから行動する」

心身統一合氣道で最も重要な原理が「心が身体を動かす」です。(「身体」と書いて「からだ」と読みます)

相手の身体を投げようとしても、相手の心が抵抗していたら、それを導くことは至難の業です。相手の身体を導くには、まず相手の心を導くことが不可欠です。

相手の心を導くには、相手の心を知ることです。しかし、身体には色もあり、形もあるので、捉えるのは容易ですが、心には色もなく、形もないので、捉えるのは容易ではありません。

それでも、心が身体を動かしています。心の状態は全て、何らかの形で身体の状態に表れています。身体の状態を通して心の状態を知ることが出来ます。

呼吸はその一例です。

呼吸には、「深く」「静かな」呼吸と、「浅く」「荒い」呼吸があります。皆さんの日頃の呼吸は、どちらでしょうか。そもそも呼吸が荒いときは、どんなときでしょうか。

  • 緊張しているとき
  • 怒っているとき
  • 悲しいとき
  • 焦っているとき、など

激しい運動の後は特別な状態なので、ここでは除いておきます。

心の状態が静かでないときは、呼吸も静かではありません。したがって、呼吸を通して心の状態を知ることが出来ます。

さらに、日頃から呼吸を静める訓練をしておくと、いざという時にも、呼吸を静めて、落ち着いて行動できます。

呼吸に関心のない方は、呼吸が荒いまま大事な場面に臨みます。緊張をしているため、思うような結果を残すことが出来ません。ひとたび氣の呼吸法を実践して、呼吸を静められるようになると、緊張して身体が動かない、ということがなくなります。

そのため、多くのプロアスリートが「氣の呼吸法」を学んでいます。アーティストや経営者も同じことです。

呼吸を静めることで、日常生活のコミュニケーションも変わってきます。

私たちは外からの刺激に対して、本能的にすぐに反応します。誰かに攻撃的な態度を取られると、自分も攻撃的になります。本能のままで行動すると、外からの刺激に条件反射で反応し、言うべきでない事、すべきでない事をしてしまいます。それで後から悔やむのですね。

そういう悪習も、氣の呼吸法で改善することが出来ます。文字通り、外からの刺激に対して「一呼吸おく」ことによって、心を静めて対応することが出来ます。

呼吸を静め、つまり心を静めてから対応するのです。たったこれだけの事ですが、セルフコントロールすることで、円滑なコミュニケーションを保てます。

お子さんにお説教するときも、部下に注意をするときも、常に呼吸を静めてからすることです。

私事ですが、私は子供の頃から氣性が荒く、すぐに感情的になりましたが、今では感情的になることはほとんどなくなりました。氣性が荒かったことを誰にも信じて頂けないほどです。

氣の呼吸法にどれだけ助けられたか分かりません。

さて、今月の実践・検証です。

今回は、氣の呼吸法をご存じであることを前提としています。ご存じでない方は、まずは本をお読み下さい。

 「氣の呼吸法」 藤平 光一(著) 幻冬舎

[実践すること]

  • 氣の呼吸法で心を静めてから○○する。

  (例)氣の呼吸法で心を静めてから話をする。
     氣の呼吸法で心を静めてから人前に立つ。
     氣の呼吸法で心を静めてから叱る、など。

[検証のポイント]

  • 落ち着いて○○できたか検証する。

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2008/04/01

まず自分をコントロールする

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「まず自分をコントロールする」

心身統一合氣道の稽古では、技の稽古をすると同時に、必ず自然な姿勢(心身統一した姿勢)を学びます。

心身統一合氣道は、相手を導き投げる武道です。自分の姿勢が不安定なのに相手を投げようとしても、出来るはずがありませんね。

相手を導き投げるためには、まず自分の姿勢、つまり、自分の心と身体が安定していなければいけません。

正しい姿勢と言うと、「氣をつけ!」のような緊張した姿勢を思い浮かべる方がいますが、そうではありません。正しい姿勢とは、本来は自然な姿勢のことを指します。

自然な姿勢(心身統一した姿勢)とは、

  • 最も安定した姿勢
  • 最も楽な姿勢
  • 最も持続する姿勢

この条件を全て満たす状態が「自然な姿勢」です。

相手をコントロールする前に自分をコントロールする」、これこそ心身統一合氣道の根幹です。

日常の人間関係でも同じことがあります。

私たちは、自分の事を棚に上げて相手を変えようとします。つまり、まず相手をコントロールしようとします。すると、相手の心は抵抗し、結果的に相手は変わりません。

自分の靴が汚れているのに、相手の靴の汚れを指摘しても、相手は絶対に言うことを聞きませんね。「あなたにだけは言われたくない!」という感じです。

相手の靴が汚れていて、それを拭いて欲しいのであれば、まずは自分の靴を拭くことです。それで、相手の中に指摘を「受け入れる」姿勢が出来てきます。結果的に、相手を変えることになるのです。

日常生活で、おそらく誰もが経験しているこの原理を、心身統一合氣道の稽古になると忘れてしまう様です。

「相手を投げたい」「相手をコントロールしたい」という我から、まず相手を動かそうとするのです。相手を投げる前に安定した姿勢になるように訓練することで、セルフコントロールが身についてきます。

心身統一合氣道を稽古していても、日常生活で出来なければ、それでは稽古したことにはなりません。私は、仕事や日常生活で、自分を先に変えることによって相手を導くことを、「日常生活で投げる」と言っています。

勿論、実際に心身統一合氣道の技で投げる訳ではありません。それは、技で相手を導くプロセスと同じだからです。そのため、道場以外でも毎日、実に多くの人を投げています。

経営者やリーダーは、権限を持っていますので、自分を変える前に、相手を変えようとしやすい立場にあります。人に与える影響の大きい立場の方ほど、「まず自分をコントロールする」ことが大切です。

さて、今月の実践・検証です。

今回は、難易度高めです。しかし、実にやり甲斐があります。「10回に1回成功してOK」の感じで、実践・検証してください。ちなみに、一度、成功体験を得ると、成功率は上がってきます。

実際には、いくら自分が先に変わっても、全く変わる氣配の見られない「無敵な」方がいるかもしれません。それでも、実践・検証を続けます。今回の課題を愚直に取り組める方はすごい方です。

[実践すること]

  • 身近な人で、相手に変えて欲しいことを決める。
  • 相手を変える前に、自分が変わることを決める。
  • 相手を変えるのではなく、まず自分を変える。

[検証のポイント]

  • 結果的に、相手が変わったかどうか検証する。

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2008/03/01

氣の学習における選書

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「氣の学習における選書」

心身統一合氣道会の会員から、本の読み方や本の選び方について質問を頂くことが多くなりました。そこで、今回は本の話をいたします。

そもそも本の読み方には、精読と速読の二つがあります。現代は極めて多くの情報があるので、その情報を取るには、速読の技術が不可欠です。インターネット上のニュース等がそうですね。私も速読で、年間で相当数の本を読みます。

一方で、一冊にじっくりと時間をかけて読むべき本もあります。このメールマガジンの内容や、藤平光一先生の著書などは、精読を前提に書かれています。

読書は食事に例えることが出来ます。時間のない時には、手早く食事を取ることも必要です。時間のある時には、ゆっくり味わって食事を取ります。全ての食事を手早く済ませるのは、味氣ないものです。

昨今では、速読の技術に価値を求める方が多いようですが、実は、速読以上に精読も重要なのです。

さて、氣の学習における選書に戻りましょう。

藤平光一先生の著書を初めて選ぶ方は、入門書としては、「氣の呼吸法 (単行本)」をお勧めします。平易な表現なので、初心者に最も適しています。
 
藤平光一先生の歴史を知るには、「氣の威力 (単行本)」や「氣の確立 (単行本) 」をお勧めします。ちなみに、「氣の呼吸法」は本年8月に文庫化される予定です。また、「氣の威力」と「氣の確立」には、別に文庫版がありますのでご注意下さい。

ここから先は、本格的に学ぶ方のための選書です。

一般書店ではお求めになれない藤平光一先生の著書に、「氣の実在」「氣と健康」「氣と生活」があります。

この3冊の製作にあたっては、編集者が携わっていません。藤平光一先生が執筆した原稿、一言一句そのままです。その為、藤平光一先生の指導を直接受けるような迫力があります。

心身統一合氣道の指導者に、私がいつもお勧めする読み方は、一ヶ月に一冊、3冊のうち1冊を読むことです。今月は「氣の実在」、来月は「氣と健康」、再来月は「氣と生活」と、3ヶ月で一巡するように読んで行きます。

これを少なくとも一年間継続します。

本の理解度は、その時のレベルに因って変わってくるものです。

前回、同じ本を読んだ時と同じことしか得られないとしたら、それは、3ヶ月間にほとんど成長していないということです。成長していれば、本を読む度に新たな発見があるものです。これを愚直に実践する方は、氣の理解を深めていきます。

これから「氣の実在」「氣と健康」「氣と生活」をお求めになる方はこちらをご覧下さい。真剣に実践する氣持ちがある方に限ります。

最後に、書籍全般の選び方についてお伝えします。

どんな分野でも、一流の方、一芸に秀でた方が書く本を選ぶことをお勧めしています。そこに、「氣」という言葉が使われているかは別として、そこには氣の学びに通じるものがあります。氣の学習において、それを自力で読み取っていくことが重要です。

ブログの右側のメニューにお奨め書籍をリストアップしています。定期的に変えていますので、選書に迷われた方は、ぜひお読み下さい。

さて、今月の実践・検証です。今回は時間がかかる実践・検証なので、氣を長く続けて下さいね。  

[実践すること]

  • 「氣の実在」「氣と健康」「氣と生活」を一ヶ月に一冊ずつ読む。
  • 一冊読むごとに、学んだことをノートに手書きで記録を取る。
  • 3ヶ月をサイクルとして、それを一年間継続する。

[検証のポイント]

  • 3ヶ月ごとに同じ本を読んで、新たな発見があったか検証する。
  • 「なぜ3ヶ月サイクルなのか」を探る。

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2008/02/01

相手の立場に立つ

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「相手の立場に立つ」

心身統一合氣道の稽古の基本となる原則があります。それが「心身統一合氣道の五原則」です。

 心身統一合氣道の五原則

 一、氣が出ている
 二、相手の心を知る
 三、相手の氣を尊ぶ
 四、相手の立場に立つ
 五、率先窮行
[ソッセンキュウコウ]

氣が出ているから、相手の心を知ることが出来ます。相手の心を知るから、相手の氣を尊ぶことが出来ます。相手の氣を尊ぶから、相手の立場に立つことが出来ます。あとは自信を持って行動するだけ(率先窮行)です。

この通り実践して初めて相手を導くことが出来ます。

道場の稽古では「相手の立場に立つ」訓練をする訳ですが、道場だけで稽古しても、あまり身につきません。

道場で一日に稽古するのは数時間、多忙な社会人ならば、一週間、一ヶ月で数時間程度でしょうか。当然のことながら、道場で稽古していない時間の方が長く、多くの影響を受けているということです。

最も効率的に身につけるには、道場で稽古するのは勿論、日常生活で稽古することです。そして、頭で「相手の立場に立つ」と考えていても意味がありません。実際に「相手の立場に立つ」行動を起こすことが重要です。

例えば、買い物をする時に、レジで店員にお金を渡す際、店員が数えやすいようにお札を種類ごとにまとめたり、小銭をまとめることが出来ます。周囲を観察していると、定員にすごく乱雑にお金を渡して、店員が数えるのに苦労する場面を目にします。

ちょったした心配りが「相手の立場に立つ」ことです。

例えば、カジュアルなレストランで食事をしている時に、店員がテーブルの上のお皿などを片付ける際、店員が片付けやすいように移動させることが出来ます(高級店はNGかもしれませんが)。周囲を観察していると、少しの協力を惜しむことで、店員が片付けるのに苦労している場面を目にします。

ここでも「相手の立場に立つ」ことが出来ます。

指導の現場で言えば、相手が聞き取りやすい声量や声質、相手が読みやすい字の大きさ(ホワイトボード使用時など)、相手が理解しやすいスピード、などがあります。私は時々、他の方の講演を拝聴するのですが、聞き取りにくい話し方に苦労することがあります。

ここでも「相手の立場に立つ」ことが大切です。

日常生活で自分のことを振り返ってみると、日頃から氣を付けているつもりでも、実はもう一歩心配りに欠けていることがあります。私も完璧には程遠いのですが、日常生活を稽古と捉えているので、足りないことを日々発見して、改善することが出来ます。

これはとても有り難いことです。

日常生活で、常に「相手の立場に立つ」ことを実践することで、合氣道の技においても同じことが出来ます。日常生活を疎かにする者に、身につくことは何もありません。ぜひ日常生活で実践なさって下さい。

そもそも、「相手の立場に立つ」心の源泉は・・・・・、今月の実践・検証でご自分で感じ取って頂下さい。

今月の実践・検証。

[実践すること]

  • 日常生活のあらゆるコミュニケーションで、相手が楽になるような心配りをする。
  • その心配りを手帳やノートに記録する。

[検証のポイント]

  • 心配りしたことで相手がどの様に反応したか。
  • 「相手の立場に立つ」心の源泉は何か。

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2008/01/01

分かりやすく伝える

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「分かりやすく伝える」

昨年は、日本経営合理化協会が主催する「藤平信一・氣の道場」を始め、様々な企業や教育機関で指導をさせて頂きました。

多くの講演依頼を頂いたのですが、本業の心身統一合氣道の指導があり、依頼をお受け出来ないことが多々ありました。心身統一合氣道会は人材(人財)の宝庫ですので、講師の育成を進め、今後は企業でも多くの皆様にお学び頂けるようにします。

本年も「藤平信一・氣の道場」で全5回コースで指導をします。詳細は後日、このブログでお知らせします。

外部で指導する際、必ずアンケートを取るようにお願いしています。これは、私の指導に対する評価を知りたいこともあるのですが、一番は、受講者の理解度を把握するためにお願いしています。

アンケートの項目の一つに「分かりやすさ」があります。光栄なことに、「とても分かりやすい」という評価を頂くことが多いです。(自分としては至らない事を多々感じ、常に改善しているのですが・・・)

そんな中、ある受講者(経営コンサルタント)から質問を受けました。

「先生は、どうしてあれほど分かりやすく説明を出来るのですか。特殊な訓練を受けていらっしゃるのですか」

この質問で、私は特別な訓練を受けたことがない事に氣づきました。

特殊なことではありませんが、氣をつけていることはあります。それは、伝える相手に氣を向けて、自分の指導や説明を理解したか、実際に出来るようになったか相手の氣(心の状態)を見ることです。

人は「理解できない」こと、「分からない」ことを不快に感じています。(勿論、不快の度合いには個人差があります)どこか暗い印象だったり、マイナスな氣を発していたりするものです。一方、「理解できる」こと、「分かる」ことは氣分の良いことですので、明るい印象だったり、プラスの氣を発していたりします。

つまり、相手に氣を向けてさえいれば、相手の氣を見ることで、相手の理解度が手に取るように分かるのです。

相手が理解していない様子のときは、どうすれば良いでしょうか。それが許されるのならば、自分が伝えたことを反復して頂いて、さらに質問をしてみると理解度が良く分かります。

相手が理解できないとき、「相手が悪い」と決めつけてしまえば、自分の指導能力は向上しません。そのため、お伝えして相手が理解していない時でも、私は「以前に伝えしましたね?」を禁句にしています。相手が理解したかどうか、氣を向けない側にも責任があるからです。

どうしたら理解出来るか、地道に工夫し改善をしていくうちに、より分かりやすい指導に近づいて行きます。私の今の指導能力は、その地道な積み重ねによって得たもので、特殊な訓練を受けて得たものではありません。

質問した方にその様にお答えしたところ、意外な顔をされていました。私の答えが余りに当たり前で、不満だったのかもしれません。

相手に氣を向けることは、心身統一合氣道の技においては勿論、日常生活でも当たり前のことです。しかし、その当たり前のことが出来ていないことが問題なのです。

現代は、特殊なことに価値を認めて、当たり前のことに対しては、価値を認めない傾向があります。しかし、「当たり前のことを当たり前に行う」ことが重要なのです。

分かりやすく伝えられるかは、「才能」ではなく「訓練」の問題です。そして、その訓練を支える土台になるのが「思い」です。

そもそも「分かりやすく伝えたい」と思う心の源泉は何でしょうか。それが分かると、相手に氣を向けることは当たり前の事になります。

それは・・・・・、今月の実践・検証で確かめて下さい。

今月の実践・検証。

[実践すること]

  • 相手に何か伝える際、まず相手に氣を向ける。
  • 自分が伝えた内容を相手が理解したか氣を見る。そして確認する。(プラスの氣を発しているか、マイナスの氣を発しているか等)
  • 「相手が理解している」と判断して、実際に理解いていたら「一勝」、理解していなかったら「一敗」として、勝敗表をつける。

[検証のポイント]

  • 勝ったときは自分がどういう心の状態だったか検証する。
  • 負けたときは自分がどういう心の状態だったか検証する。
  • 「分かりやすく伝えたい」と思う心の源泉は何か。自分のした指導やアドバイスで相手が良くなったか。相手の心はプラスになったかチェックする。
  • 自分の指導やアドバイスは、その相手だけに通用するものか。他の人にも通用するものなのか。

この記事は「藤平信一メールマガジン」に掲載されたものです。このブログより早く記事をお読み頂けます。

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2007/12/01

答えは目の前にある

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「答えは目の前にある」

今回は主に心身統一合氣道の指導者向けである。

指導者向けのセミナーで指導していると、「私はこの様に指導していますが、この指導方法で正しいでしょうか」とか「私はこんなアドバイスをしますが、このアドバイスは正しいでしょうか」などの質問を頻繁に受ける。

質問した方に、私は必ずこのように尋ねている。

私 「その通り指導して相手はどうなりましたか?」

そうすると、質問した方は言葉に詰まることが多い。そこで再度、尋ねてみる。

私 「その通り指導して相手はどうなりましたか?」

すると、質問をした方からは、

質問者 「おそらく理解したことと思います」

というような答えが返って来る。

私 「おそらく、というのはご自分の想像です。そうではなくて、実際に相手はどうなりましたか」

決して意地悪ではなく、同じ事を尋ねてみる。すると、質問をした方からは、

質問者 「すみません。よく分かりません」

という答えが返って来る。質問をした方は初めて、自分が相手に氣を向けていなかった事実に氣づくのである。

指導方法やアドバイスが正しいかどうかは、私が決めることではなく、相手の変化を見れば分かることだ。その上で分からないことは、当然、質問すべきである。

指導やアドバイスをした結果、相手が出来るようになりプラスの心になれば、それは、その指導やアドバイスが相手に合っていたことが分かる。

指導やアドバイスが、他の人に伝えても出来るようになるのならば、それは、その指導やアドバイスが、より本質に近いことが分かる。

「よく分からない」という事は、自分がした指導やアドバイスに対して、相手がどのように反応を示しているか全く見ていない、ということだ。即ち、伝えることで精一杯で、相手に氣を向けていないのである。

我々には多かれ少なかれ依存心がある。それはそうとしても、正しいかどうかの判断をなぜ他の人間に求めたくなるのであろうか。

一つの原因は、他の人間が答えを出すことで、それ以上考えずに済むからだ。他の人間が「正しい」と答えることで、安心してしまうのである。

昨今のテレビの人氣番組でも、自分の重要なことを他人に答えを求めるものが多い。他人が出した答えを聞いて納得すれば、それ以上考える必要がなく楽なのかもしれない。

別の原因としては、日本の学校教育の基本姿勢にあると私は考えている。

現在では様々な工夫が見られるが、従前の日本の学校教育では、問題の答えは常に一つで、その答えを知ることが勉強だった。問題には解答集があって、答え合わせをする感覚である。

一方で、現実社会の問題には、答えは一つとは限らない。時には、その時点で答えが存在しないこともあり得る。答えをもらうことに慣れすぎてしまった人は、自分から氣を向けて、相手の状態を知るよりも、答えを求めることを優先する。

これでは氣の学習とは言えない。

私は現在、内弟子を四人育成しているが、氣を向けることを怠ってただ答えを求めていることが多い。私から「正しい」という答えを得た瞬間思考は停止する。そのため氣を向ける訓練を徹底的にさせている。

相手が理解したのか、しなかったのか、相手の心の状態がプラスになったのか、マイナスになったのか。相手に氣を向けさえすれば、相手の状態は「見れば分かる」レベルである。

心身統一合氣道では、その「氣を向ける訓練」をしている訳だから、あとは、日常生活でも実践するだけだ。

ただし、「氣を向ける」ことは「顔色を窺う」ことではない。「氣を向ける」とは、心の向きは外向きである。「顔色を窺う」とは、心の向きは内向きである。自分への評価、相手にどう思われているか氣になる状態である。

相手に氣を向けて、自分の取った言動で相手がどう変化したのか、それを知ることから始まる。特に指導者は、相手に氣を向ける訓練を徹底的にして頂きたい。我々は、相手のことを見ているつもりで見ていない。

答えは私の回答にあるのではない。「答えは目の前にある」のである。

今月の実践・検証

[実践すること]

  • 相手(周囲)に氣を向けて、自分の指導やアドバイスで相手(周囲)がどの様に変化したかを見る。

[検証のポイント]

  • 自分のした指導やアドバイスで相手が良くなったか。相手の心はプラスになったかチェックする。
  • 自分の指導やアドバイスは、その相手だけに通用するものか。他の人にも通用するものなのか。

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2007/09/25

学ぶ姿勢を調える

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「学ぶ姿勢を調える」

心身統一道や心身統一合氣道を長く稽古なさっている方には、指導者を目指している方が多い。「学んだことを活かして世の中の役に立ちたい」という思いで、素晴らしいことである。

私の指導を受けた方で、指導者を目指すようになった方から「指導の仕方を指導して頂きたい」というご要望をよく頂く。ご要望にお応えしたいところだが、そのご要望にはお応えできないことをお伝えしている。

なぜならば、指導者にとって「指導の仕方」が重要なのではなく、指導者としての「学ぶ姿勢」を身に付けることが重要だからだ。

私の講習に参加された方に、たまに講習終了後にこんな質問をする。

  • この講習で私はどういう表情で登場しましたか
  • この講習で私はどういう順番で説明をしましたか
  • この講習で私はどの立ち位置で指導をしましたか
  • この講習で私はどんな姿勢で質問を受けましたか
  • この講習で私はどの位の大きさでホワイトボードに字を書きましたか

ほとんどの方は、全く答えることが出来ない。初心者の皆さんは、そこまで見ることは難しいかもしれない。しかし、指導者を目指す皆さんとなれば、話は別である。

私が実際に指導する現場をお見せしているのだから、それを見ていないのでは、あまりに勿体ない。生徒として学ぶ姿勢なので、指導の仕方は見ていないのである。まずは、指導者としての「学ぶ姿勢」が不可欠だ。

私にとって財産となった経験をお伝えしたい。

私は始め、内弟子として藤平光一先生から指導を頂いていた。内弟子としての最初の仕事は、藤平先生の講演のお供だった。講演は大盛況に終わり、私はお供の役目をしっかり務めた。いや、しっかり務めた氣になっていただけだった。

その後、この講演をお聞きになった方から講演依頼があった。藤平先生のスケジュールが調整できなかったので、本部講師であればどなたでも、というご依頼だった。そこで、藤平先生はこのように言われた。

藤平光一先生 「よし、お前(藤平信一)が行きなさい」

私(藤平信一) 「有り難うございます。でも、私には講演の経験がないのですが・・・・・」

すると、藤平先生はこう言われた。

藤平光一先生 「わしがやって見せただろう?」

私は大変なショックを受けた。

なぜなら、お供は先生の側にいてお世話をするものと考えていたので、藤平先生がどの様に講演されていたか全く見ていなかったからである。

藤平光一先生 「一回見せたことは、出来るようにならなければいけないよ」

と諭されたのを覚えている。

それ以来、お供をさせて頂くときは、どの様な心の状態で講演をするのか、立ち位置はどうか、視線はどうか、話す順番はどうか、声の大きさはどうか、藤平先生の指導の仕方を注意深く見るようになった。10年間に総計で1,000回以上、セミナーや講演のお供をさせて頂いたが、それが何事にも代えられない財産となっている。

私は指導の仕方、講演の仕方として、誰かに教わったことは一度もない。唯一教わったのは、指導者としての「学ぶ姿勢」だった。始めに学ぶ姿勢を教えて頂けたことに、心から感謝している。

学ぶ姿勢が調っていないということは、ザルで水を溜めるようなものだ。いくら水を注いでも、水は溜まらない。まずは学ぶ姿勢を調えて、水が溜まる状態にしてから水を注ぐことだ。そのため、指導者を目指す皆さんには、「指導の仕方」を指導するのではなく、指導者としての「学ぶ姿勢」をお伝えしている。

指導者でない方にとっても学ぶ姿勢は重要だ。習い事でも資格習得でも、何を学ぶかを決めるのは重要なことだが、最も重要なのは「学ぶ姿勢を調える」ことである。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  • 自分の学ぶ姿勢を観察して、現状の記録を取る。
  • 学ぶ姿勢において重要だと思うことを3つあげる。
  • その3つを実践する。

[検証のポイント]

  • 学習効率がどのように変化があったか。
  • 教える側の姿勢にどのような変化があったか。

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2007/08/30

氣の出た挨拶をする

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「氣の出た挨拶をする」

昔から挨拶は人間関係を築く基本とされている。

挨拶は、昔であれば家庭で躾として厳しく訓練したものだが、最近では、学校や会社で訓練しなければならない事が多い。道場でも同じことが起きている。

数年前に、大手コンサルティング会社が毎年開催している「新入社員向けセミナー」を拝見する機会があった。全国から集まった、様々な業種の新入社員たちに対して、インストラクターはまず挨拶から指導していた。

私が想像していた以上に参加者が挨拶を出来ず、その現状に驚いたのを今も覚えている。なるほど、今は会社で訓練しなければいけない時代だと感じた。

そのセミナーでは、「お辞儀をするときは角度は何度」とか、「とにかく大きな声で」と指導していた。それで良くなった人もいたが、形だけの挨拶になってしまい、ただ大声を出せば良いと勘違いした人も多く見られた。

形から入ることにも意味があるのだろうが、最も重要なのは、何のために挨拶をするのかを知ることだ。

そもそも、「挨拶」は禅語の一つである。禅語としての意味はさておき、氣の学びとしてお話したい。

総ての挨拶は、相手に氣(氣持ち)を向けることから始まる。それも、プラスの氣でなければいけない。

相手に氣を向けない状態で、ただ大声で言葉を発しても、うるさいだけで相手には迷惑なだけだ。心のなかで相手を迎える氣持ちがないのに、とりあえず、「いらっしゃいませ」と大声を発するのと同じである。

氣を向けるから「氣づく」のである。相手に氣を向けさえすれば、相手の状態に心の状態を知ることが出来る。

元氣そうなのか。元氣がないのか。
喜んでいるのか。喜んでいないのか。
自分の伝えた事を理解したか。理解していないか。

氣を向けていなければ、相手の状態は何一つ分からない。形の訓練の前に、氣を向けることを訓練する必要がある。だからこそ、挨拶が人間関係を築く基礎となり得るのである。

日頃、挨拶を自分から積極的にされているだろうか。

 A 「Bさん、こんにちは!」
 B (Aに対して)「あっ、こんにちは!」

こういうやり取りをよく目にする。形としては、AもBも同様に挨拶しているように見えるが、氣の使い方でみればAとBでは完全に異なる。

Aは、Bの存在に氣づいて、自分から積極的に挨拶した。それが出来るのは、氣が出ているからである。一方のBは、Aから挨拶されて初めてAの存在に氣づき、Aに対して応答している。つまりAは「挨拶」をしていて、Bは「応答」しているのである。

応答するのが悪い、と言っているのではない。「挨拶」とは、相手に氣を向けることから始まるのだから、いつも応答になっている方は、自分から積極的に氣を向けているか、チェックしてみる必要がある。

会社でも学校でも、ゲーム感覚で実践すると身に付きやすい。ルールは簡単、先に挨拶した方が勝ち。応答した方が負け。これにより、自分から周囲に積極的に氣を向けるようになる。

子供などは行き過ぎて、隠れておいて相手を待ち伏せして、先んじて挨拶しようとするかもしれない。それでも、挨拶しないよりも、氣のない形だけの挨拶をするよりも、ずっと良い習慣が身に付く。

お互いに氣を向けているときに氣が通い合う。氣が交流する。「挨拶」とは、氣の交流の基本なのである。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  • 自分から積極的に氣を向けて挨拶する。「応答」するのではなく「挨拶」をする。
  • 自分から挨拶した回数、相手(周囲)から挨拶された回数を一日単位で手帳に記録する。
  • 最初は勝ち越し、最終的には全勝を目指す。

[検証のポイント]

  • 相手(周囲)の自分対する反応がどのように変化したか。

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2007/07/11

潜在意識をプラスに保つ

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「潜在意識をプラスに保つ」

心身統一合氣道の技は勿論のこと、どの分野においても、「出来る!」と思ってすることが重要である。

いわゆる「プラス思考」である。プラス思考が重要であることは、今に言われ始めたことではない。昔から言われていることである。

一方で、どうしたらプラス思考になるかは、ほとんど語られない。藤平光一先生は「"HOW TO SAY"よりも"HOW TO DO"が重要」と、半世紀に渡って、世界中で"HOW TO DO"を指導して来られた。どうしたらプラス思考になるか、"HOW TO DO"が重要なのである。

プラス思考になろうと努力をしても、簡単には出来ないことが多い。努力した結果、かえってストレスが溜まってしまう人もいる。

まず、プラス思考の「プラス」の定義を確認したい。

真のプラスとは、「自分だけがプラスになる」ことではない。自分にとって都合が良い解釈をすることではない。自分にとって都合の良い解釈では、周囲の人間とぶつかるので、状況はより悪い方向に進むだけだ。

真のプラスとは、「自他共にプラスになる」ことである。自分だけではなく、相手もプラスになることである。一生懸命、物事をプラスに捉えても、それが自分だけのプラス、自己中心的なプラスであれば意味がない。

自他共にプラスになることが真のプラスである。

その上で先に進みたい。

人間の意識には、自分で認識している「顕在意識(現在意識)」と、認識していない「潜在意識」がある。我々がよく使う「意識」は、顕在意識であることが多い。

潜在意識は心の倉庫であり、過去の経験知識の集積である。記憶は薄れても、潜在意識には、全てが蓄積されている。顕在意識は、潜在意識より出された材料によって組立てられる。したがって、顕在意識をプラスにしようと試みても、その倉庫である潜在意識がマイナスでいっぱいでは無理である。無理をすればストレスも溜まる。

常にプラス思考になるためには、氣合いと根性で努力するのではなく、地道な努力を継続して潜在意識をプラスに保つことである。

いよいよ具体的な方法である。方法は幾つもあるので、今回はその一つに絞ってお伝えしたい。

まずは言葉からお伝えしたい。自分が使う言葉をプラスの言葉にすること、もっと言えば、プラスの氣を込めて言葉を発することである。

我々は自分でも氣づかないうちにマイナスな言葉を発している。その代表格が「出来ない」「難しい」である。実践した結果、「出来なかった」「難しかった」のならば話は別だが、実践する前から「出来ない」「難しい」と言う必要は全くない。

自分で発する言葉は、自分の最も近くで自分に語りかける言葉で、潜在意識に深く入るように出来ている。

マイナスな言葉を発すれば、それだけ潜在意識がマイナスになる。潜在意識がマイナスになれば、日頃の意識までマイナスになる。それが分かれば、恐ろしくてマイナスな言葉は使えなくなる。

もし、瞬間的にマイナスな言葉を発してしまったら、がっかりせず、その都度プラスの言葉に置き換えて、言い直したら良い。こんな具合である。

「自分には出来ないと思う・・・・・」(アッといけない!)
「○○をすれば、自分にも出来る!」

「そんな簡単なことで潜在意識がプラスになるのですか」と思う方は、実際に取り組んで頂きたい。一時的にではなく、365日24時間、実践出来たらすごい事である。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  • プラスの定義を確認する(自分に都合の良い解釈ではない)。
  • 自分が日常発する言葉がプラスかチェックする。
  • 常にプラスな言葉を発する。マイナスな言葉を発したら、その都度プラスの言葉に置き換える。

[検証のポイント]

  • プラスの言葉を発することが習慣化したか。
  • 周囲の自分への対応はどの様に変化したか。
  • 睡眠中に見る夢はどの様に変化したか。

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2007/06/01

習慣を変える(2)

【記事の読み方】

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「習慣を変える(2)」

先回の「習慣を変える」の続きである。

心身統一合氣道の稽古において、正しい動作を学び、それを新しく習慣づけることが肝要である。今回は、習慣を変える具体的な方法をお伝えしたい。

習慣を変えるには、「意識の深さ」と「繰り返し」が重要だ。まず、「意識の深さ」についてお伝えしたい。

悪い習慣を持っていた人が、劇的な体験をすることにより、完全にあらたまることがある。私の友人で、長年に渡り大酒を飲んでいた者がいるが、酒が元で大病を患い、生死の境を彷徨った者がいる。幸いに完治したが、その後、酒を一滴も飲まなくなった。

生命に関わるような体験は、意識に深く入る。意識に深く入ることによって、習慣が変わるのである。

しかし、日常生活でそういった劇的な体験をする訳にはいかない。そもそも、劇的な体験は自分が望んで得るよりも、不可避な状況で得ることが多い。自分で選択した体験ではないことが多いので、自分が望む通りに習慣を変えられるとも限らない。

意識に深く入れるには潜在意識の活用があるが、とても深い内容なのでまたの機会にお伝えしたい。

そこで、重要なのが「繰り返し」である。心をしっかり使って、同じ動作を繰り返すことによって習慣を変えることが出来る。

先回の実践・検証は、靴の履き方を変えることだった。始めのうちは意識して心懸けていたものの、数日経つと、忘れてしまった人が多かったようだ。それでは「繰り返し」にならない。思い出して何かをする、というのはとても面倒なことだ。それに思い出さない可能性も高い。

どうしたら「繰り返し」が出来るか。

セミナーなどで、同じように靴の履き方で参加者に実践・検証して頂くことがある。

こんな方がいらした。左が革靴、右がスニーカー、左右で履く靴が違うようにする。すると靴を履くごとに思い出す。この方は、習慣を変えることに成功した。余談だが、街中を歩いていると変な目で見られたそうである。

こんな方もいらした。

スニーカーの靴紐で右だけに目立つようにリボンを付け、革靴の中敷きは左だけ色を変えた。また、家中に「靴は左から」という貼り紙をして、潜在意識に入れる努力をした。この方も、習慣を変えることに成功した。

靴の履き方を変えることそのものには、あまり意味はない。一方で、自分の意志で習慣を変えることに大きな意味があるのである。様々な工夫をすることが尊い。

藤平光一先生は、「どんな分野であっても、一流の人間とは、正しい努力を飽きずに続ける人間である」と言われる。良い習慣を身に付けるには「繰り返し」が不可欠であるが、氣合いと根性だけでは継続出来ない。継続するための日常の工夫が重要だ。

日常の工夫、それが氣の学びである。

今回の実践・検証です。

[実践すること]

  1. 先回と同じく、左右で靴を履く順番を変える。意識しなくても出来るように、習慣化をする。
  2. 「繰り返し」の工夫を3つ考え、実践してみる。

[検証のポイント]

  1. 習慣化で効果のあった工夫は何か。
  2. 他の習慣化で、応用できるだろうか。

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2007/05/22

習慣を変える

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「習慣を変える」

心身統一合氣道の技には、性格がそのまま表れる。

「焦りやすい人」は焦っている技。「緊張しやすい人」は緊張している技。「氣の抜けやすい人」は氣の抜けている技。たとえ形を取り繕っても分かってしまう。

悪い性格ばかりではない。良い性格もそのまま表れる。「心が身体を動かす」だから、決して不思議な話ではない。心身統一合氣道は、技術だけでは決して上達しない。自分の性格を変えることで上達するのである。

この様に指導すると、「性格は生来のもので変わらないのでは?」という質問を受ける。

皆さんはどの様にお考えだろうか。「性格は変わらない」と考えている人は多い。その一方で、習慣を変えたいと願っている。ここに矛盾がある。

「性格」とは「習慣の集まり」である。習慣とは一連のパターンであり、どの様に認識をして、どの様に行動するかである。

引っ込み思案という「性格」は、物事に取り組むときに、出来ない理由を考えて行動しない「習慣」の一つだ。したがって、引っ込み思案などの「性格」を変えるためには、心の問題だけでは解決しない。

この場合、心の中で「出来る!」と自分に語りかけて、さらに行動を起こす習慣をつけることが重要だ。つまり、心身共に習慣を変えることなのである。

性格には、確かに生まれ持っての性質がある。しかし、それが全てではない。習慣を変えることが出来る人ならば、性格も変えられる。

そもそも「習慣を変える」とは、どういうことだろうか。

「習慣を変える」とは、「悪い習慣を止める」ことではない。ほとんどの人は、如何に悪い習慣を止めるかを考える。それが習慣を変えるのを難しくしている。

コップの水にインクを垂らすのを想像して頂きたい。

インクを垂らせば、コップの中の水は濁る。その濁った水から、インクを完全に取り除くことは難しい。しかし、コップに一滴ずつ新たに綺麗な水を注いであげると、時間はかかるかもしれないが、限りなく綺麗な水に近づく。

悪い習慣とは、このインクのようなものである。悪い習慣を取り除くことは難しいかもしれない。しかし、新たに良い習慣をつけることは確実に出来ることだ。潜在意識を活用して、根氣良く良い習慣をつけることにより、悪い習慣を無限小にすることが出来る。

それが「習慣を変える」ことである。

心身統一合氣道の稽古でも同じ事が当てはまる。

自分の悪い癖を一生懸命に直そうとする人が多いのだが、悪い癖を直すことはとても難しい。悪い癖がなかなか直らないと、がっかりしてしまうだろう。しかし、がっかりする必要はない。正しい動きを新たに習慣づければ良いのである。これが分かると面白いように上達する。

習慣を変えるには、大きなことから取り組むのではなく、どんな小さなことでも一つ、習慣を変えることが必要だ。実際に、自分自身の力で習慣を変えることが出来ると、それが大きな自信となる。

このとき「習慣は変えることが出来る」と確信を持つ。すると、習慣を変えることが楽しみになってくる。

うまく言っても、うまくいかなくても構わない。今回はまず一つ、日常生活で習慣化することにチャレンジして頂きたい。習慣を変える"how to do"は次回お伝えする。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  1. 靴を履くとき、右から履くか、左から履くかを思い出す。思い出せない場合は実際に履いてみる。
  2. 右から履いている場合は左から履くように習慣化する。左から履いている場合は右から履くように習慣化する。
  3. 習慣化する工夫を3つ考えてから実践をする。

[検証のポイント]

  1. 意識しなくても出来るようになったか確認する。
  2. 習慣化で効果のあった工夫は何かふりかえる。

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2007/04/20

~する・~される

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「~する・~される」

心身統一合氣道の根幹は、氣の原理(心が身体を動かす)である。「心が身体を動かす」とは、言い換えれば、「心の状態は、常に身体の状態に影響を与えている」ということだ。

心身統一合氣道の技の話である。相手が力一杯、自分の手首を握ったとしよう。その相手を自由に動かし、スムーズに導くことが出来るだろうか。それが出来るかどうかは認識次第だ。

相手が握っている事実は変わりないが、認識の仕方は二つある。「持たれた」と「持たせた」である。

「持たれた」と認識して握られると全く動くことが出来ないが、「持たせた」と認識して握らせると自由に動くことが出来る。初めて体験する者にとっては不思議以外の何ものでもないが、要は、心の持ちようなのである。

心には形がないので、自分がどの様な心の使い方をしていても、周りの人間には分からないだろう、と考える人がいる。心身統一合氣道では、その考えでは通用しない。論より証拠、間違った心の使い方では技が出来ないからだ。

日常生活でも、同じような心の使い方がある。

人前に出ると緊張する、という人が多い。そういう人は、「見られている」という認識を強く持っている。自分に対して、氣を引いてしまうのである。

「見られている」ではなく、「見ている」と認識を変えるだけで、驚くほど緊張は緩和する。つまり、相手に対して、氣を向けるのである。

そもそも、氣を引くときは自分のことばかりを考えている。「失敗したらどうしよう」「評価されなかったらどうしよう」など、全て自分のことばかりだ。

自分ではなく、相手に対して氣を向ければ良い。「相手はどんな人柄か」「相手はどんな表情をしているか」「相手はどんな服装か」などは、全て相手のことである。内から外へ、氣の向きを変える。

私は緊張をしやすかったが、これを覚えて、同じ緊張感でもプラスに働き、大事な場面に非常に強くなった。

別の例をあげれば、仕事を頼まれた時の認識がある。

仕事を頼まれると、「させられている」と捉える人が多い。そうすると、能率は悪く、必要以上に疲れるものである。同じ仕事でも、「(自分から)している」と捉えるだけで、驚くほど能率が上がり、ほとんど疲れない。

簡単に言えば「同じやるならば楽しくやろう」ということだが、この心の切り替えが出来ない人が実に多い。わざわざ疲れるような心の使い方をして「疲れた」と言い、やる氣を失っていくのだから大変である。

心身統一合氣道では心の切り替えを稽古するのだが、日常生活で活用すれば、楽に物事を行えるようになる。一つの技でも、実に奥が深いのである。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  1. 人に会うときに「見られている」と思って会ってみる。人に会うときに「(自分が)見ている」と思って会ってみる。
  2. 仕事をするときに「させられている」と思ってやってみる。仕事をするときに「(自分から)している」と思ってやってみる。

[検証のポイント]

  1. どちらが、より落ち着いて人に会えたか。
  2. どちらが、より楽に仕事を出来たか。

この記事は「藤平信一メールマガジン」に掲載されたものです。このブログより早く記事をお読み頂けます。

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2007/03/22

氣力を養う!

藤平信一です。

日本語には「氣力」という言葉があります。文字通りに理解すれば、「氣」の力です。

同じ健康状態の人であっても、ある人は、朝から晩まで活動してもほとんど疲れませんが、ある人は、少し活動しただけで疲れてしまいます。その差は何でしょうか。

それが「氣力」です。

同じことを行うにも、しっかりと目標に氣を向けずに活動すると、疲れやすく、能率は悪く、何より楽しくありません。人から言われて行うこと、特にイヤイヤ行うことは疲れますね。この時、心と身体は分離しています。この状態を、「心身分離」と言います。

同じことを行うにも、しっかりと目標に氣を向けて活動すると、疲れにくく、能率は良く、何より楽しく行えます。自分から率先して行うこと、自分が好きなことは疲れません。この時、心と身体は一つになっています。この状態を、「心身一如(心身統一)」と言います。

氣力のある人とは、いつでも心身一如の状態で物事を行える人です。

実際には、氣の向かないこともあります。それでも、行うからには、しっかり氣を向けることが大切です。やる氣が自然に湧いてくるのを待つのではなく、自分自身の力で、やる氣を湧かせる工夫をすることです。

問題は「どうすれば出来るか」です。そこで、氣の学びが必要なのです。

  • 氣の呼吸法で心が静まること
  • 氣の体操法で身体がリラックスすること
  • 氣の意志法で潜在意識を活用すること
  • 氣圧法で全身の血行を良くすること

これらを実践することで、自分自身の氣力が高まり、やる氣に満ちてきます。

私自身の体験をお話しますね。

私は現在、早朝から夜遅くまで分刻みで活動しています。家族と過ごす時間は日々大切にしていますが、それ以外は、休暇を取ることもほとんどありません。それでも、ほとんど疲れないのです。

今より時間にゆとりのあった数年前の方が、私はずっと疲れやすい体質でした。氣の呼吸法・氣の意志法・氣の体操法を実践するようになり、常にやる氣が維持し、疲れにくい体質に変わりました。

さらに、今はスケジュールが過密なので、前日の休む前に、翌日のスケジュールをしっかり心に描いています。

どうすれば、より良い指導が出来るか。どうすれば、より良い結果を残せるか。どうすれば、より良い人間関係を構築出来るか。

あとは、全て忘れてぐっすり休みます。

そして翌日、しっかりと目標に氣を向けた状態で一日が始まります。氣を向けて一日を過ごすと、ほとんど疲れません。お酒を飲んで、うっかりサボってしまうと翌日は大変です。一日を終える頃には、もうヘトヘトです。これが身に付き、どれだけ楽になったか分かりません。

氣の健康学院は、氣の呼吸法・氣の意志法・氣の体操法・氣圧法を身に付ける実践スクールです。

知識を得るだけなら一日です。重要なのは身に付けることですね。しっかり身に付けるために、通学制度で2年間、在宅制度で4年間、時間をかけて勉強をします。(栃木校のみ通学・在宅併用で3年間です)

2年、もしくは4年というと長く感じるかもしれません。しかし、一度身に付いてしまえば、それは、誰も奪うことの出来ない一生の財産となります。そして、身に付けたことを世の中の役に立てることが出来ます。

常に健康で活き活きと活動するために「氣力」を養いたい方、仕事で最高の能力を発揮するために「氣力」を養いたい方は、ぜひ、氣の健康学院で身に付けませんか。4月開校なので、今が絶好のチャンスです。

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2007/02/08

ビジネスに氣を活かす

藤平信一です。

先日、USENの番組「ビジネス・ステーション」の収録についてお話しました(記事はこちら)。その後、記事を読んだ多くの方から「心身統一合氣道をビジネス番組でお話になるのが意外でした!」という感想を頂きました。

その感想が意外でしたもので、この機会にお話します。

藤平光一先生は、日本経営合理化協会のセミナーで数多くの経営者に氣の原理(心が身体を動かす)」を指導して来ました。私自身も、昨年から日本経営合理化協会のセミナーで指導をしています(記事はこちら)。

心身統一合氣道を、なぜビジネス番組で話をするのか。それは、心身統一合氣道の基本である「氣の原理(心が身体を動かす)」は、合氣道の技では勿論のこと、ビジネスでも重要な原理だからです。

相手の心を無視して無理に投げようとすれば、相手の心は反発します。一旦、相手の心を反発させてしまうと、投げるのは難しくなります。心が身体を動かしています。相手の心を尊重して導くから、相手の身体も導くことが出来るのです。

身体には形がありますが、心には形がありません。そのため、身体の存在を忘れなくても、心の存在は忘れやすいのです。心の存在を忘れていては、心身統一合氣道の技は出来ません。

ビジネスの人間関係も同じことです

ビジネスでは、経営者と従業員、上司と部下、元請けと下請けなど、力関係や立場で強さと弱さがあります。力関係や立場の強い者は弱い者に対して、相手の心を無視して、無理に動かすことが出来る場合があります。

短い間であれば、それで上手く運ぶように見えるかもしれません。しかし、相手の心のなかには常に反発する心が生じています。長い間であれば、相手の心を反発させては事は上手く運びません。積もり積もった反発が何らかの形で現れるからです。

それでは、相手をどの様に動かしたら良いのか。その具体的な方法が、「心身統一合氣道の五原則」です。

心身統一合氣道の五原則

 一、氣が出ている
 二、相手の心を知る
 三、相手の氣を尊ぶ
 四、相手の立場に立つ
 五、率先窮行 [ソッセンキュウコウ]


今回は、一つ一つの説明はいたしませんが、「心身統一合氣道の五原則」の通りに実行することで、相手の心を尊重し、反発なく導くことが出来ます。

心身統一合氣道は「投げて喜び、投げられて喜び」です。「なぜ投げられて喜ぶのか」、「投げられて何が嬉しいのか」、体験していない方は不思議に思うようです。一度体験をすれば、その意味は良く分かります。

ビジネスにおいても「導いて喜び、導かれて喜び」です。心を無視されて、力関係や立場によって動かしたり動かされたりしていては喜びはありません。相手の心を尊重して導くからこそ、そこに喜びがあるのです。

私は、国内外のセミナーで心身統一合氣道の指導者に伝える一方、経営者や管理職を対象としたセミナーで氣の原理を指導しています。経営者が氣の原理に基づいて行動すれば、そこで働く社員が幸せになるからです。

経営者や管理職を含めて、人を導く立場にある方は、ぜひ心身統一合氣道を学んで頂きたいと思います。

今年はさらにその輪を広げて参ります。

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2006/12/28

プラスな心で初夢を見る

藤平信一です。

「一富士、二鷹、三茄子」と言えば、初夢で見ると縁起の良い取り合わせですね。

初夢とは新年に初めて見る夢のことですが、初夢の内容で一年の吉凶を占う、古くからの日本の風習です。初夢の風習を信じるかどうかは別として、新年の始めにはプラスな夢を見たいものですね。それには、休む前の心の状態が重要です。

プラスな心の状態で休めば、プラスの夢があらわれます。マイナスな心の状態で休めば、マイナスな夢があらわれます。自分の見る夢で、自分の心の状態が分かります。マイナスな夢を見るときは、自分でも氣づかないうちに心がマイナスに陥っているかもしれません。

夢が心の状態を教えてくれます。

外出して一日過ごしていれば、身体は汚れます。お風呂やシャワーでその汚れを洗い流しますね。心も一日過ごしていれば汚れています。マイナスな言葉、マイナスな出来事、マイナスなニュースなど、心は知らないうちにその影響を受けているからです。

そのマイナスをきれいに洗い落とさずに休んでしまうと、睡眠中に見る夢がマイナスになりやすいのです。身体の汚れをきれいに洗い流してから休むように、心の汚れ(マイナス)も綺麗に洗い流して休むことが大切です。

その具体的な方法が「氣の呼吸法」です。

私の体験をお話します。

私が内弟子修行を始めたころ、よくマイナスな夢を見ていました。ひどい時には、うなされて夜中に何度も目を覚ますこともありました。あまりにマイナスな夢が多いので、どうしたら良いかを藤平光一先生に質問したところ、氣の呼吸法をご指導頂きました。

さっそく、休む前に氣の呼吸法を15分間することにしました。心がマイナスな状態に陥ると、心が静まっていないため、氣の呼吸法をしようと思っても苦しくて上手く出来ません。苦しいまま続けていても意味がないので、苦しくなったら姿勢からやり直しです。

そうして続けているうちに心が静まってきて、呼吸が楽になってきます。呼吸が静まると、不思議と心はプラスに変わってきます。15分間続けるうちに、最後には呼吸が驚くほど楽になります。毎晩、氣の呼吸法をして心を静めてから休むように徹底しました。

その後、氣の呼吸法を続けるうちにマイナスな夢を見ることはほとんどなくなりました。氣の呼吸法を継続していても、稀にマイナスな夢を見ることがあります。私の場合、それは体調が今ひとつのときであり、天地からのメッセージとしてとらえています。

氣の呼吸法を実践して、プラスの心の状態になってから休んで下さい。

一年間、ブログをご覧頂きまして有り難うございました。素晴らしい一年をお迎え下さい!

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2006/12/01

心身統一合氣道の五原則

Kiaikido_1

藤平信一です。

相手を無理に投げようとすれば、相手の心は反発して、結果的に相手を投げることは出来ません。

相手を無理に変えようとすれば、相手の心は反発して、結果的に相手を変えることは出来ません。

前者は心身統一合氣道、後者はコミュニケーションの話です。よく似ていると思いませんか。

藤平光一先生は、心身統一合氣道の技を通して、半世紀も前から世界中で「氣の原理(心が身体を動かす)」を説いて来ました。

自分にも心があるように、相手にも心があります。相手を自分の思い通りにしようとすれば、相手の心は反発し、それを導くのは至難の業です。まず、自分の心と身体をコントロールし、相手の心を尊重し、その上で導くことが不可欠です。

心身統一合氣道の技で言えば、相手を投げるより前に、まず自分が心身統一した姿勢になることです。相手のことを受け入れて、その上で導くことです。

コミュニケーションで言えば、相手を変えるより前に、自分が心身統一した姿勢になることです。相手のことを受け入れて、その上で導くことです。

自分が言いたいことを相手に理解してもらうために、最も大切なことは何でしょうか。それは、相手に理解させることではありません。相手を理解することです。

最も良い方法は、相手の話を最後まで聞くことです。相手の話を最後まで聞くことは、相手の心を尊重して、相手の存在を受け入れることです。その後に、自分の伝えたいことを冷静に伝えると、相手には耳を傾けるゆとりが生まれます。

しかし、相手を受け入れる前に説得しようとすると、相手は説得されまいと反発をします。それでは相手を理解させることは出来ませんね。

藤平光一先生は私の師であり、実の父でもあります。師弟の関係ではなく、それより前の家庭内のことで例をお話しますね。

ある時期、私は母と毎日ケンカばかりしていました。私は母の言動が氣に入らず、母を変えたかったのです。そんな中、藤平光一先生が私のことをお呼びになって、「お前、そろそろ何とかしろよ」と言われました。

「どうしたら良いのですか」と質問をしたところ、「お袋の話を黙って最後まで聞きなさい」と言われました。それから私は、母の話を最後まで聞くように心懸けました。

その結果、どうなったと思いますか。

母はますます怒るようになり、私はそれを黙っていなければいけないので、ますますストレスがたまりました。すぐに、藤平光一先生に報告しました。「ご指示の通りにしたら、さらに状況が悪くなりました

すると、藤平光一先生は「そりゃそうだろう」と大笑いして、このように言われました。

いくら黙って聞いていたって、お前の顔にはお袋が間違っていると書いてあるんだから

今にしてみれば間違いなのは良く分かりますが、、当時の私は、黙って話を聞きさえすれば心の状態はどうでも良かったのです。心から受け入れていなければ、いくら黙って聞いていても、それは相手を受け入れたことにはなりません。心は争っているのですから。

そこで、今度はプラスの心で母の話を聞くようにしました。その結果、母が怒る頻度は少なくなりました。平和が訪れました。

心身統一合氣道の稽古をなさっている方は、「心身統一合氣道の五原則」をご存じですね。心身統一合氣道の技で重要なのは言うまでもなく、コミュニケーションにおいても極めて重要です。

心身統一合氣道の五原則

一、氣が出ている
二、相手の心を知る
三、相手の氣を尊ぶ
四、相手の立場に立つ
五、率先窮行(そっせんきゅうこう)

道場では勿論、日常生活でも実践をして参りましょう。

※ この記事は「心身統一合氣道会メールマガジン」に掲載された記事です。

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2006/11/09

自然な姿勢を身に付ける(2)

藤平信一です。

心身統一合氣道でも姿勢の学びが不可欠です。

合氣道の技で相手を投げるには、自分自身の姿勢が安定していなければいけません。多くの人は、相手を投げることばかりにとらわれ、自分の姿勢について忘れています。それでは、相手を投げることは出来ません。

姿勢は、建築物で言うところの土台です。

土台が不安定では、安定した建物にはなりません。また、技というと「技術を身に付ける」と考えがちですが、土台があってこその技術です。したがって、この安定した姿勢を学ぶことが鍵なのです。

しかし、一般的に「安定した姿勢」と言うと、身体に力を入れ、足を踏ん張った姿勢を思い浮かべることが多いようです。実際に「氣のテスト」を行い、安定しているか確かめてみると、意識すればするほど不安定になることが分かります。

人間は本来、安定した姿勢であるのが当たり前です。

ところが、力を入れたり虚脱状態になったり、不自然なことをするため、本来持っている安定を失います。それどころか、怪我や病氣の原因になります。

自然な姿勢には、自然な安定があります。

心身統一合氣道の稽古では、まず自然な姿勢を学びます。意識しなくても、安定している姿勢です。静止した状態でそれが分かったら、今度は激しい動作でも、自然な姿勢を維持出来るように訓練します。その結果、合氣道の技で、相手を投げることが出来ます。

心と身体は本来一つのものです。

したがって、心と身体が一つになっている状態が自然です。この状態を「心身統一」と言います。心身統一した姿勢は、自然に安定している姿勢であり、合氣道だけでなく、全ての動作の土台となります。

心身統一合氣道を通して、心身統一した姿勢を学ぶことで、日常生活や仕事で最大限のパフォーマンスを発揮できます。プロアスリート・アーティスト・経営者・警察官・主婦・学生など、国内外の様々の分野の方が学び、活用なさっています。

「心身統一合氣道の上達は姿勢から」です。まだ、お始めになっていない方は、ぜひ心身統一合氣道を体験なさって下さい。

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2006/10/26

自然な姿勢を身に付ける

藤平信一です。

今回は姿勢のお話です。

日本で一般的に良い姿勢とされている「氣をつけ」の姿勢は、背筋を伸ばし、胸を張り、アゴを引き、身体を緊張させます。

実際になってみると分かりますが、この姿勢は窮屈で苦しく、持続することが難しいですね。それでも、幼い頃からこの姿勢が正しいと教わっているため、また、確かめる手段もないため、疑うことなく信じています。

「窮屈で苦しいけれど、これが正しい姿勢だから仕方がない」、しかし、この姿勢は間違っています。

そもそも、正しい姿勢とは何でしょうか。

私は、最も楽な姿勢・最も持続する姿勢・最も安定している姿勢を、正しい姿勢(=自然な姿勢)の基準として指導しています。そのどれかに反する姿勢は、力んでいだり虚脱状態であったり、何かが不自然です。

一般的に正しいと言われる姿勢を子供が持続出来ないのは、実は、その姿勢に無理があるためです。一時的に正しい姿勢を心懸けても、それが疲れる姿勢だと、すぐに背中が丸まったルーズな姿勢に戻ってしまいます。

一度、自然な姿勢が分かれば、それは楽な姿勢ですので、持続することは決して難しいことではありません。

年間を通して、多くの方が肩こり・腰痛の方で氣圧法を学びに来られます。

肩こり・腰痛の原因は様々で、重い持病をお持ちの場合もあります。その場合は、時間がかかることがありますが、ほとんどの場合は、不自然な姿勢が原因のもので、一回の氣圧法で解消します。

せっかく解消しても、不自然な姿勢が習慣になっていると、間もなく肩こり・腰痛が再発します。そのため、氣圧法で肩こり・腰痛を解消するだけではなく、自然な姿勢をお伝えしています。自然な姿勢を身に付けると、肩こり・腰痛を再発せずに済みます。

問題は肩こり・腰痛だけではありません。

不自然な姿勢は血行を悪くします。特に脳への血流が阻害されると、集中力がなくなり、無氣力になります。全身の血行が悪くなると、身体がだるくなり、少し動いただけで疲れて座り込んでしまいます。また、文字通り「むかついて」しまい、ちょっとした事で切れやすくなります。

こういった症状は、不自然な姿勢が主な原因です。

特に子供の頃の姿勢は発育に大きな影響を与えます。子供の内に自然な姿勢を身に付けることが大切です。心身統一合氣道は、ほとんどの道場に子供クラスがありますので、自然な姿勢を身に付けるのに最適です。

自然な姿勢は、心と身体で感じ取って頂く学びなので、ブログでお伝えすることは簡単ではありません。しかし、実際に体験を頂きながらお伝えすると、深くご理解頂くことが出来ます。

自然な姿勢は、心身統一合氣道・氣の呼吸法・氣圧法など、全ての氣の学びの基礎です。どのセミナーでも必ず自然な姿勢を学びます。まだ、お学びになっていない方で、興味をお持ちの方は、ぜひセミナーでご体験頂きたいと思います。

肩こりや腰痛に悩んでいる方にはなど氣圧法のセミナー、スポーツや武道に活かしたい方は、心身統一合氣道のセミナーがおすすめです。

皆さまのご参加をお待ちしています!

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2006/10/01

潜在意識を活用する

藤平信一です。

私がまだ学生の頃に聞いた話です。

名人と呼ばれる刀鍛冶が、新しく弟子をとりました。刀鍛冶が手始めに、弟子にある事を毎日させたそうです。一体何だと思われますか。

それは、最高の刀を見せることです。

「入ったばかりの新人に、刀の良し悪しが分かる訳がない」と言う人もいます。確かにそれも理屈かもしれません。しかし、刀鍛冶は来る日も来る日も最高の刀を見せました。

そのうちに、弟子は目を閉じていても、最高の刀を心の中で描けるまでになったそうです。その後の修行の結果、この弟子もまた名人になりました。

私たちが何かを身に付けようとするとき、心の中で持つ姿に無意識のうちに近づいて行きます。その姿が凡庸であれば、無意識にそれに近づきます。その姿が秀逸であれば、無意識にそれに近づきます。

学び始めの時期に、最高のものに触れておくということは、自分の心の中に、近づいていく目標を与えることです。意味が分かっても分からなくても、潜在意識に入るまで、最高のものに触れることが重要です。

刀鍛冶の話は、それを説いています。

心身統一合氣道において、最高の刀とは何でしょうか。それは、藤平光一先生の動きです。幸いなことに、藤平光一先生が49歳のときに撮影された「合氣道至上演武」という貴重な映像が残っています。

この映像は、「相伝(天の巻)」に収録されています。

私の指導先では、とにかくこの映像を見ることを徹底します。潜在意識に入るまで、何度でも繰り返し見て頂きます。すると、生徒は無意識に藤平光一先生の動きに近づきます。

それをしない指導者は、生徒の動きが我流になるか、指導者の動きに近づいていきます。指導者の正しい動きを身に付けるのであれば良いのですが、間違った動きまで似てしまいます。

昇級段審査会で、受験者の動きを見させて頂いていると、受験者の動作の癖の多くは指導者の癖です。

自分の目指すべき姿を潜在意識にしっかりと入れた上で、日々の稽古を積むことが肝要です。

指導者の視点で述べると、「やって見せる」ことが大切なので、一生懸命、自分の動きを見せます。実はそれが盲点で、それだけでは不足しているのです。

心身統一合氣道の技をしっかり身に付けたいと思っている方も、心身統一合氣道競技大会や昇段審査で結果を残したい方も、ぜひ藤平光一先生の動きを繰り返しご覧になって下さい。

映像の見方については、またお伝えしますね。

※ 「合氣道至上演武」の詳細はコチラをご覧下さい。

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2006/08/24

呼吸には質がある

藤平信一です。

自分の呼吸について深く考える方は多くありません。あらためて呼吸についてご一緒に考えてみましょう。

呼吸には質があります。つまり、「深い呼吸」と「浅い呼吸」があります。「深くて静かな呼吸」と「浅くて荒い呼吸」、ご自分はどちらだと思われますか。

先日、某大手コンサルティング会社で指導をしました。

同じ質問に対して、ほとんどのコンサルタントが「考えたことがない」と答え、ごく一部の方が「浅い呼吸」と答えていました。呼吸を実際に見させて頂いたら、ほどんどの方が浅い呼吸でした。

そもそも呼吸が浅い、つまり荒いときはどんな時でしょうか。読みすすめる前に5つあげてみて下さい。

・・・・・
・・・・・
・・・・・

いかがでしょうか。

まずは、怒っている時。怒っている方を観察してみて下さい。荒い呼吸をしています。

緊張している時は、どうでしょうか。同じく荒い呼吸ですね。他にはどうでしょうか。

心が動揺している時。
不安を感じている時。
恐怖を感じている時。
泣いている時。
体調がとても悪い時。
ストレスを受けている時。
悪い夢を見ている時。
他にも、心にやましいことがある時(!)、など。

呼吸が浅くて(荒くて)良いことは、実は何もないんですね。激しい運動をしたときは、相対的に呼吸が激しくなりますが、これは自然な反応なので、いまは別に考えたいと思います。

呼吸を自分の意思でしずめることが出来たらどうでしょうか。上であげた状態を解消したり、緩和したり出来る訳です。

先のコンサルティング会社の例では、後から聞いた話によると、尋常ではないストレスと闘って仕事をしているそうです。そのため、一年も経たずに辞める方が多いそうです。だから、ほとんどの方の呼吸が荒かったのですね。しかも、自覚がありません。これでは辛いだけです。

そこで、自然な姿勢(心身統一した姿勢)と氣の呼吸法をお伝えしました。毎日実践なさっている方は、数日でもさっそく効果が出ています。

ストレスを他力で解消することは悪いことではありません。しかし、自力で解消することも大切です。さらに、ストレスを受けにくい心と身体づくりが最も大切です。

氣の呼吸法は、それを実現します。

ご存じでない方は、ぜひ始めませんか。

※ 現在、Amazon.co.jpでは注文が集中しているため、在庫がなくなっています。間もなく入荷しますので、今しばらくお待ち下さい。

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2006/08/21

指導者の心得

藤平信一です。

今回は心身統一合氣道の指導者の視点でお伝えしたいと思います。

先日、テレビ番組で少年サッカー合宿の様子を紹介していました。試合中に転んでしまい足首を痛めてしまった少年に、コーチが氣になる言葉をかけていました。

「サッカーには怪我がつきものだから、仕方ないよな」

勿論、コーチは少年を励ます氣持ちで声をかけているのですが、この言葉のかけ方には問題があります。

それは一体なんでしょうか。読み進める前に考えてみて下さい。

・・・・・
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そもそも、「怪我は当たり前」ではないことです。たとえ相手が悪かったとしても、氣が出ている状態でプレーすれば、危険を察知して、瞬時に反応することが出来ます。また、氣が出ていれば、アクシデントに強い身体にもなっています。

怪我をしてしまったら、心と身体の使い方に問題がなかったのか、どうしたら怪我をしないか考えることが大切です。もっと言えば、怪我をさせないことが指導者の責任でもあります。

さらに、潜在意識の面でも問題があります。

コーチが「怪我は仕方がない」と少年に言葉をかけることで、少年の心は無意識に怪我をすることに向いてしまいます。そのままでは、いつか本当に大きな怪我をしてしまいます。とても恐いことなんですね。

藤平光一先生は、「指導するクラスで怪我人が出たら指導者に全責任がある」と指導者の心得を厳しく指導されます。指導者の氣が出ていれば、隅々にまで氣を配ることが出来ます。「氣が出ている」から「氣づく」のです。

一例をあげれば、不自然な動きをしている人に氣づくことです。不自然な動きをする人は、身体を痛めている可能性があります。そのまま稽古を続ければ怪我をしやすい。

また、身体の問題ではなく、不自然な動きがその人の癖でも、そのままでは怪我をしやすいのです。不自然な動きに氣づいて、それをお伝えすることが大切です。

それには、指導者の氣が出ていなければいけません。

その他にも、体調が悪く稽古に集中出来ていない人はいないか、道場の中でお互いにぶつかる距離で稽古している人はいないか、氣が出ていれば危険を察知することが出来ます。

私が初めて藤平光一先生から指導の仕方を教えて頂いたときは、二時間、誦句集の唱和と柔軟体操だけで終わってしまいました。唱和の仕方、柔軟体操の号令のかけ方を何度も指導頂きました。その稽古では技の稽古はありませんでした。

藤平光一先生は、稽古の始めを大切に考えていらしたのです。指導者が氣を出して稽古を臨むこと、それが、指導において最も重要な心得の一つだったんですね。

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2006/07/06

セルフコントロールの実践

Dojo

藤平信一です。

最近、ブログで頻繁に発信しているためか、心身統一合氣道に興味をお持ちの方から、心身統一合氣道について尋ねられる機会が増えました。

そこで、すでに稽古なさっている方にも、これから始めたいという方にも、心身統一合氣道を学ぶ目的と基本的な考え方をお伝えしますね。

藤平 光一先生は、心身統一合氣道を学ぶ上で大切なことは、自分自身の心と身体のコントロールすることだと言われます。

心身統一合氣道に限らず、日常生活での人間関係においても、心と身体をコントロールすることは極めて重要なことです。

我々は、何か問題が生じたときに、原因を自分の内にではなく、安易に自分の外に求めやすいものです。自分には悪いところはなく、相手が全て悪いという姿勢です。

そのため、自分は変わる努力をせず、相手を変えようとします。その結果、反発や衝突が生じて相手を導くことなど出来ません。

本当に人を導きたいのであれば、まず自分が変わることです。ともすると、私も相手を先に変えようとするので、その都度あらためています。

心身統一合氣道の技で言えば、相手を投げることを考える前に、まず自分自身の心と身体が安定しているかどうか、心身統一した状態になっているか確認することが大切です。

常に心身統一した状態を保つことがセルフコントロールの実践になるのです。

そもそも、自分の思い通りに出来るのは、唯一自分の心だけです。この天地自然をどの様にとらえるのも、我々の心ひとつです。

心身統一合氣道において、相手が自分の腕を掴んだときに、「持たれた」と思うことも出来れば、「持たせた」と思うことも出来ます。

心をプラスに用いれば身体も必ずそれに呼応してプラスになります。

心身統一合氣道の技を正しく行うには、この積極的な心の状態、すなわち「氣が出ている」ことが不可欠なのです。ひとたび、心身統一合氣道を通して氣が出ている状態を体得すれば、それは日常生活で何事を行う上での礎となります。

我々には、自分のことだけしか考えない自己中心的な心があります。技においては「相手を投げてやる」「相手を思い通りにする」などです。

稽古をしているうちに、ともするとそういった心の状態に陥りますが、そうした心の状態では誰であっても技を正しく行うことは出来ません。

藤平 光一先生がまとめられた「心身統一合氣道の五原則」に立ち返り、自分の間違いに氣付き改めることで技を正しく行うことが出来ます。

この「間違いに氣づき改める過程」の繰り返しこそ「稽古」です。

心身統一合氣道の五原則

 一、氣が出ている
 二、相手の心を知る
 三、相手の氣を尊ぶ
 四、相手の立場に立つ
 五、率先窮行(そっせんきゅうこう)


すでに稽古なさっている方は、心身統一合氣道の五原則に基づき、ご一緒に稽古をして参りましょう。

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2006/05/25

呼吸をしずめてストレスを軽減する

藤平信一です。

最近、大手企業の研修で指導する機会が増えています。どの企業でも、仕事や家庭でのストレスが大きな問題になっています。ストレスによって心身に不調を生じている方が多くいらっしゃいます。

ところで、ストレス対策を何かなさっていますか。

休みの日に自分の好きなことをしたり、リラックスするケアを受けたり、何かしら対策を立てていらっしゃるかもしれませんね。

受けたストレスをどの様に解消するかも大切なことではありますが、最も大切なことは、ストレスを受けない心と身体にすることです。

イライラしているときは、小さな刺激でも大きな刺激に感じるものです。ちょっとした言葉や態度、音などにも過敏に反応しますね。落ち着いている時は全く氣にならないことが、すごく氣になります。

「頭にくる」という言葉がありますが、何が頭に来るのでしょうか。緊張することを「あがる」と言いますが、何があがるのでしょうか。

そうですね。氣持ち(氣)が頭の方にあがってしまうのです。頭の方に意識が偏っていると、ちょっとした刺激でも頭に響きます。

一方で、臍下の一点(下腹の力の入らない一点)に氣持ち(氣)をしずめ、落ち着いた状態でいると、同じ刺激でもほとんど頭に響きません。

つまり、ストレスを増大するのも軽減するのも、心ひとつなのです。

問題は、どうしたら心がしずまるかですね。ストレスに強い心と身体にする具体的な方法が「氣の呼吸法」です。

心がしずまっているときは、呼吸もしずまっています。したがって、日頃から深く静かな呼吸になるように訓練をしていると、心の状態をいつでもしずかに保つことが出来ます。大事な場面や大変な仕事の前に、呼吸法で心をしずめておくと、ストレスを受けないで済みます。

また、相手を注意したり叱ったりするとき、イライラした状態でいると、相手の尊厳を傷つけるような言葉を感情的に使ってしまいます。「あんな事言わなければ良かった」といくら後から悔やんでも、一旦発した言葉を取り消すことは出来ません。たとえ数回でも構わないので、呼吸をしずめてから言葉を発すれば、感情的にならず、相手を傷つける言葉も使わずに済みます。

信頼関係を築く上でも、呼吸をしずめることがとても重要です。

実は、私も以前は小さな刺激に対して過剰に反応していました。その結果、自分自身の身体に良くない影響が出ただけではなく、周囲との人間関係もぎくしゃくしてしまいました。呼吸法を実践することによって、自分の身体が楽になり、周囲との人間関係も改善しました。

ストレスを感じている方は、ぜひ始められませんか。ご一緒に学んで参りましょう!

「氣の呼吸法」の詳細はコチラをご覧下さい。

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2006/04/13

心をしずめて睡眠の質を改善する

藤平信一です。

最近、よくお休みになれますか。いかがでしょうか。

「眠れない」とか「目覚めが悪い」というご相談を頻繁に受けます。「夜中に目が覚めて眠れなくなる」というご相談も多くあります。

経験者であればよくお分かりだと思いますが、夜しっかり眠れないのは、体力が落ちてしまって辛いんですね。眠ろうと思えば思うほど眠れなくなります。そうなると悪循環で、そのプレッシャーがストレスになります。

どうすれば、ぐっすり眠れるようになるのでしょうか。

巷では、睡眠の質を高める方法が書かれた本が多くあります。眠る直前に飲食をしないこと、頭寒足熱の環境を整えること、目覚める際は朝日を浴びることなどが書かれています。とても良い方法で、それだけで睡眠の質はかなり改善されます。こういった本も大いに参考にして頂くと良いと思います。

その上で、最も大切なのは休む前の心と身体の状態にあります。

私たちの身体は、一日過ごしていれば汚れてきます。だからこそ、お風呂やシャワーでその汚れを落とすわけですね。一方で、私たちの心も実は一日過ごすうちに汚れてきます。

例えばマイナスな出来事や周囲からのマイナスの言葉や態度、自分でも氣づかないうちにその影響を受けています。そのまま休んでしまうと、横になっても心が安まらないのです。身体の汚れと同じように、心の汚れも洗い流す必要があります。

その際、最も良い方法の一つが「氣の呼吸法」です。

お休みになる前に、自分のための時間をたとえ15分でも取って、氣の呼吸法を行ううちに心がしずまって来ます。心が安まってから眠りにつくことで高い質の睡眠が得られます。

眠ろうと思うほど眠れないのは、心を緊張させるためです。心が緊張すると、身体も緊張してしまいます。「心も身体も綺麗にしてから休みましょう」ということです。

長く眠りさえすれば疲れが取れると考えている方が多いのですが、実は、ただ眠るだけでは疲れが取れないことがあります。特に肩こりなどで血行が悪くなっている場合、長時間眠っても、ほとんど疲れは取れません。目覚めもよくありません。血行が悪いことで、体内に十分な酸素が行き渡らないのです。

血行を良くするには、氣圧法(自己氣圧)がとても役立ちます。

お休みになる前に、氣圧法で全身の血行をよくしておくと、短い睡眠時間でも疲れが取れます。目覚めもよくなります。氣圧法で血液の循環をよくして、氣の呼吸法で維持をする、そうお考え頂くと分かりやすいと思います。

よく眠れない方には、毎晩お休みになる前に時間を取って頂き、15分間の氣圧法と15分間の氣の呼吸法をお勧めしています。

毎日の睡眠が大切なのは言うまでもありません。氣圧法や氣の呼吸法をお学びになって、睡眠の質を高めて、毎日を元氣に過ごしませんか。

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2006/03/02

身体を柔らかく保つ(2)

藤平信一です。

身体を柔らかく保つことは、健康を維持する上でとても重要です。

健康のためにゴルフに行って、身体を痛める方が多いのですが、それでは健康になるためのゴルフが逆効果です。原因は、身体が固い状態のままで急にゴルフをするためです。

身体が柔らかければ、どの様な動きにも柔軟に対応できますが、身体が固いと、そこに無理な力が加わり痛めてしまうのです。

ゴルフだけではなく、他の運動でも同じことが言えます。運動をする前には、身体を柔らかくしておく必要があります。

身体を常に柔らかく保つ方法の一つに、柔軟体操があります。柔軟体操と言っても、ただ身体を動かすだけではいけません。一つの動作ごとに目標を定め、心を積極的に用いながら行います。

いわゆる「氣の柔軟体操」です。

一日1ミリ以上伸びていけば、三ヶ月で10センチも柔らかくなります。現在どんなに身体の固い方であっても、特別な事情がない限り身体は必ず柔らかくなります。

人間は生まれた瞬間から、年齢と共に身体は固くなっていきます。しかし、これはあくまでも一般論です。

私が指導するセミナーに70歳のご年配の方がいらっしゃいますが、毎日、柔軟体操を続けて、今では参加者で一番柔らかくなりました。同じセミナーに20代の青年がいますが、全く歯が立ちません(笑)。70代の方が20代の方よりずっとお若いことになりますね。

身体を柔らかく保つもう一つの方法は、自然な姿勢(自然体)です。

自然な姿勢には必ず自然な安定があります。従って身体の安定を調べることで、自然体かどうかチェック出来ます。

これが藤平 光一先生が発見した「氣のテスト」です。

自然な姿勢に自然な安定があるということは、言い換えてみれば、不自然な姿勢は不安定だと言うことです。その不安定な姿勢を安定させるために筋肉で支えることになります。筋肉を無理に使っていると、その部分が固くなってしまうのです。

日頃から自分の姿勢が自然かどうかをチェックすることが大切です。

柔軟体操と自然な姿勢を心がけることで、身体は柔らかく保てます。私も常に身体を柔らかく保つ努力をしています。身体を柔らかく保つことで、怪我や病氣の予防が出来ます。

氣圧法によって、固い部分を柔らかくすることは大切なことですが、常に柔らかく保つ努力をすることも大切です。氣圧法、身体を常に柔らかく保つ柔軟体操を継続して行うこと、さらに自然な姿勢を心がけることがワンセットです。

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2006/02/16

身体を柔らかく保つ(1)

藤平信一です。

突然ですが、お身体は柔らかいですか。それでも固いでしょうか。

顔がまっすぐ前を向いている状態で、首を左右に傾けてみましょう。耳がそれぞれ左右の肩までつきましたか。念のために、肩を耳につけていませんか。それではいけません。ピタッとついた方は合格です。

次に、身体は正面に向けたまま、ちょうど左右を見回すように、顔を左右に向けてみましょう。ご自分の後ろの方まで顔を向けることが出来ましたか。ご自分の真後ろまで視界に入っているようでしたら合格です。

柔らかかったでしょうか。それとも固かったでしょうか。

身体で調子の悪い場所は、ほとんどの場合、痛くなるか固くなります。

痛みがあると、それを身体の不調と認識しない方はいないのですが、固さがあっても、固さ自体を認識しない方が多くいらっしゃいます。

先日、私の知人から、ぜひ体験したいと言われたので、肩と首の氣圧法を行いました。驚いたことに、知人の首と肩はまるで鉄板のような固さでした。

「こんなに肩が凝っていたら辛かったでしょう」と私が尋ねたところ、「いえ、特に何も感じてないです」と知人は答えます。

さらに驚いたのは、あまりに固くて本人に自覚すらないことでした。

氣圧法は無理な力で圧したり、揉んだりすることはありません。氣の出た指先を肩や首におき、じっと氣を送るだけです。固い部分が、まるで氷が溶けるように柔らかくなってきます。「張りかえし」や「だるさ」のような副作用もありません。

さて、知人には自分の固さを自覚してもらわなければいけません。まず、知人に首を左右に傾けてもらいました。すると予想通り、わずか5cmくらいしか曲がらないではないですか。

私は耳がそれぞれ左右の肩につくので、それをやって見せると、「ひょっとして私は固いんですか?」と自覚をしてくれました(笑)。

それから15分ほど肩の氣圧法をしたところ、次第に柔らかくなって、最後には耳が左右の肩に触れるまでになりました。次に首の氣圧をしたところ、首も後頭部まで固くなっています。また15分ほど氣圧法をして、前後にも動かせるようになりました。

ちなみに知人の仕事は、コンピュータのプログラマーです。一日に十何時間もパソコンの前で仕事をしているようです。最後に知人が一言、「羽がはえたみたいに身体が軽い!」。

なぜ、身体は固いといけないのでしょうか。

身体が固い状態では、固くなった部分が血管を圧迫してしまい、血液の循環を悪くしてしまうからです。血液の循環が悪いと、身体の組織に十分な酸素が供給されず、また栄養も行き渡らないので生命力が弱くなります。

特にひどい肩こりだと、脳に血液を送る太い血管が圧迫されて、適切な脳の血流が阻害されてしまいます。頭痛や慢性的な眠氣、氣分の悪さを起こす元になります。ひどいときには脳血管障害を起こすこともあります。

テレビ番組でよく特集が組まれますが、肩こりは万病の元です。氣圧法で首・肩を柔らかく保つことは、予防の面で重要です。しかも受けるだけではなく、自分でも出来るのがポイントです。

私もあまりに疲れが溜まると、首や肩が固くなることがあります。自分自身に氣圧法することが出来るので、ひどくする前に、短時間で肩凝りをとることが出来ます。時間や場所を選ばずにどこでも出来るので、実に助かります。

さらに、そもそも身体を固くしない「予防」が一番大切ですね。どうすれば柔らかく保つことが出来るのでしょうか。(次回に続く・・・)

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2006/02/02

セルフコントロールの実践

氣フォーラム2006」のメインテーマは「氣と教育」です。

仏教には、「因縁果」という考えがあります。 物事は原因だけで結果が生じるのではなく、そこに縁の作用が働き、結果が生じます。

教育はまさに、この「縁」にあたります。

どれだけ良い資質を持っていたとしても、受ける教育が悪ければ、育つものも育ちません。 作物が育つ過程と同じく、種を蒔くだけでは立派な実はなりません。 種を蒔く前には土を耕して、必要に応じて水や肥料を与えながら、日々氣を切らずに世話することではじめて、立派な実をつけます。

教育は、人間が人間らしく生きるために絶対不可欠なものです。

「自分は教育分野に携わったことがない」と思う方が多いのですが、実のところ、ほとんどの方が何らかの形で教育に携わっています。 お父さま、お母さまであればお子さんの教育をしています。経営者や上司であれば、社員や部下の教育をしています。

「教育」とは教えること、そして相手が育つのを待つことです。自分の思い通りに育てようとする行為は「教圧(強圧)」です。 「教育」と「教圧」を混同している方が多くいらっしゃいます。

また、種を蒔いてすぐ実を得ようとする方も少なくありません。自然法則を無視しています。 そこには、成長をじっと待つ根氣が必要です。

誰であっても、自分の思い通りに進まないとストレスを感じます。 仕事で、同じ事を何度も注意していても一向に改善をされないと、思わず「同じ事を何度言わせるんだ」と怒りたくもなるものです。

しかし、短氣で刺激に対してすぐに感情的になってしまっていては、教育や人材の育成はできません。 相手のためを思って注意したり叱ったりしているつもりでも、実際には自分の氣持ちを晴らすためにしています。

教育にはセルフコントロールが不可欠です。

相手を注意したり叱ったりするときには、まず自分の心をしずめて、自分の言いたいことでなく、相手に必要なことを伝えることが大切です。

言葉で聞くと簡単そうですが、それをいつ・誰に対しても徹底するのは、並大抵のことではありません。 氣を付けているだけでは十分ではありません。

訓練が必要なのです。

いつでも心をしずめて人に接するためにセルフコントロールするには、呼吸を静かに保つことが訓練です。

そもそも、呼吸が荒いときはどんなときでしょうか。 緊張・不安・怒りなど、精神的に安定を失っているときがほとんどです。その心の状態が呼吸の荒さとなって身体に表れているのです。

氣の呼吸法」を毎日行うことで、静かな呼吸が身に付きます。 呼吸法をしている間の呼吸が静かな呼吸であるのは勿論のこと、普段の呼吸も静かな呼吸になって、少々のことで乱れなくなります。

そうすることで、相手を受け入れ、相手の成長をじっと見守るゆとりが生まれます。我慢をしている訳ではないので、ストレスも生じません。

なぜ、断言できるかと言いますと、私自身が失敗を重ねたからです。私はもともと短氣で、また感情的になりやすい性格をしていました。 今の私を知る方は「信じられない」と言って下さるのですが、家族や昔からいるスタッフは私の性格を良く知っています。

私は、氣の呼吸法を行いセルフコントロールを訓練することで、相手の成長をプラスの心でじっと待てるようになりました。 ストレスを受けないので、身体もずいぶんと楽になりました。 これこそ、私が氣の学びで得た最も大きな「氣づき」の一つです。

氣フォーラム2006」では、セルフコントロールの訓練法として、午後の講習で「氣の呼吸法」をお伝えします。 この機会に是非ご体験ください!

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2006/01/19

氣と教育

先にお知らせした「氣フォーラム2006」のメインテーマは「氣と教育」です。「なぜ、教育に氣の学びが不可欠か」、それには理由があります。

まず、教育や人材育成は、物だけ・形だけでは出来ないからです。

目標にしっかり心(氣)を向けて身体を使うことを「心身一如」と言い、目標に心(氣)を向けず身体を使うことを「心身分離」といいます。私たちの言葉や行動は、本来、心が伴っているのが当たり前です。つまり、「心身一如」の状態が当たり前なのです。

ところが、言葉一つとってみても心身分離で言葉を用いがちです。

例えば、相手のことを褒めるために言葉をかけたとしましょう。しかしそれは、相手の状態を把握して、相手を正しく評価して、その上でかける言葉だからこそ相手の心に響くのです。

また、相手のことを注意するために言葉をかけたとしましょう。しかし、自分自身が実行していないことを相手に強制していては、どれほど上手い言葉をかけたとしても、相手の心に響きません。

形だけの言葉ではなく、心(氣)の入った言葉が重要なのです。自分自身の言葉を見直すことで、相手に伝わるようになります。

次に、教育には「相手の変化に氣づく」ことが不可欠だからです。

例えば、相手がいつもと違って曇った表情をしていたとしましょう。そのとき、相手は悩みや不安など、何かしらを心に抱えています。早い段階でそれに氣づき対処することで、問題を未然に防げます。

また、相手が努力によって成長をしたり成果を上げたりした時には、それに氣づき、正しい評価をしてあげることが出来ます。正しい評価を与えることは、相手のモチベーションに直結しています。

問題を未然に防ぐ点でも、正しい評価を与える点でも、相手にしっかり氣を向けて、「相手の変化に氣づく」ことが基本です。自分のことしか考えられず、相手にしっかり氣を向けない人は、人を育てることに全く向いていません。

いつでも相手に氣を向けられるように、日常の訓練が大切なのです。

最後に、教育には「自分の心のコントロール」が不可欠だからです。

多くの方は、相手に教えたり教育をしたりしているつもりでも、実際には自分の感情を晴らすために相手を叱責しています。勿論、時に厳しく叱ることも必要です。しかし、教育をする者の心がマイナスで相手に接してしまえば、相手がプラスになる訳はありません。

天地自然の法則に反しています。

褒めるときは良いとしても、特に注意をしたり叱ったりするときには、まず、自分の氣をしずめてからすることが極めて重要です。刺激に対してすぐに反応してしまう人は、教育には向いていません。自分の心(氣)をしずめることを学ぶことが不可欠です。氣の呼吸法は、心をしずめる上で大きな助けとなります。

氣フォーラム2006」では、この三つのポイントに沿ってお伝えします。話だけではなく、実際に体験頂きながら進めて参ります。このフォーラムで学ばれたことを日常生活で実践頂くことによって、教育になぜ氣の学びが必要かを深くご理解頂けます。

家庭教育・学校教育・社員教育・セミナーで講師を務める方など、人材の育成に携わっている方は、大きな実りがあることでしょう。

氣フォーラム2006」へのご参加を心よりお待ちしています!

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2006/01/01

プラスの心で新年を迎える

明けましておめでとうございます!

室町時代に活躍した一休禅師をご存じでしょうか。

自由奔放な性分で、戒律や形式にとらわれることのなかった一休禅師は、正月について、この様な句を遺しています。有名な句なので、ご存じかもしれませんね。

「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」(狂雲集)

一里塚とは、街道に旅行者の目印として設置された塚のことです。一休禅師は街道を人生に例え、一里塚を正月に例えた訳ですね。

誰もが正月を「めでたい」と祝っていますが、正月を迎えるということは、その分だけ、寿命を終える瞬間に近づいているということです。

したがって、正月は「めでたい」とも「めでたくない」とも言える訳です。「めでたいと浮かれる人々を風刺して詠んだ」とも言われていますが、果たしてどうだったのでしょうか。

そもそも、天地自然そのものには「正月」も「暮れ」もありませんね。人間が「暦」という概念を用いて時の流れを区切っただけです。

それでは「正月には意味がないか」というと、そんな事はありません。

人間はけじめや区切りがないと、ただ惰性に流されやすいものです。正月という区切りを持つことで、氣持ちを新たに歩むことが出来ます。目標の設定や確認をするにも良い機会です。

藤平 光一先生は、「前の年にあった悪いことだけではなく、良いことも一度洗い流すことが大切」と指導されます。「悪いことはともかく、良いことは覚えていても良いのでは?」と、疑問に思う方が中にはいらっしゃるかもしれませんね。

悪いことも忘れないからこそ、同じ過ちを繰り返さなくて済みます。良いことを忘れないからこそ、それが励みにもなります。

問題なのは「過去にとらわれる」ことです。

「去年はこんな悪いことがあったから今年も悪いに違いない」とか、「去年の業績は良かったから今年の業績も良いに違いない」など、後ろばかり向いていたら、前に進むことが出来ません。

「良いことも悪いことも洗い流す」とは、「過去のことにとらわれずに、氣持ちを前に向けて歩みましょう」ということです。洗心の行の目的の一つです。文字通り、見事に洗い流せます(笑)。

さて、一休禅師の話に戻りましょう。

藤平 光一先生は、一休禅師の詠んだ句についてこう言われます。「正月をプラスにとらえるのもマイナスにとらえるのも人間の心次第、一休禅師はそれを教えたかったのだよ」

どうやら、一休禅師の詠んだ句はマイナスな意味ではないようです。

正月はただ「めでたい」のではなく、正月を迎える意味をよく考えて、一年の始めを前向きなプラスの心で迎えることが重要なのですね。

今年もご一緒にプラスの心で歩んで参りましょう。

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2005/12/22

楽しむ力

先日、電車の中で、若い女性二人がこんな会話をしていました。

女性A 「何だか最近、面白いことないよね」
女性B 「そうだね。楽しいこと何もないよね」

その会話を耳にして、ふと疑問に思いました。

楽しく感じることがあることは幸せなことです。しかし、誰かから与えられた楽しさは、すぐに刺激に慣れてしまって、すぐにつまらなくなってしまいます。本当の楽しさは、積極的に楽しむことによって得られるものです。

食事一つでも、栄養を取るためだけに慌てて食べることも出来れば、食事そのものを味わいながら、楽しく食べることも出来ます。どんなに素晴らしい食事でも、味わなければ美味しくは感じません。

仕事一つでも、ルーチンワークとしてただ何となくすることも出来れば、目標を立てて、心をはっきり向けて楽しみながらすることも出来ます。どんなに素晴らしい仕事でも、心を向けなければやり甲斐は感じません。

ちょっとした工夫で、どんなことでも積極的に楽しむことが出来ます。物事のとらえ方を変えることで人生は豊かになります。

まさに、氣(氣持ち)の持ち方次第です。

「楽しみ」を与えられることは決して悪いことではありませんが、与えられることに慣れてしまうと、積極的に楽しむ力が退化してしまい、何をやってもつまらなく感じてしまいます。

「何をするか」ではなく「何を楽しめるか」が重要です。何でも楽しむことが出来るのは、一種の才能だと私は思います。

学習においても、「楽しむ力」がとても重要です。

私は年間で1,000人以上の皆さんに指導させて頂いています。同じ時間に同じ内容をお伝えしていても、常に成長をし続ける方と、あるところまで成長すると成長が止まってしまう方がいます。

その違いは「積極的に楽しめるかどうか」にあると私は考えています。常に成長し続ける方は、何に対しても楽しむことを知っている方です。

器用な方は、当然のことながら始めのうちは成長が早いものです。しかし、積極的に楽しむことを知らないと、すぐに刺激に慣れてしまい、興味を失ってしまいます。そこで成長は止まってしまいます。

たとえ不器用な方であっても、楽しむことさえ知っていれば、常に新たな発見があるので成長が止まることはありません。

「楽しむ力」は、学習における大切な資質です。

余談ですが、妻と二人で駅のホームで電車が来るのを待っていました。乗り換えが悪く、次の電車が来るまでに20分以上間隔がありました。少しイライラしていた私は、このように呟きました。

私 「どうしてこんなに間隔があいているんだろう?」

それを聞いていた妻は私にこう言いました。

妻 「一緒に、待つことを楽しんだらいいんじゃない?」
私 「・・・・・・・・」

どうやら、私がまず「楽しむ」ことを訓練する必要があるようです(笑)。思えば、年末の過密なスケジュールで心にゆとりをなくしていました。いつの間にか、楽めなくなっていたのですね。

私にとって本当に大切な氣づきでした。

来年の目標をお立てになっている時期だと思います。私の目標の一つは、「何に対しても楽しめること」です。

ご一緒に取り組みませんか。

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2005/12/08

見る・見られる・見せる

「人前に出ると緊張してしまうのですが、どうしたら良いでしょうか」と、多くの方からご質問を頂きます。

一口に緊張と言っても、緊張をプラスに捉えるかマイナスに捉えるか、それによって結果は違ってきます。プラスの緊張感は集中力を高めて能力を最大限に発揮しますが、マイナスの緊張感は何もできなくさせてしまいます。ここでのご質問は、マイナスな緊張のことです。

慣れている方や、人前に出ることが好きな方は良いとしまして、人前で落ち着いて行動するには氣の訓練が必要です。

私は今でこそ、数百人を前にして講演をさせて頂いていますが、子供の頃は人前に出るとすごく緊張したものでした。小学校の卒業式で校長先生から卒業証書を頂いたのですが、壇上を歩く際に、右手と右足が一緒に動いてしまいました。母からは今も「あの時は恥ずかしかった~」と言われます(笑)。

まずは基本的な氣の働きをお話します。

周囲に氣持ちが向いている状態を「氣が出ている」と言います。一方で、自分のことだけに氣持ちが向いてしまっている状態を、「氣を(自分に対して)引いている」と言います。人前に立つときに「自分は見られている」と心を使っていると、十人いれば十人、百人いれば百人の氣を受けてしまいます。

どなたかと二人一組で実験をしてみましょう。

「自分が見られている」と思うと、相手の視線が氣になります。「自分が見ている」と思うと、相手の視線が氣になりません。氣持ちが内に向いてしまうと、周囲の氣を受けてしまいます。氣が自分の内にしか向かないので何も氣づけないんですね。

今度は、人前に立つとき「自分が見ている」と心を使ってみます。自分から積極的に相手に氣持ちを向けることがポイントです。すると、相手が十人いても百人いても、氣を受けなくなります。氣持ちが外(そと)に向くことで、氣を受けなくなります。

氣を向けているので、相手の状態にも氣づくことが出来ます。講演をするとき、講演をお聞きになっている方の反応を見ながら、話す内容を変えることも出来るようになる訳です(笑)。この氣の働きを知って、氣を積極的に相手に向けるようになって、私は落ち着いてお伝え出来るようになりました。

「自分が見られる」と「自分が見る」では天地ほどの差があります。氣が内に向くのと、外に向くのとの違いです。

補足をしますと、「自分が見せる」こととも違うので注意が必要です。

意識して相手に「見せよう」とすると、大抵の場合は不自然になり、それがまた新たな緊張に繋がることがあります。「見せる」ことをしていては、「魅せる」ことは出来ないんですね!特に舞台に立つ方は、この違いをよくご理解頂けるようです。

このテーマは本当に深いと感じています。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/11/24

正しいイメージを持つ

私たちが持つ「イメージ」について考えてみましょう。

自分から積極的に構築するイメージもあれば、自分でも知らないうちにインプットされているイメージもあります。

ここで重要なのは、人は持っているイメージ通りに動くことです。「心が身体を動かす」のですから当たり前のことです。ちなみに「心が身体を動かす」ことを「氣の原理」と呼びます。

先日、スタッフの一人と話をしていて、ある「氣づき」を得ました。

そのスタッフは、昨年から部下を持つようになりました。つまり、「先輩」ではなく「上司」になった訳です。上司として一生懸命仕事していますが、評判が良くありません。特に他のスタッフから厳しい目が向けられていました。

その評判を耳にして、上司となったスタッフの話を聞きました。そこで分かったのが、「上司」について持っているイメージが、そのスタッフと私で大きく違っていることでした。

どの様な違いだと思われますか?

そのスタッフは、上司の仕事を「部下の仕事を管理する」と考え、部下を管理をすることに力を注いでいたのです。確かに上司の仕事の一つは部下の仕事を管理することです。しかし、管理だけが仕事ではありません。

部下が働きやすい環境を整え、部下に正しい評価を与え、部下がうまく進められない部分は一緒に行うことで教え、部下が判断できないことを判断する役目を持っています。他にも役目はいっぱいありますね。

管理にとらわれると、管理すること自体が仕事になってしまい、本来果たすべき役目を果たすことが出来ません。その結果、そのスタッフは「仕事せずに指示ばかりしている」と、周囲のスタッフから厳しい目を向けられた訳です。

スタッフの持つ「部下の仕事を管理すること」というイメージは、長年かけてインプットされた誤ったイメージです。実際に、多くの方が同じイメージを持って上司になるようです。

今回のケースでは、そのスタッフが上司になるにあたって、正しいイメージを持つように私がしなかったことが原因です。そのスタッフは、今は上司に対するイメージをすっかり変えて、本来の上司の役目を果たしています。

他にも「親」「子ども」「夫」「妻」「先生」「経営者」「リーダー」など、それぞれに対して、一人一人異なるイメージを持っています。「男性」や「女性」についてもそうですね。

問題は、そのイメージは今までインプットされた情報の産物で、積極的に自分で構築したイメージではないことです。

私たちは何かを始める前に、自分の持つイメージを確認して、それが本当に正しいイメージか検証することが不可欠です。また、「周囲の方が持つイメージ」と「自分が持つイメージ」に、どの様な違いがあるのかを知ることも大切です。

思った以上に違いがあり、大きな氣づきが生まれるはずです。イメージを共有することで、人間関係はスムーズになります。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/11/10

氣の向け方を工夫する

「氣づき」を得るために不可欠な要素は何でしょうか。同じ状況にあっても、ある人は氣づき、ある人は氣づきません。

一体なにが違うのでしょうか。

違いの一つは、氣(氣持ち)を目標にしっかり向けるかどうかです。「何だ、そんなことか!」とお感じになったかもしれません。しかしこの違いが、得られる氣づきに決定的な違いをもたらします。

例をあげましょう。

同じ話を聞くにも、「前に聞いたことのある話だ」と思いながら聞くと、話をする人に十分に氣が向かず、何の氣づきも得られません。たとえ同じ話だったとしても、話す人にしっかり氣を向けていると、話を聞く度に新たな氣づきがあるものです。

本を読むときに、「前に読んだことのある本だ」と思いながら読むと、本に対して十分に氣が向かず、何の氣づきも得られません。内容の善し悪しは別にして、本に対してしっかり氣を向けて読むと、どんな本でも必ず新たな氣づきがあるものです。

単純なことではありますが、私たちは日常生活のさまざまな場面で、氣(氣持ち)を十分に向けていないのが現実です。

面と向かって話をするのが苦手という方が多くいらっしゃいます。実に多くの方から相談を受けます。

日本では「相手の目を見て話をしなさい」と教育されることもあり、一生懸命、相手の目を見ようとするのですが、それがとても辛い。古くから「目は心の窓」と言い、目は心の状態をはっきり表します。氣(氣持ち)の強い人の目を見ると、その力を受けやすいのです。

特に目を凝視してしまうと、周りがほとんど見えなくなってきます。

結果として、多くの方は適度に相手から目をそらして話をしますが、そうすると、相手に「信用できない」という印象を与えるばかりか、氣を向けていないので、相手の変化に氣づくことが出来ません。これが交渉事やトラブル処理だったら、致命傷になりかねません。

そこで、相手の目を見るのではなく、鼻の辺りを見るようにします。

そうすると、相手の視線も自然に自分の視界に入っていますし、相手には、自分の顔をまっすぐ見ているように映っています。最も重要なことですが、相手にしっかり氣を向けているので、相手の表情や態度のわずかな変化にも氣づくことが出来ます。

間違いやすい点ですが、鼻を見ること自体が目的なのではなく、氣をしっかり相手に向けるための手段です。鼻を凝視すれば目を凝視するのと変わりませんし、氣を十分に向けずにただ鼻を見ていても「ぼやけた」印象になるだけです。形だけではいけません。

私は立場上、目上の方や偉い方とよくお目にかかるのですが、ちょっとした工夫だけで、緊張することがなくなりました。実に助かっています。

ぜひ、日常生活で実践&検証なさって下さい。氣の向け方を工夫することで、得られる氣づきが変わります。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/10/20

氣の学習方法

一つのことを身に付けるには、まず見本となる方の形を真似ます。

真似るためには、「よく見る」ことが不可欠です。

説明を聞いたり、それをノートに取ったりすることも必要ですが、最も大切なのは「よく見る」ことです。

よく見る習慣を持っている方は、上達も早いものです。

最近は、よく見ずに自分なりに始めてしまう方が少なくありません。それでは上達はほとんど見込めません。

さて、ここからが大切なポイントです。

形を真似することから始めるのですが、形が分かってきたら、いつまでも形だけを見ていてはいけません。

「心が身体を動かす」のですから、全ての形・姿勢・動作は、心の状態の表れと言えます。したがって、形だけではなく心の状態まで真似をして初めて、同じ事を身に付けることが出来ます。

例えば、「氣の呼吸法」を身に付けるとしましょう。

始めは基本となる自然な姿勢や、自然な吐き方を教わります。指導者の呼吸の仕方を見て真似をします。

ある程度、姿勢や吐き方を理解してきたら、今度は指導者がどの様な心の状態で呼吸法を行っているのか、何を考えているのかまで見ることが大切です。

実を言いますと、私は始め呼吸法が苦しくて出来ませんでした。いくら先生と同じようにしてみても、すぐに苦しくなってしまいます。

ところがある時、藤平光一先生から直に指導を頂く機会があり、その時ふと、藤平先生は何を考えながら呼吸法をされているか、興味を持ちました。

どうやら「長く吐こう」や「うまく吐こう」、「格好良く見せよう」などと、考えていらっしゃらないことに氣づきました。

「余計な事は考えずに、氣持ち良く、幸せな氣持ちで行うこと」それを心がけるようになって、呼吸法がとても楽になりました。

今も発展途上の身ですので、出来たと言うには早いのですが、形だけを真似してはどうしても出来なかったことが、心の状態を真似をすることによって出来た貴重な体験でした。

心身統一合氣道を学ばれる方も、氣圧法を学ばれる方も、形や説明だけではなく、心の状態まで見ることで上達します。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/10/03

違いを受け入れる

私たちは五感(六感)を通して天地自然を感じ取っています。

したがって、同じ物を見たとしても、同じ音を聞いたとしても、厳密に言えば一人一人感じ方は違う訳です。このことは子供でも知っている事実なのですが、実際のところ、日常生活では忘れていることが多いのです。

例えば、食事が美味しくなかったとしましょう。

確かに料理の問題かもしれませんが、他の可能性として、自分の体調が悪いために美味しく感じないこともあります。また、一緒にいて楽しく感じない相手と食事を取っていると、せっかくの料理でも味が分からないこともあります。

私たちが五感(六感)を通して感じることを疑ってしまうと、日常生活を送ることは出来なくなってしまいます。しかし、「自分が感じる事が絶対」とは言えないことを私たちは知っておく必要があります。

ちなみに、料理についてこの原則をしっかり理解していると、家庭内がとても平和になります。

先日、ある高級レストランにお招き頂いて食事をした際に、他のテーブルで、「こんなマズい店で食事なんて出来ないわ」とお店にクレームを付けた女性がいました。

それを聞いた他のテーブルの方は不快な顔をしました。確かにその方にとって、マズく感じたのかもしれません。しかし、自分の感じたことが絶対ではありません。他のテーブルで美味しく食事をしている方に対して配慮に欠けています。「自分の感じることが絶対」と思うと陥りやすい点です。

人間関係が悪くなる原因は、自分の感じることが絶対で、お互いに自分が正しいと主張することにあります。

先日、ある映画を見ました。

私の映画の感想はさておきまして、映画を見た後に映画館を出たところ、カップルが映画の内容で論争していました。どうやら映画の評価が分かれて、お互いに一歩も譲らずに、大げんかに発展してしまったようでした。

「そんな見方もあるんだ」と相手の感じ方を受け入れるだけで、お互い氣持ち良く映画を見ることが出来るのですが・・・。せっかくのデートがお氣の毒でした。

しかし、他人事ではなく私たちは日常生活で同じことをしがちです。

先日、ある会社を訪問した際にこんな会話がありました。上司と部下の会話です。

上司 「何でそんなに萎縮しているだ?私が恐いのか」
部下 「(恐る恐る)はい、恐いです・・・」
上司 「私は恐くないぞ!何でそんな風に感じるんだ?」
部下 「・・・・・」

どの様にお感じになりましたか。

「自分の感じ方と相手の感じ方は違うこと」を認識すること、そして、相手の感じ方をまずは受け入れることが大切です。時には相手の感じ方について、正す必要もあることでしょう。それでも、相手の感じ方をまず受け入れることが大切です。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/09/20

氣の交流・内から外へ

初めて氣を学ぶ方から、「氣が出ているとはどういう状態ですか」というご質問を必ず頂きます。

藤平 光一先生は「天地自然の氣と交流している状態」と言われます。

私たちは天地自然と交流することで生かされています。

例えば呼吸はどうでしょうか。

体外から空気を体内に取り込んで、肺から全身に酸素が運ばれて、今度は二酸化炭素が肺に運ばれて体外に出されます。

これも天地自然との交流です。ひとたび、その交流が断絶すると、大変なことになってしまいます。

私たちは、自分一人の存在だけでは生きていくことは出来ません。「生きている」とも言えますが、実は「生かされている」訳です。そう考えれば、呼吸の他にも食物の摂取・コミュニケーション・経済など、全てが天地自然との交流と言えます。

氣の交流もまた同じことです。

自己中心的な心の状態に陥ったり、自分のことしか考えない状態は、氣は自分の内にだけ向けられ、外にほとんど向けられていません。この状態を「氣が出ていない」、または「氣を引いている」と言います。自分から積極的に氣を向けるときに「氣は出ている」のです。

日常生活で一例をあげましょう。

私たちがマイナスな言葉を発して、マイナスな表情をするときは、周囲の人の氣を無意識に自分に向けようとしています。

例えば、「疲れた~」と繰り返し口にする方がいらっしゃいます。「疲れた~」と口にすること自体が目的なのかもしれませんが、周囲の人から「大丈夫?」と氣を向けて欲しいのが本音です。つまり、周囲の人の氣を自分へ一方的に引いているのです。

一方的に氣を引いているだけでは氣の交流は生まれません。氣が交流するには、お互いに氣が出ていることが不可欠です。自分から積極的に周囲の人に氣を向けることが重要です。

氣が自分の内にしか向かず、自分の外に向かない状態は、天地自然との氣の交流を妨げ心も身体も不健康にします。氣が自分の外に向くときは、新たな氣が自分に入ってきます。

氣は出せば入ってきます。天地自然の法則です。

自分の体調が優れない時に、自分のことだけを考えていると、ますます具合が悪くなってきます。誰かの為に一生懸命であると良くなってしまうことがあります。これもまた、氣は出せば入ってくる一例です。

氣の学びとは、意識が自分の内にしか向かない状態から、意識を自分の外に向けられるように訓練することです。いつでも「氣が出ている状態」になることです。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/09/08

あるべき姿を共有する

私たちは誰でも、相手に対してその人のあるべき姿を描いています。

夫婦であれば、夫は妻に対して「この様にあって欲しい」という姿を持ち、妻は夫に対して「この様にあって欲しい」という姿を持っています。

会社であれば、経営者は社員に対して「この様にあって欲しい」という姿、社員は経営者に対して「この様にあって欲しい」という姿を持っています。

親と子供、先生と生徒、友人間、チームメイトであっても同じことです。

しかし多くの場合、自分が相手に望む姿をお互いに共有することはなく、それぞれの心の中で「願望」として留められています。特に日本では、言葉で表さなくても理解することを美徳とされています。その美徳は大切ですが、それが人間関係を悪くする一因にもなっています。

一例をあげましょう。

家庭において、夫が自分の考える果たすべき役割を考えるとします。しかし、それが妻が持つ夫の果たすべき役割と一致していないと、夫が努力をすればするほど、妻は評価するどころか不満を持ちます。

夫は妻から自分の努力を正当に評価をされず、感謝もされないので、妻に対して不満を持ちます。つまり、お互い一生懸命していることが理解されなくなってしまいます。こうなると、夫婦の関係が悪くなるのはお分かりだと思います。

唯一の解決法は、夫が持っている夫の果たすべき姿と妻が持っている夫の果たすべき姿を共有することです。夫の役割は、会社でバリバリ働いて一家の家計を支えることなのか、それとも家族と出来るだけ多くの時間を過ごすことなのか、また、どの様にバランスを取るのか、それによって変わりますね。

最近どういう訳か、知人から結婚の相談をよく受けるようになりました。若輩で人生経験は豊富ではないのですが、いつもお伝えするのは、まず、お互いが相手に求める姿を共有することです。その姿がはっきり違うときは、恋愛感情で誤魔化さないことです。

結婚をすれば、自然に解決すると安易に考える方が多いのですが、基本的な部分で相手に求める姿が違っていると難しいんですね。反対に基本的な部分が共有できれば、その他の違いについては、お互いの努力によって乗り越えて行けます。

チームワークにおいても同じことです。

チームリーダーが、自分が思うチームリーダーとしてあるべき姿と、チームメイトが思うチームリーダーとしてあるべき姿があります。チームリーダー自身が思う姿が、行動力で行動を示すことだとして、チームメイトが思うチームリーダーの姿がコミュニケーションだとすると、チームリーダーが努力すればするほど、評価は得られなくなります。

それが共有できているかどうかが、チームワーク成功のカギです。

心が身体を動かします。言い換えれば心の状態が行動を決めます。したがって、結果として起こった行動を変えることは難しいのです。まず、お互いの心に持つ価値観を共有することが重要です。

ご自分の持っている姿を周囲の方と共有していますか。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/09/01

自分の姿を知る

私たちは、自分の目で自分の姿を直接見ることは出来ません。

したがって、よほど氣を付けていないと、人の足りない点ばかりが目に入り、自分の足りない点には氣が付きにくいものです。自分の姿を知るには、自分以外の人から自分の姿を教わるか、鏡の中に自分の姿を映し出すしかありません。

自分の姿を知るために最も重要なことは、謙虚であること」です。

謙虚というと、人に対して従順なことと理解している方がいますが、それは本当の意味での謙虚ではありません。世の中には「謙虚ではいけない」と書かれた本も多くありますが、ほとんどの場合、謙虚であることの定義が違います。本当の謙虚とは、「人に対して謙虚そうに見せる」ことではなく、「天地自然を謙虚に受け止める」ということです。

例えば、何か大きな失敗をしたとしましょう。

中には「自分は何て運が悪いんだ!」とか「何で私ばかり・・・」と、失敗した事実を受け入れず、自分の外に失敗の原因を求めます。これでは失敗した原因を無視しているので、また同じ様な状況で、同じ間違いを繰り返してしまいます。

謙虚な人であれば、「自分の考えや行動に間違いがある」と考え、失敗した事実を受け入れて、自分の中に失敗の原因を探します。その結果、同じ失敗を繰り返すことなく成長をさせてもらえます。謙虚であることは、私たちの成長にとって欠かせない要素です。

また、謙虚であることはコミュニケーションにおいても重要です。

謙虚である人には、周囲の人間から苦言を呈してもらえます。自分では氣がつかない自分の姿を教えてくれている訳です。自分の為に苦言を呈する人が周囲にいないことは深刻なことで、フィードバックがないために自分の非や不足に氣が付きません。

自分に苦言を呈する人がいることは、言ってみれば「財産」です。自分のために苦言を呈する人が周囲に何人いるか考えてみると、それが、日頃の謙虚さを表す良い基準となります。ご自分で振り返ってみて、いかがでしょうか。

自分の姿を知るための具体的な方法は「氣の呼吸法」です。

呼吸が静まっていく過程で、心の状態も自然に静まっていきます。心の波が静まると、目の前のことをありのままに映し出します。先入観や思い込み、自分なりの理屈が一つずつ取れていきます。

誰かに腹を立てていても、氣の呼吸法を続けて行っているうちに、次第に自分の非に氣づき、氣持ちが落ち着くのは最たる例です。氣の呼吸法を行うことで、自分の姿に氣がつかせてもらえます。言ってみれば、鏡の中に自分の姿を映し出すのに似ています。

氣の学びの本質は、自分の姿を正しく知ることです。自分の姿を正しく知ることで、良いところは自信を持つことができ、悪いところは直すことができるのです。

ご一緒に自分の姿を知る努力をして参りましょう。

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2005/08/25

一瞬を待つ心のゆとり

最近、一瞬を待てない方をよく見かけます。

まずは赤信号です。信号がまだ赤にも関わらず、横断歩道を渡り始める人が多いですね。見ていると、あと1~2秒待てば信号は青に変わっています。急いでいるのでなければ、僅か数秒を待つゆとりがない表れです。

狭い通りでのすれ違いもそうです。一瞬立ち止まって、相手を先に通してしまえばぶつからないのに、その一瞬を待てず、自分が先に通るのでぶつかってしまいます。

電車に乗るときもそうです。(特に東京や大阪です)数分が待てず、扉が閉まりかけているのに飛び込み乗車をして、駅員さんに怒られているのを頻繁に目にします。

車の運転もそうですね。本線に合流する車があれば、一瞬待って先に入れれば良いのに、その一瞬を待てず、相手を入れないように車間距離をつめます。

人の話を聞くときもそうですね。人の話を最後まで聞いてから自分の話をすれば良いのですが、相手の話が要領を得ないと、話を聞く僅かの時間を待てずに、相手の話を遮って、自分の話を初めてしまいます。

日常生活で、一瞬を待てない人を見かけることはありませんか。また、ご自身を振り返っていかがでしょうか。

人は誰でも、無意識のうちに自分のテンポで行動をしています。自分の持つテンポの通りに物事が運ばないとストレスを感じます。

「一瞬待つ」という行為は、自分のテンポを変えることでもあります。セルフコントロールが出来ないと、そこでイライラしてしまうので、自分のテンポを押し通そうとするんですね。時には、周囲の人間を自分のテンポに合わさせようとさえします。そうすると、周囲の心は反発して、物事はうまく運ばなくなります。

臍下の一点に心をしずめると、自分のテンポを変えることになっても、すぐに対応出来るのでイライラしなくなってきます。言い換えれば、心にほんの少しのゆとりが生まれてきます。このゆとりはとても大切で、コミュニケーションを劇的に改善します。

もともと穏やかな性格で、心にゆとりを持っている方は別として、ほとんどの方は、自分で感じているほどゆとりはないんですね。この様にお伝えしている私も、時にゆとりがないことがあります。そこで私は、日常生活で一瞬を待てるかどうかを一つの基準にして、自分の心の状態を常にチェックするようにしています。

先週あった出来事をお話しますね。

先週は信号機の故障で東北新幹線の発着が大幅に遅れました。新幹線の自動券売機で並んでいたところ、私のすぐ後ろの男性が、非常に焦った様子で並んでいらっしゃいました。そこで、その男性に「お急ぎですか?」と尋ねました。

「新幹線が遅れていて5分後の新幹線に乗らないと間に合わない」とのことでした。私は時間的にゆとりがあったので、順番を先にお譲りしました。男性は「助かります!」と深々とお辞儀をして先を急いでいました。これは私自身、心にゆとりを持っていた良い例です(笑)。

一方で、今週ある本部スタッフが心ない仕事をしたので注意しました。

すると「自分はそんなつもりはなかった」と言い訳を始めたので、私は間髪入れずに「言い訳はやめなさい」と叱ってしまいました。結局、そのスタッフは私の攻撃的な姿勢にさらに反発をしてしまい、何が間違っていたか氣づきを与えるのに苦労をしてしまいました。

同じ注意をするのでも、心にゆとりを持って話を最後まで聞けば、そのような苦労をする必要は全くありませんでした。これは感情的になったことで、ゆとりをなくした悪い例です(反省)。

心そのものは色も形もないので、心を見ることは出来ませんが、「心が身体を動かす」のですから、必ず身体の状態に表れます。身体の状態(行動)を通して、心の状態を知ることが出来ます。

ご一緒に日常生活でご自分の心の状態をチェックしませんか。

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2005/08/11

五目並べと百人一首

藤平光一先生は私の師でもあり、また父でもあります。今回は師弟ではなく、親子の視点でお伝えしたいと思います。めったにないことですのでご容赦くださいね。

先日、ふと私の子供の頃を思い出しました。

子供の頃、よく五目並べや百人一首で遊んでもらいましたが、父はいつでも本氣で相手をしていました。五目並べなど、十番勝負して十番続けて負けたこともあります。その意味で、父はまったく容赦ありませんでした。

子供ですから大変悔しがるのですが、それを見ていた父は、なぜ負けたのか、いつも私にじっくりと考えさせていました。

あまりに負け過ぎて、ある時「勝てない」と泣いたことがあります。その次の勝負では父は手心を加えたのか、わざと負けました。その後に何と言ったと思いますか?

「これを花を持たせると言うんだよ」です!

私はもっと悔しくなってしまい、こう言ったのを覚えています。「もう負けても絶対に泣かないから、本氣で勝負して欲しい!」

「分かった」と言ってから、さらに父は5連勝しました(笑)。そしてまた、なぜ負けたのかを考える時間を私に与えました。負けた原因に私が自分で氣づくと、すごく誉めてもらいました。

今にして思うと、たとえゲームであっても父が本氣であったのは、大人が手心を加えて子供に偽りの満足感を与えるのではなく、子供の能力を信じて、やる氣を導いていたのだと分かりました。

私はゲームを通して、物事が上手く運ばない時には原因を考え、それを乗り越えることを教わったように思います。問題解決に背を向けず、氣を切らない習慣はここでつきました。

勿論、お子さんの性格によって導き方は変わってきます。少なくとも私にとっては、最良の方法であったに違いありません。

ちなみに百人一首はもっとひどい状況で、父が94枚で私が6枚。それはそれは、容赦ありませんでした。

悔しがる私を見て、父は百人一首の句を一つ一つ紙に筆で書き、それを家の中の目に見える場所にはってくれました。一日で三句ずつ暗記したので、1ヶ月ちょっとで全て暗記しました。それから勝負をしてみると、父が70枚で私が30枚になりました。とても嬉しかったのを覚えています。

百人一首でもそうですが、子供にただ満足感を与えるのではなく、どうすれば出来るか教えて、そして本氣で勝負してくれました。

最終的には、五目並べでも百人一首でも五分五分になりました。おそらく今でも実力差はあまりありません。

私はいま、氣を教育を活かすことに最も重点を置いています。藤平光一先生から受けた無形の財産を、一人でも多くの方に、氣の学びとして共有したいと思っているからです。

家庭教育・学校教育・社員教育・リーダー教育にかかわらず、氣を学ぶことは人を育てる上での基本中の基本です。興味をお持ちの方は、ぜひご一緒に学んで参りましょう。

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2005/08/04

当たり前の事を当たり前にする

「雑宝蔵経」に説かれる「無財の七施」という教えがあります。これは財産も名誉も地位もない方でも、施しの心さえあれば、七つの施しが出来るという仏教の有名な教えです。

  1. 眼施 ・・・ 心から温かい眼差しを送る
  2. 和顔悦色施 ・・・ 心から温かい笑顔を送る
  3. 言辞施 ・・・ 心から感謝の言葉をかける
  4. 身施 ・・・ 心をこめて身体を使って奉仕をする
  5. 心施 ・・・ 心から共に喜び、共に悲しむ
  6. 牀座施 ・・・ 自分の席を譲る
  7. 房舎施 ・・・ 風や雨露をしのぐ所を提供する

サラッと読むと、どれも簡単に出来ることにも思えるのですが、いつでも、どこでも実践するのは並大抵のことではありません。

全日本競技大会の後、沢井 柚希先生から「無財の七施」について、ゆっくりお話を伺う機会があり、多くの氣づきを頂きました。

会員の皆さまや私たちは、いつでも積極的な心と身体を保つこと、つまり、氣が出ている状態を保つことを心がけています。しかし、時に自分でも氣がつかないうちに氣が引っ込んでしまい、その事実にすら氣が付かないことがあります。氣が出ていない時は、どんな事にも氣づくことが出来ないからです。

「心が身体を動かす」のですから、私たちの心の状態は、身体の状態に何らかの形で表れています。そこで、沢井先生はこの「無財の七施」を出来ているかチェックし、氣が出ているかどうかのチェックをされていることを知りました。「無財の七施」は、藤平 光一先生から教えて頂いていましたが、それを自分に当てはめてチェックをすることはありませんでした。

・・・・・なるほど。私は昨日、スタッフの心のない仕事に腹を立てて、思わず眉間にシワをよせて怒ってしまいました。久しぶりとは言え、氣のことをお伝えする身として未熟でした。

さて、これは「無財の七施」で言えば何に反するのでしょうか。「眼施」もそうですね。「和顔悦色施」も「言辞施」もそうですね。こういう状態では「氣が出ていない」ことが分かります。それが分かりさえすれば、自分であらためることが出来ます。

お身体の不自由な方やご年配の方が電車に乗って来られても、「譲るべき」と思っても、行動に移せない方がいらっしゃいます。そういう時は、「氣が出ていない」時であり、姿勢も崩れていて、心身不統一な状態になっている時です。今日、私はご年配の方に積極的に席を譲ることが出来たので、氣が出ていること間違いなしという訳ですね(笑)。

藤平 光一先生はいつも「当たり前のことを当たり前にしなさい」とご指導下さいます。「房舎施」こそ、今は当たり前と感じる方は少ないかもしれませんが、その他の施しは当たり前に感じる方が多いのではないでしょうか。

昨今では、コミュニケーションの技術に関する本が多くありますが、まず、当たり前のことを当たり前に行うことが基本に思います。私も「無財の七施」を基準に自分の心をチェックしていきます。

皆さんもご一緒にチェックしてみませんか。

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2005/07/28

「待つ」という選択肢を持つ

私たちは一つの問題に直面した時、すぐに解決を図ろうとします。必要なことですが、時にそれは最良の選択ではないことがあります。

例えば、人間関係で問題が生じたとしましょう。焦って関係修復を試みると、かえって関係を悪化させます。

仕事で失敗をして、自分への信頼や評価が下がったとしましょう。焦って取り戻そうと試みると、さらに信頼や評価を失います。

お子さんや生徒、部下の心の状態で何か問題が生じたとしましょう。焦って解決しようと試みると、かえって状況が悪くなります。

人は自分にとって不都合なことがあると、その状況から逃れるために、何らかのアクションをしないと氣が済まないものです。自分にとって望ましくない状態を、一刻も早く取り除きたいのですね。その思いが焦りを生じ、いま本当にすべきことを見誤らせるのです。私も何度となく経験しています。

問題の解決には、「待つ」という究極の選択肢があります。何かをすることでかえって状況が悪くなるときは、状況をじっと見て、そのまま「待つ」ということが重要です。

ただし、「待つ」とは「問題解決を放棄する」ことではありません。問題解決にしっかり氣を向けて、自分が出来る努力は継続しながら、状況が自然に変わるのをじっと待つということです。時が問題解決をすることも少なくありません。

「待つ」ためには強い心、すなわち心の静まった状態が必要です。少しでも弱氣になると、何かしていないと落ち着かないものです。

先ほどの例で言いますと、人間関係で問題が生じたときには、相手に謝るだけではなく、自分の悪かった行動をあらためて、あとは、相手の心の状態が変わるのを「待つ」ことが重要です。あらためることよりも、許してもらいたい氣持ちが先に立つと、人間関係はさらに悪くなってしまいます。

仕事で失敗して、周囲から信頼や評価を失ってしまったときは、周囲のご機嫌を取って、心証を回復させようとするのではなく、自分の悪い点を言葉ではなく行動で直すことが大切です。その上で、あとはじっと「待つ」だけです。たとえ時間はかかっても、それが信頼や評価を回復させる最短の道です。

お子さんや生徒、部下の心の状態に問題が生じたときは、焦って相手の状態を変えるのではなく、自分がプラスの心で相手に接し、相手が自分自身の力で間違いに氣づくことを「待つ」ことが重要です。氣づきには一定の時間が必要で、氣づきを「待つ」ことが重要です。それを自分の思い通りに相手を変えようとすると状況は悪化します。

「待つだけ待っても、相手が変わらなかったらどうするのか」と、心配に思う方がいらっしゃるかもしれません。実はこの考えこそ、「待つ」ことを難しくしてしまっている最大の原因なのです。

重要なことなので繰り返しますが、「待つ」とは「問題解決を放棄する」ことではありません。相手を先に変えようとするのではなく、まず自分に出来ることから始めて、相手の氣づきや変化を待つことが不可欠です。自分自身もそうであるように、相手の状況や心の状態が変化するには、一定の時間が必要ですね。

日常生活で心をしずめることを学ぶことで、心のコントロールを体得し、常に「待つ」という選択肢を持つことができます。ご一緒に学んで参りましょう。

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2005/07/21

言葉の意味を明確にする

先日、ご親切な会員の方が私に教えて下さったのですが、ある件で本部スタッフの応対が悪かったことを知りました。すぐに事実を確認したところ、ご指摘通りに氣配りに欠けた応対でした。教えて下さった方にお詫びをした上で、スタッフと話し合いました。

そのスタッフは始め、自分の間違いが分からなかったようで、非を認めることが出来ませんでした。最終的には、そのスタッフも自分の間違いに氣がついたのですが、そこに至る過程で私に大きな氣づきがありました。

それは、スタッフと私で持っている「応対」の定義の違いでした。

始めそのスタッフは、「会員の皆さまのご要望に応えるために、自分はいつでも誠実に応対しています」と言っていました。全力を尽くしても、現実に会員の皆さまの心証を害しているので、それでは誠実に応対していることにはなりませんね。私には身勝手な言い分に聞こえたのですが、話を聞くうちに、このスタッフが大きな勘違いをしていることに氣がつきました。

私は、「応対」とは「言われる前に行動を起こす」ことと考えています。ご要望があったことに対して誠実にお応えするのは当然のことですが、会員の皆さまが何を求めていらっしゃるのか、その氣(心)を察して、出来る限り、ご要望として頂くまえに行動するように心がけています。別の言葉で言えば、いつでも会員の皆さまに氣を向けることによって、何を求めていらっしゃるかに氣がつくことが大切だと考えています。

一方で、スタッフは「言われてから行動を起こす」ことだと考えていました。「頂いたご要望に対して誠実に応える」と言えば聞こえは良いのですが、「ご要望がなければやらない」という姿勢でもあります。つまり、会員の皆さまからのご要望を受動的に捉えているだけで、自分から能動的にご要望を知る努力はしていなかった訳です。

これでは氣が出ているとは言えません。「応対が悪い」と教えて下さった会員の方が言われたかったことも、そのスタッフに積極的な氣配りに欠けていたことでした。

私は今までスタッフに「誠実な応対をしなさい」とだけ言ってきました。しかし、スタッフはその「応対」の意味を違って理解していました。いくら言葉で伝えても、相手が言葉の意味を違って理解していては、正しく伝わらないのは当然のことです。今回のことを通して、使っている言葉の意味を相手が正しく理解しているか、また、形だけではなく氣(心)のことまで理解しているかを確認することが、伝える上で重要なことだとあらためて考えさせられました。

一般的に良く使われる言葉の一つに「頑張りなさい」がありますが、「頑張りなさい」とは、一体「何を」「どの様に」することなのか。それをはっきりさせて初めて、はっきり心を使うことが出来ます。

「言ってあったのに、何故やらないの?」というシチュエーションは、どこの職場であっても少なからずあることだと思います。相手がやらないことを責めるだけではなく、自分の使っている言葉を、相手が正しく理解しているか確認をすることが重要ですね。

これもまた、日常生活での氣の学びの一つです。

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2005/07/14

家庭内での氣の交流

先日、30代の夫婦のご主人から、夫婦仲について相談を受けました。相談の内容は「夫婦仲が険悪」ということでした。

ご主人は始め、奥さんの態度で我慢できないことを話されていましたが、仕事ばかりで家庭を顧みなかった自分の非も認めていました。

関係を修復したくても会話がなく、関係修復の糸口もつかめない様子で、残されている道は、あとは離婚だけだと落ち込んでいました。

「夫婦喧嘩は犬もくわない」と言いますから、夫婦仲に口を出すのではなく、まずご主人に私が指導する氣のクラスに出席頂きました。

そのクラスのテーマは、心身一如と心身分離について理解をした上で、何事をするにも相手に氣を向けて行動することを学ぶことでした。

挨拶や会話において、心身一如と心身分離の状態を体験頂いたところ、ご主人が「ああ!そうだったんだ!」と声をあげました。

講習後にお話を伺うと、ご主人は奥さんの話を聞く努力はしていても、心の中では「面倒くさいな」と思い、氣を向けていなかったそうです。そういう時は決まって奥さんは不機嫌になり、喧嘩になったそうです。

また、家を出るときに「行ってくる」という際も、奥さんの方を見ずに、奥さんに氣を向けずに言葉を発していたそうです。そのうちに、奥さんも玄関先まで見送ることがなくなったそうです。

ご主人は、自分が氣を向けずに形だけをしていたことに氣がついて、思わず声をあげてしまったのです。

最後に「相手に求める前にまず自分が変わる」ことをお伝えしました。せっかく氣づいたことも、相手に求めることが先になってしまうと逆効果だからです。

「分かりました」とご主人が言われてから1ヶ月・・・。ご主人から私に1通のメールを頂きました。

奥さんに氣をしっかり向けて話を聞き、氣をしっかり向けて挨拶し、作ってくれた料理にもしっかり氣を向けて味わうことによって、奥さんとの会話が戻ってきたとのことでした。どうやら離婚をせずに済んだようです。

「氣を向ける」ということは、あまりにもシンプルなことなので、多くの方は知るだけで、行動を起こそうとしません。氣を向けて行動するだけでコミュニケーションは劇的に変化します。互いに氣を向けるからこそ、そこに氣(心)の交流が生まれます。

そのことに、あらためて「氣づき」を頂いた出来事でした。

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2005/07/07

相手の立場に立つ(2)

「相手の立場に立つ」の「立つ」とは、頭の中でイメージすることではなく、実際に行動を起こすことだと先週号でお伝えしました。多くの反響を頂き、また、日常生活での応用について質問を頂きました。そこで、引き続き「相手の立場に立つ」ことについてお伝えします。

「相手の立場に立つ」具体的な行動は、「知ること」と「理解すること」です。

日常生活や仕事場での人間関係で、「嫌な人だな」と感じてしまったり、苦手に感じてしまう人はいるはずです。マイナスな言葉をかけられたり、無神経なことを言われたり、好意を台無しにされたりすると、誰でも「関わりたくない」と思います。付き合わずに済む人であれば、付き合う必要はないかもしれませんが、職場の上司であったり、ご近所の方であったり、自分の意思で付き合いを避けることが難しいことが多いですね。

嫌な人と過ごすことは、大きなストレスになりやすいものです。私たちは、嫌な人と過ごす時間を何とか最小限にしようとします。会話も出来るだけしないようにしますね(笑)。しかし、これが人間関係をさらに悪くする最悪の選択なのです。なぜならば、相手に氣を向けないことで氣の交流が断絶するからです。その結果、さらに相手の心の状態を知ることが難しくなってしまいます。氣を向けなければ、相手のことに何一つ氣がつかなくなります。

そこで、「相手の立場に立つ」ことが活きてきます。

嫌な相手であっても、まず氣をしっかり向けることが大切です。そして、氣を向ける具体的な動作が「相手のことを知る」ことです。その人が何を大切にしているのか、どんな環境で育ってきたのか、現在どんな環境で生きているのかを知ることです。そうすると、その人の嫌な言動が一体何から生じているのか、自然に理解をし始めます。

一旦、理解が始まると、環境は今までと何一つ変わっていないのに、自分の中にその人の存在を受け入れるゆとりが生まれます。環境を変えるのではなく、自分の受け止め方が変わる訳です。相手を受け入れた結果、相手の心が徐々にプラスに変わっていき、相手の言動がプラスに変わってきた事例は数え切れないほどあります。天地自然の理の一つです。

間違いやすい点を幾つか確認しますね。

まず、自分が変わるとは、相手の嫌な言動が喜びになることではなく、それを受け入れて、自分の中でプラスに転ずることです。マイナスをプラスに感じてしまったら大変なことです(笑)。

それともう一つ、努力の結果どうしても相手が変わらないのであれば、どんなにしがらみがあっても、「付き合わない」という選択肢もあります。それが分かっていると、心にゆとりを持って努力をすることが出来ます。

ご一緒に取り組んで参りましょう。

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2005/06/23

自分と相手を相対的にとらえず一体となり動く

私はいま、ラスベガスで全米講習会の指導をしています。参加者の真剣に学ばれる姿勢に私も大変刺激を受けております。

さて、心身統一合氣道を学ぶ上で理解をすべき重要な原理原則に、「自分と相手を相対的にとらえず一体となり動く」があります。

私たちは多くの場合、「自分」と「相手」を相対的に認識しています。それ自体は必要なことであって、決して悪いことではありませんが、相対的な見方だけにとらわれてしまうと不具合が生じます。

相手を動かす際に、「自分」と「相手」を相対的に分けて考えていると、「自分が相手を押す」動作になります。相手は押されると反発する心が生じて、動かすのは難しくなります。

一方で、「自分」と「相手」ではなく「自分と相手が一体」と考えると、「一緒に動く」動作になります。一緒に動けば相手には反発する心は生じないので楽に導けます。

一例を挙げましょう。

介護や看護の現場では、ケアする人が患者の身体を動かすことがあります。その際に「相手を動かそう」とすると、動かす動作に無理な力が入って、患者の心には反発が生じます。動かすのは重労働になって、ケアする方にとって大きな負担になります。ケアを受ける人も氣持ち良くありません。

一方で「一緒に動こう」とすると、動かす動作で余分な力が入らず、患者の心には反発は生じません。そうすることで、ケアする人の動作は驚くほど楽になります。そもそも、ケアを受ける人も氣持ち良くケアを受けられます。

つまり、自分の心の質によって自分の動作の質も変わります。これを日常生活に応用すると「人の導き方」に繋がります。

これも一例を挙げましょう。

後片付けをしないお子さんに、「後片付けしなさい」と言いますね。しかし、親御さんが全く後片付けをする氣がなくて、子供だけにさせようとすると、子供の心には反発が生まれます。一方で「一緒に片付けようね」と、まず親御さんが動く氣になると、子供の心には反発を生じずに、子供にも動く氣が起きてきます。この「一緒にしよう」という心の使い方が極めて重要なのです。(ちなみに、今回の全米講習会のテーマでもあります)

多くの方が間違いやすいことなのですが、「一緒に動く」とは、「相手に合わせる」ことではありません。私たちは一人一人違う心・違う考え方・違う立場を持っています。それに全て合わせることは出来ません。無理して合わせたとしても、それは単なる八方美人ですね。

重要なことは、自分自身が天地自然の原理原則にしたがって、その上で「一緒に動く」ことが重要です。したがって、いくら「一緒に動こう」と心を使ったとしても、自分が天地自然の原理原則に合わない姿勢をしていては、相手を導くことは出来ません。

「人と一体になる」のではなく「天地と一体になる」ことです。

言葉でお伝えするには限界がありますので、初めての方は、ぜひ心身統一合氣道の講習会にお越し頂きたいと思います。

心身統一合氣道を通して、天地自然の原理原則を学ぶことで、私たちは視点の転換が起こります。日常生活で悩んでいたことが、稽古をして氣づきを得るうちに、見方が変わって解決してしまうことが良くあります。ご一緒に学んで参りましょう。

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2005/06/16

相手ではなく、まず自分をコントロールする

相手をコントロールするのではなく、自分の心と身体をコントロールする」、これは、心身統一合氣道を学ぶ上で重要な原理原則です。心身統一合氣道では、相手を動かしたり投げたりすることを考える前に、まず、自分の心と身体をコントロールします。

なぜでしょうか。

相手を導くのに、自分の姿勢が崩れてしまっては出来ないからです。姿勢と言っても、フィジカルな意味だけの姿勢ではありません。心の状態が安定してはじめて、身体の状態も安定をします。したがって、安定した姿勢を保つには自分のコントロールが必要です。

理屈は分かっていても、始めは相手を動かすことで精一杯になってしまい、自分の心と身体のコントロールを忘れている方がほとんどです。稽古を続けることによって、次第にコントロール出来るようになってきます。

心身統一合氣道の稽古によって「人を動かす」ことで視点が変わります。私には現在でも「相手を先に動かそう」という心が生じることがあります。しかし、原理原則を知っているので、その度に改めることが出来ます。私にとって心身統一合氣道の稽古は、心の状態の定期チェックとして、とても重要なのです。

日常生活では「相手を変える前にまず自分が変わる」ことです。

相手の姿は見ることは出来ますが、自分の姿を直接見ることは出来ません。自分の姿を知るには鏡に姿を映すか、誰かに教えてもらう必要があります。したがって、よほど氣をつけていないと、自分のことを棚に上げてしまって、相手のことだけにこだわりやすいのです。

一例を挙げましょう。

相手が自分に対してマイナスな表情、マイナスな態度で接したとしましょう。私たちは「なぜ、あの人はあんなにマイナスなのか」と考えがちなのですが、実は、相手に対する自分の表情や態度がマイナスなことがあります。相手をプラスに変えたいのであれば、まず自分がプラスになることです。

相手が自分の話を聞いてくれないときも、同じことが言えます。私たちは「なぜ、あの人はあんなに話を聞かないのか」と考えがちですが、実は日頃、自分が相手の話を聞いていないことがあります。相手に話を聞いて欲しければ、まず自分が相手の話を聞くことです。

私たちは、問題の原因を自分の中にではなく外に求める傾向があります。言い換えれば、「自分は悪くない」という考えです。上述の例で言えば、「マイナスな表情・態度を取った相手が悪い」とか、「話を聞かない相手が悪い」などですね。それは、そもそも自分の姿を直接自分の目で見ることが出来ないこと、身体の状態と違って心の状態には形がないことに原因があります。

しかし、心身統一合氣道の稽古で具体的に様々な技を学ぶことより、「自分を先に変える」という視点の転換が起こります。藤平 光一先生は、道場だけで通用する技は役に立たないと言われます。心身統一合氣道を通して得たことを、危険回避に活かすのは勿論のこと、生き方そのものに活かしてはじめて意味があるということです。

ご一緒に学んで参りましょう。

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2005/06/09

心が身体を動かす

心身統一合氣道を正しく学ぶ上で、最も重要な原理の一つが、「心が身体(からだ)を動かす」(氣の原理)です。

合氣道では相手の身体を投げます。そのため、合氣道を学ぶ多くの方が、目に見える身体のみを考え、目に見えない心の存在を忘れがちです。心の存在を忘れてしまっては、心身統一合氣道は出来ません。身体は見たり触れたりすることで、その存在を確かめられますが、心は色も形もないので、あるのは分かっていても忘れがちです。

誰でも「人を自分の思い通りに動かしたい」という欲求があります。その心のままに、合氣道で無理に相手の身体を投げようとすれば、相手の心は抵抗して、そこには必ず反発する力が生じます。相手の心を無視しては、投げるどころか動かすことも出来ません。

「心が身体を動かす」(氣の原理)に基づいて合氣道の技を行えば、相手の身体を投げることを考える前に、相手の心の状態を知って、その心を尊重して導くことを考えなければいけません。相手は望むことであれば抵抗はしませんし、反発も生じません。

心身統一合氣道の技を正しく行うと、「投げて喜び、投げられて喜び」、投げる方も投げられる方もプラスの感情だけが残ります。

心身統一合氣道を通して体得したことは、そのまま日常生活で活用することが出来ます。心身統一合氣道の稽古が深まってくると、「身体」を中心とした視点から、「心」を中心とした視点に転換します。そうすると、挨拶をするとき、言葉をかけるとき、お辞儀をするときなど、日常で自分がいかに形(身体)だけの行動が多いか氣づかされます。

人を育てる上においても、相手の行動を変えることを考えるのではなく、その行動を起こす相手の心の状態を変えることを考えられます。

問題解決においても、問題が生じた結果だけを論じるのではなく、問題が起こす元になった心の状態を考えるようになります。

この視点の転換が極めて重要で、ひとたび視点の転換があると、自分自身のこと、自分と他人との関わりで多くの氣づきを得られます。自分の姿勢や動作、コミュニケーションが劇的に変化します。

心身統一合氣道を通して「心が身体を動かす」(氣の原理)を理解し、日常生活で氣の原理を活用することが大切です。1953年に藤平光一先生が初めて海外に合氣道を普及し始めてから、多くの海外のお弟子さんは、視点の転換を求めて入門をしました。だからこそ、50年以上も継続して学んでいる方が多くいらっしゃるのです。

私も日々、氣づきの連続です。

「心が身体を動かす」ことを別の角度から見てみましょう。

「身体が心を動かす」という考え方も出来ます。もしそうであれば、心は常に外界からの刺激によって支配され、心は一瞬たりとも落ち着く暇はありません。もうすぐ夏ですが、蒸し暑いとイライラするのは最たる例です。忙しくなるとイライラして、周囲への心配りが欠けてしまうのも、身体の感じる刺激に自分の心が支配されている例です。

「心が身体を動かす」という考え方を持って生活を送るのと、「身体が心を動かす」という考え方を持って生活を送るのでは、生じる感情、生じる行動、生じる結果が全て変わってきます。皆さんはどちらを選択されますか。

今回のテーマの実例を、近日私のブログでご紹介しますね。

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2005/06/02

感情のコントロール

感情のコントロールについて、多くの方からご質問を頂きます。「感情的(怒った時・落ち込んだ時・緊張した時など)になった時、なかなか心を静めることが出来ない」という質問です。

それも感情のコントロールとして大切なことではあるのですが、実は、感情的になってから心を静めるのでは遅すぎるのです。言ってみれば、それは「応急処置」に過ぎません。天地自然をどの様にとらえるかによって、生じる感情は違います。そもそも、感情的な心の状態を生じないとらえ方をすることが、本当の意味での感情のコントロールです。

私たちは常に五感(六感)を通して、天地自然を知覚しています。したがって、天地自然のとらえ方は私たち一人一人で違う訳です。

天地自然をプラスにとらえる人も、マイナスにとらえる人もいます。どちらが正しく、どちらが間違っているとは言えません。しかし、プラスにとらえることによって結果もプラスになるのですから、マイナスにとらえて、結果だけプラスを求めるのは間違っています。こうしてお伝えすると「当たり前のことだ」とお感じになるかもしれませんが、実生活で私たちはこの不合理を氣づかずに行っています。

川の流れで言えば、上流にある「物事のとらえ方」を変えることで、下流にある「感情」のコントロールが出来ます。下流を綺麗にするためには、上流を綺麗にする必要があるのです。

一例を挙げましょう。病氣や怪我をしたとします。多くの方は「何で自分ばかりこんな目に遭うのか」とか「不運だ」など、病氣や怪我に対してマイナスな感情を持ってしまいます。マイナスな感情を持っているときは、「氣が出ていない」状態であり、病氣や怪我を通して得るのは不満だけで氣づきはありません。

一方で病氣や怪我のとらえ方が違うと、生じる感情も違ってきます。病氣や怪我を「自分に何かを教えてくれている」ととらえていると、病氣や怪我を通して健康時には得られない多くの氣づきを得ます。

ある方は、忙しさのあまり家族へ氣を向けていない事実に氣づき、家族にしっかり氣を向けるようになるでしょう。

ある方は、健康があってこその仕事であることに氣づき、日常生活での優先順位を見直すでしょう。

ある方は、氣の呼吸法や氣圧法に本氣になって取り組むことで、他の何事にも代えられない実体験を得るでしょう。

病氣や怪我そのものは、決してプラスな出来事では言えませんが、そのとらえ方によっては、プラスの氣づきが得られるのです。そこには不満どころか、氣づきに対する感謝の心が生じます。

腹が立ったり、落ち込んだり、緊張をしたりした時は、その感情をコントロールすることも大切な試みではあるのですが、感情的になった自分の「物事のとらえ方」を振り返ってみましょう。そのとらえ方が、プラスで氣が出ているかどうか確認をしましょう。もし、マイナスであればプラスに転換する努力をしましょう。それには、先人の残した優れたとらえ方が道しるべとなります。氣の学びの中にも、多くのプラスのとらえ方があります。

氣の呼吸法は、生じた感情のコントロールにも効果がありますが、日頃から行うことで、プラスなとらえ方そのものが身に付きます。それこそ、氣の呼吸法の真価と言えます。

最後に、とても多い勘違いについて補足をさせて頂きます。「天地自然をプラスにとらえる」ということは、「自分の都合の良いようにとらえる」ことではありません。自分にだけしか通用しないプラスは、正しいプラスではありません。自他ともにプラスになるとらえ方こそ正しいプラスです。

ご一緒に、本当の意味でのプラスなとらえ方を身に付けましょう。

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2005/05/26

氣が出ている

氣に関するワークショップや講演会、心身統一合氣道の指導などで、私は年間で300日以上、氣をお伝えする機会があります。

何年か前までは参加者の反応の大きいときと小さいときがありました。勿論、多少の違いがあるのは当然ですが、それが極端だったのです。その違いについて、はじめ私は参加者の問題だと考えていました。反応が大きいかどうかは参加者の求める姿勢に因ると思っていました。しかし、それは大きな間違いでした。

何年か前の話ですが、大規模なワークショップで指導する機会を頂き、5日間の日程でお伝えしたことがあります。

当時の私は実力が全く至っておらず(今も発展途上ではありますが)、参加者の皆さまに満足頂けるようなレベルではありませんでした。しかし、機会を頂いた以上、参加者の皆さまが喜ばれることだけを考え、「余力は絶対に残さない」と、とにかく必死で指導させて頂きました。

すると結果は、割れんばかりの拍手を頂いて大盛況に終わりました。「この時間が終わってしまうのが残念」という声があちらこちらから聞こえました。

無事に初日を終えてホッとした訳ですが、多少なりとも成功体験を得て、二日目を迎えました。(参加者の顔ぶれは二日目も同じです)初日よりは精神的にゆとりがありましたので、一日がスムーズでした。ところが、初日と打って変わって良い反応がほとんどありませんでした。ショックを受けた私は、また初日のような精神状態に戻ってしまって、とにかく「余力を残さない」ことだけ考えて、全力でお伝えしました。すると、3日目は初日と同じような大きな反応を頂きました。

「・・・・・これには何か法則があるぞ」。そこで、私の中に大きな氣づきがありました。

お伝えする際に「人の心を動かす」のは、唯一「人の心」だけです。誰もが唸るような技術を身に付けることも重要ではあるのですが、最も重要なのは、「いつでも全力で事に臨むこと」だったのです。その状態こそ、藤平光一先生が言われる「氣が出ている」状態です。思い返せば、2日目の私の心の状態には安心と油断がありました。それに氣づいた後、残りの日程は盛況に終えることが出来ました。

藤平光一先生はこの様に言われます。「技が至るのを上手と言い、心が至るのを名人と言う」。どんなに高い技術があっても、心の使い方がいい加減であっては、名人とは呼ばれない訳です。

それ以来、私は指導させて頂く前にまず氣の呼吸法で心をしずめ、いつでも同じ心の状態でお伝えするように心がけています。いつでも全力、つまり「氣が出ている状態」かをチェックしています。

お伝えすることは、舞台で演じることと同じだと私は感じています。演じ手の心が伝わってきたとき、観客の心に感動が生まれます。技術や形が素晴らしいだけでは、感動は決して生まれません。心からお伝えすることによって、はじめて相手に伝わっていきます。その結果、氣が通い合って一体感が生まれます。

多くの場合、毎日の挨拶ですら同じ心の状態では行っていません。ともすると、いい加減な挨拶になりやすいものです。一つのことを行うのに、いつも同じ心の状態で行っているかどうか、全力で行っているかどうか、チェックすることが極めて重要なのです。

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2005/05/19

言葉の質

私たちが発する言葉には質があります。言い換えれば、氣が入った言葉と氣が入らない言葉があります。

「ありがとう」という言葉を相手にかけるとしましょう。その時に、心から相手に感謝をして「ありがとう」と言葉を発するのと、習慣的に心をはっきり使わずに「ありがとう」と言葉を発するのでは、相手への心の伝わり方が違いますね。

心で本当に感謝をして「ありがとう」と言葉を発している状態は、心の状態と身体の状態が一致した「心身一如」と言えますね。心身一如の状態を「氣が出ている」「氣が入っている」と言います。

一方で、心では感謝していないのに形だけ感謝の言葉を発するのは、心の状態と身体の状態が分離した「心身分離」と言えます。心身分離の状態を「氣が引っ込んでいる」「氣が入っていない」と言います。

先週、東北新幹線の車中で、このような面白い(?)会話を耳にしました。どうやら仕事帰りの同じ会社の先輩・後輩のようでした。

先輩 「今回のミスは、君にも責任があるんだよ」
後輩 「(投げやりに)分かっています」

先輩 「なんだその態度は?」
後輩 「分かったから分かったと言っただけです」

先輩 「ミスをしたのに反省はしていないの?」
後輩 「私が謝ればいいんですね?すみませんでした!」

先輩 「(怒って)そういうことじゃないだろう?」
後輩 「謝っているんだから、いいじゃないですか」

いかがでしょうか。私たちの日常でも同じような場面がありませんか。

後輩は確かに「すみませんでした」とお詫びの言葉を発しています。しかし、心の中では納得しておらず自分の非は認めていませんね。つまり、形だけ謝っていることがお分かりだと思います。心(氣)のことを忘れた心のないお詫びに、この先輩は腹を立てた訳です。

このやり取りを見て、私は自分の日常の言葉を振り返ってみました。思った以上に心をはっきりと使わずに発する言葉があるんですね。特に家の外では注意をしていても、家の中で甘えが通じる相手だと、心の使い方がいい加減になり易いものです。家族や友人など、身近な人ほど氣を付けなければいけません。

相手に感謝する言葉、相手を励ます言葉、相手を労う言葉、相手を心配する言葉、相手を誉める言葉、相手を注意する言葉。そのどれもが、氣が入った言葉でなければ意味がありません。心(氣)は実在します。心にないことをいくら言葉で発しても、心は伝わらないからです。

一つ一つの言葉を発する際に、きちんと心(氣)をはっきり用いることが、日常生活で最も簡単に実践できる「氣の訓練」なのです。

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2005/05/12

睡眠の質

人間にとって、無くてはならないものは「睡眠」です。

睡眠には量だけではなく質があります。長時間睡眠を取っても、良い睡眠を得られるとは限りません。質の高い睡眠を得るには、心(氣)の使い方が大切なのです。

藤平 光一先生はいつもこの様にご指導下さいます。

一日、外出をしてくれば、氣づかないうちに身体は汚れます。そのため休む前にはお風呂やシャワーで汚れを落とします。心も同じことです。一日過ごしていれば、マイナスなことにも接しますね。氣づかないうちに心はその影響を受けています。身体と同じように、心が受けたマイナスをしっかり洗い流して、心がしずまった状態で休む必要があるのです。

心をしずめるのに最も良い方法の一つが「氣の呼吸法」です。お休みになる前に、毎日、少なくとも15分は行ってみて下さい。氣の呼吸法をして休んだ夜と、さぼって休んだ夜を比較すれば、「氣の呼吸法」がいかに効果があるか実感することが出来ます。

さらに、「命令暗示法」を行うと効果は倍増です。方法は簡単で、鏡の前に立ち、鏡に映る自分に命令するだけです。中には「そんな単純なことで」と言われる方がいらっしゃるのですが、実際に行ってみると、その効果には驚かされます。

一例を挙げましょう。

「お前は明日、○時にパッと目が覚める」と一言、自分に言葉をかけて、あとは時間のことは忘れて休みます。「明日、○時に起きなければならない」「○時間しか寝られない」など、心をマイナスに使って休む方が多くいらっしゃいますが、その様な心の状態で休んでも、休んだ氣がしませんね。

命令暗示法をして休んだ夜と、さぼって休んだ夜を比較して下さい。朝の目覚めが違うことを実感できます。心をはっきり使って休むだけで、睡眠の質は高くなるのです。

最後に、朝の目覚め方です。

心身一如の状態で起きるためには、「二度寝をしない」ことです。「起きなければ」「でも、寝ていたい」という心の状態は心身分離です。心身分離の状態では、身体は疲れやすくなります。二度寝しながら「氣持ちいい」と感じるのは錯覚なんですね。

一度で起きたときと、二度寝をしたときで目覚めを比較して下さい。そうすると、二度寝がいかに身体を疲れさせるか実感できます。

心(氣)は色もなく形もないので目に見えません。目に見えない心(氣)の使い方を正しく身に付けるためには、「実践」と「検証」を繰り返すことが重要です。知識ではなく、実際に行ってみることで初めて身に付きます。

特に、睡眠の質は休む前にほぼ勝負が決まっています。私も氣を通して睡眠の質を考えるようになって、質の高い睡眠が得られるようになりました。現在でも、睡眠2~3時間ということもありますが、同じ少ない時間でも、とてもスッキリ目覚めることが出来ます。

下記に、私がセミナーでお伝えしていることをまとめてみました。実に多くの皆さまが睡眠の質を改善なさっています。質の高い睡眠を得るために実践・検証にお役立て下さい。

質の高い睡眠を得るには?

  1. お休みになる前に氣の呼吸法を行う(心をしずめる)
  2. お休みになる直前に命令暗示法を行う(心をプラスにする)
  3. お休みになる前の3時間は食事を取らない
  4. お休みになる直前の入浴は避ける
  5. 自己氣圧(肩・首・足など)
  6. 頭寒足熱(そけい部の自己氣圧など)
  7. 朝日を浴びる
  8. 二度寝をしない
  9. 日中、身体を十分に使う
  10. 日中、昼寝をし過ぎない

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2005/05/05

相手の立場に立って伝える

人間の学習効果を研究した「ラーニング・ピラミッド」という話があります。(参考資料:ラーニング・ピラミッド

下記の学習方法において、下の項目になる程その効果が高くなります。項目の右横のパーセンテイジは学習率です。

  • (双方向ではない)講義を受ける(5%)
  • 本を読む(10%)
  • 映像や音声による教材で学ぶ(20%)
  • 実演を見る(30%)
  • グループディスカッションをする(50%)
  • 実際に行ってみる(75%)
  • 学んだことを他の人に教える(90%)

最も学習効果が高いのは、「学んだことを他の人に教える」ことです。

この話を知る前から、私は氣の学習や心身統一合氣道の稽古において、時間の最後に、学んだことを生徒間で互いに教え合って頂いていました。(理論的ではなく、指導の現場から体験的に得て行っていたことでした)

実は、学んだことを他の人に伝えることにも質(Quality)があります。5/1~5/5の5日間の日程で、氣の郷で氣の健康学院・スクーリングが開催されましたが、これこそ今回のスクーリングのテーマでした。(私は初日と3日目に指導をさせて頂きました)

「指導する」とは「(伝える)相手に氣づきが生まれるように伝えること」、藤平 光一先生はこのように定義をなさっています。

指導というと、自分の知識や経験を相手に伝えることと思いがちですが、自分の言いたいことをただ言うことではありません。特に慣れていない方は、自分の知っていることを全て伝えようとします。そうすると、教わる方は混乱をしてしまって正しく理解が出来ません。

つまり相手の状況を見て、相手の立場に立って伝える必要があります。それには相手の状態を注意深く見る能力が不可欠です。

特に相手が理解していなときは、必ず不安な氣を発しています。相手に氣づきがあるときは、何とも言えないプラスな氣を発しています。

自分の伝えていることに対して、相手がどの様な反応を示しているか、相手の「氣」を感じ取ることが最高の氣の学習になるのです。

それに、相手が自分が想定した通りに理解をして下さるとは限りません。むしろ、想定通りに進むことの方が稀ですね。常に想定外です(笑)。自分の思い通りに相手に理解をして頂けないと、そこに焦りが生じて、動揺をしたり感情的になったりすることも少なくありません。そういう時こそ、臍下の一点に心をしずめて臨機応変が必要です。

指導者になってから十年、年間を通して半分以上は指導をしています。しかし、現在に至るまで、毎回「慣れる」ということはありません。お伝えをする度に氣づきがあって、とても幸せに感じております。

氣の学習を深めるために、ご一緒に「正しく」お伝えして参りましょう。

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2005/04/21

竹斬りの行

氣の郷では、竹の子が顔を出し始めています。

この時期のセミナー等で、氣の郷にてお食事を召し上がりますと、竹の子ご飯や竹の子の煮物など、旬を存分にお楽しみ頂けます。 ときどき大きな石の下で竹が伸び、石を持ち上げていることがあります。竹の生命力には驚かされるばかりです。

また、この時期は「竹斬りの行」のシーズンでもあります。 「竹斬りの行」は、もともと中村天風先生がなさっていたものです。藤平 光一先生が天風先生より与えられた3つの課題の一つです。ちなみに、藤平 光一先生は一度でこの課題をクリアされました。その後、誰でも出来るように藤平 光一先生がまとめられました。

竹斬りの行では、竹の両端を和紙で支え、その竹を木剣で斬ります。(その和紙はさらにナイフで支えられています) 「斬ろう」と少しでも力むと、木剣が竹に触れた瞬間に和紙が切れて、竹はヒビひとつ入らずに落ちてしまいます。 一方で、完全にリラックスをして、心をはっきりと用いて竹を斬ると、和紙は切れずに竹だけが斬れるのです。心の使い方によって、竹が斬れたり斬れなかったりするのです。

ちなみに竹の両端を持って手で折ろうとしてもなかなか折れません。折れたとしても、竹にヒビが入って割れてしまい写真のようには斬ることは出来ません。

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この「竹斬りの行」を通して、

・ 心を積極的に使うことが理屈でなく身体で分かります
・ 大事な場面でもリラックスして臨むことを体験できます
正しい姿勢と正しいリラックスが身に付きます
表面的な理解ではなく、本質を見る能力が向上します

最大の特長は、年齢・男女・経験を問わず誰でも出来ることです。過去のセミナーでは、9歳のお子さんから84歳のご年配の方まで、また、初めての方でも見事に竹を斬っています。 一方で、竹斬りの行の経験者であっても、武道の心得があっても、心をいい加減に使うと竹を斬ることはできないのです。

私はデモンストレーションで、今までに30回以上竹斬りをしました。本番では一度も失敗していませんが、あるとき練習を試みた際に、全く斬ることが出来なかったことがあります。(ショックでした!) 「練習だから」と氣が緩み、心をはっきり使わなかったためです。「100回のいい加減」よりも「1回の真剣」の重要性を実感しました。私にとって大きな氣づきで、その後は氣を抜かなくなりました。

藤平 光一先生は「竹を斬っても人間的に何も偉くない」と言われます。 竹を斬ることそのものが目的なのではなく、この竹斬りの行を通して、心を積極的に用いる重要性を知り、また正しいリラックスを体得して、それを日常生活で活用することが目的です。

「竹斬りの行」では本当に多くの氣づきが得られます。

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2005/03/24

氣を向けて話を聞く

コミュニケーションの基本は話をしっかり聞くことです。ところが、「自分は人の話をしっかり聞いている」という方ほど、実際には話を聞いていないことが多いのです。

私たちは、どんなときに話を聞けないのでしょうか。

「自分の言っていることだけが正しい」と思い込んでいる時は、相手の話を遮って自分の主張を押し通しますね。

また、「自分がすでに知っている話だ」と思い込んでいる時も、相手の話を最後まで聞かないものです。

考え事をしていたり、他のことに心を奪われていたりすると、相手の話をいい加減に聞いていますね。

焦っていたり、相手が恐い人で緊張して萎縮していたりすると、相手の言っていることを理解できませんね。

身体が疲労しきっている時も、心にゆとりがなくなって、相手の話を聞く氣持ちが起きないことがあります。

相手に対して感情的になっている時もそうですね。相手の話が要領を得ずにイライラしても同じことです。

「話を聞けない」ことは、全て心の状態の表れです。

「話を聞かない」悪習は、特に身内に対して顕著に表れます。私も会員の皆さまのお話はしっかり伺う努力をしていますが、家庭内で妻との会話になると、うっかりしてしまうのです。しかし、氣を学んでいるお陰で、その都度あらためています。

人間の脳機能は使用しない部位から退化するそうです。話をしっかり聞く習慣がないと、その機能は弱くなってきます。自分でも氣がつかないうちに、話を聞けなくなってしまいます。こわい話です。

「話を聞く」ことにも質があります。

相手の心を受け入れる氣持ちを持って相手の話を聞けば、氣(氣持ち)をしっかり相手に向け話を聞くことが出来ます。先入観を持たずに、何かに心がとらわれなくなってきます。

日常生活で氣を活用する方法は沢山ありますが、「話をしっかり聞く」ことが最も身近で大切と考えています。身近ということは、誤魔化しがきかないということですね。

あらためて、ご一緒に取り組んで参りませんか。

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2005/03/17

氣の呼吸法

最も氣づきにくいこと、それは自分自身のことです。自分自身の姿を直接見ることは出来ないからです。自分自身の姿を知るには、鏡に自分の姿を映し出すか、誰かから自分の姿を教えてもらうしかありません。

これは日々のコンディッションでも同じことが言えます。

私たちには、自分でも氣がつかない心の状態の変化や、体調の変化が現れています。同じように過ごしているようでも、日々、状態は違います。

「今日はやること全てがうまくいく」と思う日があれば、「今日は何をやってもうまくいかない」という日もありますね。それは自分の周囲で起こる出来事だけが原因なのではなく、自分自身のコンディッションの変化に因ることが多いのです。

例えば、私たちが何かを食べて「まずい!」と感じる時は、実際にその料理がまずいことも多々あるのですが(笑)、自分自身のコンディッションが優れないこともあるのですね。

その微妙なコンディッションの変化を感じ取ることが大切で、風邪を引く前に、用心をして身体を休めることができますし、ひどくマイナスな心の状態に陥る前に自分で対処できます。

それでは実際にどうすれば正確に感じ取れるのでしょうか。

それは、「氣の呼吸法」によるチェックです。

氣の呼吸法を毎日欠かさず決まった時間数を行っていますと、呼吸をしやすい時と、どうしても呼吸をしにくい時があります。呼吸をしにくいときは、体調の悪くなる前兆であったり、自分では氣がつかないうちにストレスを受けていたりします。時には、身に及ぶトラブルまで察知することができます。

氣の呼吸法を行うことで、全身の血液の循環が良くなって、生命力が活発になることは勿論なのですが、自分自身の心と身体の状態の変化に氣づくことが出来ます。

藤平 光一先生の弟子に有名なピアニストがいますが、その方はピアノの前に坐ると、まず氣の呼吸法をされます。いつも同じレベルの演奏をするためには、心の状態を知って、心をしずめてから演奏をすることが大切なのだそうです。

経営、教育、芸術、スポーツ、日常生活のどの分野でも、いつでも静まった心の状態で取り組むことが重要です。

ご一緒に氣の呼吸法を実践して参りましょう!

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2005/03/10

氣を抜かない

2月下旬に氣の健康学院のスクーリングが氣の郷で行われました。4泊5日のセミナーで、私たちにとって大きなイベントの一つでした。

今回は氣の郷のスタッフが3人も風邪でダウンしていました。ダウンしたスタッフは皆、スクーリング前に別の大きな仕事があり、それぞれ無事にやり遂げ、ほっとして休みを取っていたところでした。

藤平 光一先生は「風邪を引く」とは、文字通り「風邪」を「引く」こと、つまり自分から風邪を引き込んでいると言われます。英語で言えば、"catch a cold"ですから同じことです。

風邪を引くことは仕方がないと思っている方が意外に多いのですが、決して当たり前のことではありません。そう思ってしまいますと、これがまたよく引き込むんですね。

本当の一大事の時には、私達は風邪を引くことはあまりありません。むしろ休みを取った時、大きな事が終わった後に風邪を引きやすく、せっかくの休みを寝て過ごす人が少なくありませんね。皆さんも、おそらく同様のご体験をお持ちではないでしょうか。

これは「氣(氣持ち)が抜ける」ことが原因です。私たちは何か一つのことを終えると氣が抜ける習慣があります。大切なことは、氣(氣持ち)の切り替えです。一つのことが終わったら、次のことに氣を向けることが大切です。休みを取るならば、氣を向けてからゆっくり取れば良いのです。

一例を挙げますと、週末にお休みをお取りになる方であれば、休み明けの仕事に氣を向けて、段取りをしてから休みを取ります。そして、休みの間は仕事のことで頭をいっぱいにする必要はなくて、今度は100%休みに氣を向けて休みを過ごせば良い訳です。

藤平光一先生は戦地から無事に帰国して、自宅に戻ってから、休むことなく翌日から畑仕事をしたそうです。それは、戦地という過酷な環境から戻り氣を抜くことによって、身体に大きな影響が出ることが分かっていたからです。事実、戦地から戻ってから温泉に行って静養をした人の中には、徐々に衰弱して亡くなってしまった方が少なくなかったそうです。

日常生活でのちょっとした氣の使い方ですが効果は絶大です。私は一年に何度も風邪を引いていましたが、氣を抜かないことと、氣の呼吸法によって、ここ数年は風邪でダウンしなくなりました。

ご多忙な方ほど、是非お試し頂きたいと思います。

氣の学びは知識レベルであっては意味がありません。まずは、スタッフである私たちがしっかり実践したいと思います。

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2005/02/10

変化に氣づく

先週、数年前にお会いした方とばったり顔を合わせました。氣の郷でのセミナーに一度お越しになった方でしたが、その時に比べて視線は下を向き、声も小さくなっていました。「ちょっとした変化」ではありましたが、すごく氣になったので、ゆっくりお話して近況を伺いました。

始めはためらっておられましたが、お話を全て伺ってみると、仕事上の大きなトラブルで落ち込んでしまったとのことでした。眠れない日が続いているために、日中は常に身体がだるく、何をするにもやる氣がなくなってしまったご様子でした。そんな状況が続けば、さらに大きな不調を来したと思います。幸いなことに、氣の呼吸法をその場ですぐお伝えしたところ、その日の晩からぐっすりお休みになれたそうです。

変化に氣がつかなければ、見過ごしてしまうところでした。こういう時に、氣の学びの成果を実感しています。

藤平光一先生は「心が身体を動かす」と指導されています。この様に書くと「そんなの当たり前」と思う方が多いのですが、その当たり前のことを私たちは見逃しているのです。「心の状態は全て身体の状態に表れている」ということです。あらゆる場面で活用できることですが、今回の場合で言えば、心の不調は何らかの変化として身体に表れているのです。

  • 顔色が悪くなる
  • 表情が暗くなる
  • 会話が少なくなる
  • イライラしやすくなる
  • 人の話を聞かなくなる
  • 不自然に明るくなる
  • 落ち着きがなくなる
  • 言葉遣いや態度が乱暴になる
  • ミスが多くなる
  • お酒やタバコの量が増える

これらは「身体の変化」だけではなく「心の変化」と言えます。私たちが、周囲の方のちょっとした変化に氣がつくためには、まず「氣が出ている」ことが大切です。挨拶をするのであれば、形だけではなく氣を向けて挨拶します。話を聞くのであれば、しっかり相手に氣を向けて話を聞きます。しっかり氣を向けることで、そこに氣づきが生まれるのです。

氣を引いている状態とは、相手に対して氣を向けるのではなく、自分に対してのみ氣を向けている状態です。周囲の氣を自分に引いているので、それでは氣づきませんね。

大きな問題が生じる前には、必ず心の状態が変化しています。どんな小さな変化でも見逃さないことで、問題を未然に防げます。

私は「氣を向ける訓練」として、毎日会う人・久しぶりに会う人で、先回会ってから「何が変化したか」を注意深く見ています。ただ、漠然とお会いしていると氣づかないことでも、心懸けてお会いすることで微妙な変化にも氣づくことが出来ます。

さらに重要なのは、周囲の人間の成長・努力に氣がつくことです。これは正しい評価を与える上で極めて重要なことです。人を育てる上で最も重要な要素は「氣づく」ことと言えます。

氣の勉強をすることで、より変化に氣がつくようになります。

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