カテゴリー「01-メールマガジン記事 」の71件の記事

2008/07/08

目的と目標

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「目的と目標」

大事な場面に臨めば、誰でも緊張感はあるものです。

先週末に、氣の郷で「昇級段審査会」がありました。昨年から、私が毎回、昇級段審査に立ち会っています。毎回、緊張によって姿勢や動作が固くなってしまって、実力を十分に発揮できない方がいらっしゃいます。

「心が身体を動かす」のですから、心が緊張するから、身体も緊張をします。心の緊張を無視して、身体の緊張を除くことは出来ません。その心の緊張は、考え方から生じていることがあります。どの様な考え方を持っているかで、捉え方が変わります。

最近、多く見られるのが、「目的」と「目標」の混同です。

昇級段審査会で合格して昇段するのは、心身統一合氣道を学ぶ目的でしょうか。目標でしょうか。実際に受験者に質問すると、半分くらいの方が「目的」、半分くらいの方が「目標」とお答えになります。皆さんはどちらが正しいと思われますか。

正しくは、昇級段審査会で合格するのは「目標」です。

「目的」は、心身統一合氣道の理解を深め身につけること、日常生活で活用することです。つまり、昇級段審査会を通して理解を深め身につけること、日常生活に活用することですね。

緊張感は誰にでもあるものです。それと正面から向かい合って、緊張感をプラスに活かして、実力を思う存分発揮する最高の訓練として捉えています。結果的に、落ち着いて審査に臨むことが出来ます。

一方で、昇級段審査会で合格することが目的と考えると、「失敗しないように」と考え始めます。結果的に、ますます緊張して審査に臨むことになります。

何を行うにも、それが目的なのか目標なのか知ることで、その後の取り組み方が変わってきます。

私は経営者の皆様に指導する機会が多くあります。そこで売り上げを○億円にするのは目的ですか、目標ですか」と経営者にお尋ねします。やはり半々に分かることが多いです。

売り上げを得ることが目的になると、売り上げを伸ばすには何をしても良い、という捉え方になり、取り組み方も変わってきます。そういう会社では、経営者は勿論、そこで働く人はみな緊張し、苦しそうに仕事をしています。

目的は、会社の事業を通して世の中の役に立つことですね。その上で目標がある会社は、活き活きと仕事をしています。

「学校を受験して合格するのは目的ですか、目標ですか」「資格を取得するのは目的ですか、目標ですか」など同じ事は他にもあります。

いま自分が取り組んでいることが苦しい時、緊張している時、やる氣が出ない時は、一度、考えてみる必要がありますね。

目的を明らかにするということは、心をしっかり目標に向ける、つまり心身一如の状態になることに他なりません。「心が身体を動かす」のですから、緊張感は身体的な問題だけではなく、心の在り方の問題でもあります。

さて、今週の実践・検証。

[実践すること]

  • 自分がいま取り組んでいることは「目的」か「目標」か考える。
  • もし、目的を目標と勘違いしていたら、目的が何かを考える。

[検証のポイント]

  • 目的が明らかになって、取り組み方にどの様な変化があったか。(よい緊張感になった、楽になった、やり甲斐を感じる、など)

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2008/06/02

行(ぎょう)

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「行(ぎょう)」

心身統一合氣道の稽古には、心身統一を身につけるための「行(ぎょう)」があります。「洗心の行」「息心の行」などがそうです。

知識を得ることは極めて重要なことです。しかし、知識を得ただけで「分かった」と思うのは早計です。本来、「分かる」ということは「出来る」ということです。

心身統一の知識を得ても、出来るようにはなりません。心身統一を身につけるには「行」が必要です。行とは、読んで字の如く「行う」と書きます。

その大切な行ですが、多くの方が間違って理解しています。それは「行とは特別なもの」という考えです。

洗心の行を例にいたしましょう。洗心の行は、鏡開きに際して、寒中で水をかぶる行です。零下の氣温のなか、水をかぶるのですから、普通に考えれば、とても大変な行のはずです。

しかし、心身統一して行えば、一見すると大変なことも、思いのほか楽に出来るのです。体験した方はみな、「かぶる前は大変だと思いましたが、心を決めてかぶったら楽に出来ました」と言われます。

その心の使い方を体験するのが、洗心の行の入り口です。それが分かったら、日常生活で直面する様々な課題にも、同じ心の使い方で臨むことです。

それこそ「行」です。

寒中で水をかぶったからと言って、偉い訳ではありません。そこで得た心の使い方を日常に活かすことが重要です。したがって、水をかぶった後、「洗心の行が終わった!」と喜んでも良いのですが、「洗心の行が始まった!」と言うのが正しい訳です。

洗心の行も息心の行も、どちらも日常生活ではなかなか出来ない貴重な体験です。ぜひ体験をして頂きたいと思います。

一方、日常生活で身近に出来る「行」もあります。それは「実行を決めたことを一定期間やり遂げる」ことです。例えば、現在の自分に出来ていないことの中から一つ選び、それを毎日欠かさず実行するのです。

私の指導にお越しになった男性はこんな目標を立てました。「朝起きたら、笑顔でまず家族にお早うと挨拶する」。なんだ、そんな事か、と思われた方もいるかもしれませんが、これは決して簡単な事ではありません。

この方は一年間続けようとしていましたが、一年の間には、体調の良い日もあれば体調の悪い日もあります。時には、二日酔いで口をきくのも嫌な日だってあります。機嫌が良い日もあれば、機嫌の悪い日もあります。(自分も家族も両方そうですね)

私たちの心は、毎日同じ状態であることはあり得ません。しかし、ほとんどの方は毎日同じだと思いこんでいます。心の状態が変化していることに氣づいていません。毎日、毎回、同じことを同じように行うには、自分の心と向き合うことが不可欠です。

それが「行」になるのです。

さて、今回の実践・検証。

[実践すること]

  • 現在、自分に出来ていないことで出来るようになりたいことから、(出来るだけ簡単そうな)目標を立てる。
  • それをまず1ヶ月間(出来れば1年間)、継続する。(毎日、毎回、同じ心の状態で行うことが重要)

[検証のポイント]

  • 1ヶ月継続して出来たかどうか。
  • 出来なかった場合、「出来なかった原因は何か」を考えて「どうすれば出来るか」工夫して再チャレンジする。
  • 出来た場合、「出来た要因は何か」を考えて次にチャレンジする。

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2008/05/01

心を静めてから行動する

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

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「心を静めてから行動する」

心身統一合氣道で最も重要な原理が「心が身体を動かす」です。(「身体」と書いて「からだ」と読みます)

相手の身体を投げようとしても、相手の心が抵抗していたら、それを導くことは至難の業です。相手の身体を導くには、まず相手の心を導くことが不可欠です。

相手の心を導くには、相手の心を知ることです。しかし、身体には色もあり、形もあるので、捉えるのは容易ですが、心には色もなく、形もないので、捉えるのは容易ではありません。

それでも、心が身体を動かしています。心の状態は全て、何らかの形で身体の状態に表れています。身体の状態を通して心の状態を知ることが出来ます。

呼吸はその一例です。

呼吸には、「深く」「静かな」呼吸と、「浅く」「荒い」呼吸があります。皆さんの日頃の呼吸は、どちらでしょうか。そもそも呼吸が荒いときは、どんなときでしょうか。

  • 緊張しているとき
  • 怒っているとき
  • 悲しいとき
  • 焦っているとき、など

激しい運動の後は特別な状態なので、ここでは除いておきます。

心の状態が静かでないときは、呼吸も静かではありません。したがって、呼吸を通して心の状態を知ることが出来ます。

さらに、日頃から呼吸を静める訓練をしておくと、いざという時にも、呼吸を静めて、落ち着いて行動できます。

呼吸に関心のない方は、呼吸が荒いまま大事な場面に臨みます。緊張をしているため、思うような結果を残すことが出来ません。ひとたび氣の呼吸法を実践して、呼吸を静められるようになると、緊張して身体が動かない、ということがなくなります。

そのため、多くのプロアスリートが「氣の呼吸法」を学んでいます。アーティストや経営者も同じことです。

呼吸を静めることで、日常生活のコミュニケーションも変わってきます。

私たちは外からの刺激に対して、本能的にすぐに反応します。誰かに攻撃的な態度を取られると、自分も攻撃的になります。本能のままで行動すると、外からの刺激に条件反射で反応し、言うべきでない事、すべきでない事をしてしまいます。それで後から悔やむのですね。

そういう悪習も、氣の呼吸法で改善することが出来ます。文字通り、外からの刺激に対して「一呼吸おく」ことによって、心を静めて対応することが出来ます。

呼吸を静め、つまり心を静めてから対応するのです。たったこれだけの事ですが、セルフコントロールすることで、円滑なコミュニケーションを保てます。

お子さんにお説教するときも、部下に注意をするときも、常に呼吸を静めてからすることです。

私事ですが、私は子供の頃から氣性が荒く、すぐに感情的になりましたが、今では感情的になることはほとんどなくなりました。氣性が荒かったことを誰にも信じて頂けないほどです。

氣の呼吸法にどれだけ助けられたか分かりません。

さて、今月の実践・検証です。

今回は、氣の呼吸法をご存じであることを前提としています。ご存じでない方は、まずは本をお読み下さい。

 「氣の呼吸法」 藤平 光一(著) 幻冬舎

[実践すること]

  • 氣の呼吸法で心を静めてから○○する。

  (例)氣の呼吸法で心を静めてから話をする。
     氣の呼吸法で心を静めてから人前に立つ。
     氣の呼吸法で心を静めてから叱る、など。

[検証のポイント]

  • 落ち着いて○○できたか検証する。

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2008/04/01

まず自分をコントロールする

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「まず自分をコントロールする」

心身統一合氣道の稽古では、技の稽古をすると同時に、必ず自然な姿勢(心身統一した姿勢)を学びます。

心身統一合氣道は、相手を導き投げる武道です。自分の姿勢が不安定なのに相手を投げようとしても、出来るはずがありませんね。

相手を導き投げるためには、まず自分の姿勢、つまり、自分の心と身体が安定していなければいけません。

正しい姿勢と言うと、「氣をつけ!」のような緊張した姿勢を思い浮かべる方がいますが、そうではありません。正しい姿勢とは、本来は自然な姿勢のことを指します。

自然な姿勢(心身統一した姿勢)とは、

  • 最も安定した姿勢
  • 最も楽な姿勢
  • 最も持続する姿勢

この条件を全て満たす状態が「自然な姿勢」です。

相手をコントロールする前に自分をコントロールする」、これこそ心身統一合氣道の根幹です。

日常の人間関係でも同じことがあります。

私たちは、自分の事を棚に上げて相手を変えようとします。つまり、まず相手をコントロールしようとします。すると、相手の心は抵抗し、結果的に相手は変わりません。

自分の靴が汚れているのに、相手の靴の汚れを指摘しても、相手は絶対に言うことを聞きませんね。「あなたにだけは言われたくない!」という感じです。

相手の靴が汚れていて、それを拭いて欲しいのであれば、まずは自分の靴を拭くことです。それで、相手の中に指摘を「受け入れる」姿勢が出来てきます。結果的に、相手を変えることになるのです。

日常生活で、おそらく誰もが経験しているこの原理を、心身統一合氣道の稽古になると忘れてしまう様です。

「相手を投げたい」「相手をコントロールしたい」という我から、まず相手を動かそうとするのです。相手を投げる前に安定した姿勢になるように訓練することで、セルフコントロールが身についてきます。

心身統一合氣道を稽古していても、日常生活で出来なければ、それでは稽古したことにはなりません。私は、仕事や日常生活で、自分を先に変えることによって相手を導くことを、「日常生活で投げる」と言っています。

勿論、実際に心身統一合氣道の技で投げる訳ではありません。それは、技で相手を導くプロセスと同じだからです。そのため、道場以外でも毎日、実に多くの人を投げています。

経営者やリーダーは、権限を持っていますので、自分を変える前に、相手を変えようとしやすい立場にあります。人に与える影響の大きい立場の方ほど、「まず自分をコントロールする」ことが大切です。

さて、今月の実践・検証です。

今回は、難易度高めです。しかし、実にやり甲斐があります。「10回に1回成功してOK」の感じで、実践・検証してください。ちなみに、一度、成功体験を得ると、成功率は上がってきます。

実際には、いくら自分が先に変わっても、全く変わる氣配の見られない「無敵な」方がいるかもしれません。それでも、実践・検証を続けます。今回の課題を愚直に取り組める方はすごい方です。

[実践すること]

  • 身近な人で、相手に変えて欲しいことを決める。
  • 相手を変える前に、自分が変わることを決める。
  • 相手を変えるのではなく、まず自分を変える。

[検証のポイント]

  • 結果的に、相手が変わったかどうか検証する。

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2008/03/01

氣の学習における選書

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「氣の学習における選書」

心身統一合氣道会の会員から、本の読み方や本の選び方について質問を頂くことが多くなりました。そこで、今回は本の話をいたします。

そもそも本の読み方には、精読と速読の二つがあります。現代は極めて多くの情報があるので、その情報を取るには、速読の技術が不可欠です。インターネット上のニュース等がそうですね。私も速読で、年間で相当数の本を読みます。

一方で、一冊にじっくりと時間をかけて読むべき本もあります。このメールマガジンの内容や、藤平光一先生の著書などは、精読を前提に書かれています。

読書は食事に例えることが出来ます。時間のない時には、手早く食事を取ることも必要です。時間のある時には、ゆっくり味わって食事を取ります。全ての食事を手早く済ませるのは、味氣ないものです。

昨今では、速読の技術に価値を求める方が多いようですが、実は、速読以上に精読も重要なのです。

さて、氣の学習における選書に戻りましょう。

藤平光一先生の著書を初めて選ぶ方は、入門書としては、「氣の呼吸法 (単行本)」をお勧めします。平易な表現なので、初心者に最も適しています。
 
藤平光一先生の歴史を知るには、「氣の威力 (単行本)」や「氣の確立 (単行本) 」をお勧めします。ちなみに、「氣の呼吸法」は本年8月に文庫化される予定です。また、「氣の威力」と「氣の確立」には、別に文庫版がありますのでご注意下さい。

ここから先は、本格的に学ぶ方のための選書です。

一般書店ではお求めになれない藤平光一先生の著書に、「氣の実在」「氣と健康」「氣と生活」があります。

この3冊の製作にあたっては、編集者が携わっていません。藤平光一先生が執筆した原稿、一言一句そのままです。その為、藤平光一先生の指導を直接受けるような迫力があります。

心身統一合氣道の指導者に、私がいつもお勧めする読み方は、一ヶ月に一冊、3冊のうち1冊を読むことです。今月は「氣の実在」、来月は「氣と健康」、再来月は「氣と生活」と、3ヶ月で一巡するように読んで行きます。

これを少なくとも一年間継続します。

本の理解度は、その時のレベルに因って変わってくるものです。

前回、同じ本を読んだ時と同じことしか得られないとしたら、それは、3ヶ月間にほとんど成長していないということです。成長していれば、本を読む度に新たな発見があるものです。これを愚直に実践する方は、氣の理解を深めていきます。

これから「氣の実在」「氣と健康」「氣と生活」をお求めになる方はこちらをご覧下さい。真剣に実践する氣持ちがある方に限ります。

最後に、書籍全般の選び方についてお伝えします。

どんな分野でも、一流の方、一芸に秀でた方が書く本を選ぶことをお勧めしています。そこに、「氣」という言葉が使われているかは別として、そこには氣の学びに通じるものがあります。氣の学習において、それを自力で読み取っていくことが重要です。

ブログの右側のメニューにお奨め書籍をリストアップしています。定期的に変えていますので、選書に迷われた方は、ぜひお読み下さい。

さて、今月の実践・検証です。今回は時間がかかる実践・検証なので、氣を長く続けて下さいね。  

[実践すること]

  • 「氣の実在」「氣と健康」「氣と生活」を一ヶ月に一冊ずつ読む。
  • 一冊読むごとに、学んだことをノートに手書きで記録を取る。
  • 3ヶ月をサイクルとして、それを一年間継続する。

[検証のポイント]

  • 3ヶ月ごとに同じ本を読んで、新たな発見があったか検証する。
  • 「なぜ3ヶ月サイクルなのか」を探る。

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2008/02/01

相手の立場に立つ

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「相手の立場に立つ」

心身統一合氣道の稽古の基本となる原則があります。それが「心身統一合氣道の五原則」です。

 心身統一合氣道の五原則

 一、氣が出ている
 二、相手の心を知る
 三、相手の氣を尊ぶ
 四、相手の立場に立つ
 五、率先窮行
[ソッセンキュウコウ]

氣が出ているから、相手の心を知ることが出来ます。相手の心を知るから、相手の氣を尊ぶことが出来ます。相手の氣を尊ぶから、相手の立場に立つことが出来ます。あとは自信を持って行動するだけ(率先窮行)です。

この通り実践して初めて相手を導くことが出来ます。

道場の稽古では「相手の立場に立つ」訓練をする訳ですが、道場だけで稽古しても、あまり身につきません。

道場で一日に稽古するのは数時間、多忙な社会人ならば、一週間、一ヶ月で数時間程度でしょうか。当然のことながら、道場で稽古していない時間の方が長く、多くの影響を受けているということです。

最も効率的に身につけるには、道場で稽古するのは勿論、日常生活で稽古することです。そして、頭で「相手の立場に立つ」と考えていても意味がありません。実際に「相手の立場に立つ」行動を起こすことが重要です。

例えば、買い物をする時に、レジで店員にお金を渡す際、店員が数えやすいようにお札を種類ごとにまとめたり、小銭をまとめることが出来ます。周囲を観察していると、定員にすごく乱雑にお金を渡して、店員が数えるのに苦労する場面を目にします。

ちょったした心配りが「相手の立場に立つ」ことです。

例えば、カジュアルなレストランで食事をしている時に、店員がテーブルの上のお皿などを片付ける際、店員が片付けやすいように移動させることが出来ます(高級店はNGかもしれませんが)。周囲を観察していると、少しの協力を惜しむことで、店員が片付けるのに苦労している場面を目にします。

ここでも「相手の立場に立つ」ことが出来ます。

指導の現場で言えば、相手が聞き取りやすい声量や声質、相手が読みやすい字の大きさ(ホワイトボード使用時など)、相手が理解しやすいスピード、などがあります。私は時々、他の方の講演を拝聴するのですが、聞き取りにくい話し方に苦労することがあります。

ここでも「相手の立場に立つ」ことが大切です。

日常生活で自分のことを振り返ってみると、日頃から氣を付けているつもりでも、実はもう一歩心配りに欠けていることがあります。私も完璧には程遠いのですが、日常生活を稽古と捉えているので、足りないことを日々発見して、改善することが出来ます。

これはとても有り難いことです。

日常生活で、常に「相手の立場に立つ」ことを実践することで、合氣道の技においても同じことが出来ます。日常生活を疎かにする者に、身につくことは何もありません。ぜひ日常生活で実践なさって下さい。

そもそも、「相手の立場に立つ」心の源泉は・・・・・、今月の実践・検証でご自分で感じ取って頂下さい。

今月の実践・検証。

[実践すること]

  • 日常生活のあらゆるコミュニケーションで、相手が楽になるような心配りをする。
  • その心配りを手帳やノートに記録する。

[検証のポイント]

  • 心配りしたことで相手がどの様に反応したか。
  • 「相手の立場に立つ」心の源泉は何か。

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2008/01/01

分かりやすく伝える

藤平信一です。

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何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「分かりやすく伝える」

昨年は、日本経営合理化協会が主催する「藤平信一・氣の道場」を始め、様々な企業や教育機関で指導をさせて頂きました。

多くの講演依頼を頂いたのですが、本業の心身統一合氣道の指導があり、依頼をお受け出来ないことが多々ありました。心身統一合氣道会は人材(人財)の宝庫ですので、講師の育成を進め、今後は企業でも多くの皆様にお学び頂けるようにします。

本年も「藤平信一・氣の道場」で全5回コースで指導をします。詳細は後日、このブログでお知らせします。

外部で指導する際、必ずアンケートを取るようにお願いしています。これは、私の指導に対する評価を知りたいこともあるのですが、一番は、受講者の理解度を把握するためにお願いしています。

アンケートの項目の一つに「分かりやすさ」があります。光栄なことに、「とても分かりやすい」という評価を頂くことが多いです。(自分としては至らない事を多々感じ、常に改善しているのですが・・・)

そんな中、ある受講者(経営コンサルタント)から質問を受けました。

「先生は、どうしてあれほど分かりやすく説明を出来るのですか。特殊な訓練を受けていらっしゃるのですか」

この質問で、私は特別な訓練を受けたことがない事に氣づきました。

特殊なことではありませんが、氣をつけていることはあります。それは、伝える相手に氣を向けて、自分の指導や説明を理解したか、実際に出来るようになったか相手の氣(心の状態)を見ることです。

人は「理解できない」こと、「分からない」ことを不快に感じています。(勿論、不快の度合いには個人差があります)どこか暗い印象だったり、マイナスな氣を発していたりするものです。一方、「理解できる」こと、「分かる」ことは氣分の良いことですので、明るい印象だったり、プラスの氣を発していたりします。

つまり、相手に氣を向けてさえいれば、相手の氣を見ることで、相手の理解度が手に取るように分かるのです。

相手が理解していない様子のときは、どうすれば良いでしょうか。それが許されるのならば、自分が伝えたことを反復して頂いて、さらに質問をしてみると理解度が良く分かります。

相手が理解できないとき、「相手が悪い」と決めつけてしまえば、自分の指導能力は向上しません。そのため、お伝えして相手が理解していない時でも、私は「以前に伝えしましたね?」を禁句にしています。相手が理解したかどうか、氣を向けない側にも責任があるからです。

どうしたら理解出来るか、地道に工夫し改善をしていくうちに、より分かりやすい指導に近づいて行きます。私の今の指導能力は、その地道な積み重ねによって得たもので、特殊な訓練を受けて得たものではありません。

質問した方にその様にお答えしたところ、意外な顔をされていました。私の答えが余りに当たり前で、不満だったのかもしれません。

相手に氣を向けることは、心身統一合氣道の技においては勿論、日常生活でも当たり前のことです。しかし、その当たり前のことが出来ていないことが問題なのです。

現代は、特殊なことに価値を認めて、当たり前のことに対しては、価値を認めない傾向があります。しかし、「当たり前のことを当たり前に行う」ことが重要なのです。

分かりやすく伝えられるかは、「才能」ではなく「訓練」の問題です。そして、その訓練を支える土台になるのが「思い」です。

そもそも「分かりやすく伝えたい」と思う心の源泉は何でしょうか。それが分かると、相手に氣を向けることは当たり前の事になります。

それは・・・・・、今月の実践・検証で確かめて下さい。

今月の実践・検証。

[実践すること]

  • 相手に何か伝える際、まず相手に氣を向ける。
  • 自分が伝えた内容を相手が理解したか氣を見る。そして確認する。(プラスの氣を発しているか、マイナスの氣を発しているか等)
  • 「相手が理解している」と判断して、実際に理解いていたら「一勝」、理解していなかったら「一敗」として、勝敗表をつける。

[検証のポイント]

  • 勝ったときは自分がどういう心の状態だったか検証する。
  • 負けたときは自分がどういう心の状態だったか検証する。
  • 「分かりやすく伝えたい」と思う心の源泉は何か。自分のした指導やアドバイスで相手が良くなったか。相手の心はプラスになったかチェックする。
  • 自分の指導やアドバイスは、その相手だけに通用するものか。他の人にも通用するものなのか。

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2007/12/01

答えは目の前にある

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「答えは目の前にある」

今回は主に心身統一合氣道の指導者向けである。

指導者向けのセミナーで指導していると、「私はこの様に指導していますが、この指導方法で正しいでしょうか」とか「私はこんなアドバイスをしますが、このアドバイスは正しいでしょうか」などの質問を頻繁に受ける。

質問した方に、私は必ずこのように尋ねている。

私 「その通り指導して相手はどうなりましたか?」

そうすると、質問した方は言葉に詰まることが多い。そこで再度、尋ねてみる。

私 「その通り指導して相手はどうなりましたか?」

すると、質問をした方からは、

質問者 「おそらく理解したことと思います」

というような答えが返って来る。

私 「おそらく、というのはご自分の想像です。そうではなくて、実際に相手はどうなりましたか」

決して意地悪ではなく、同じ事を尋ねてみる。すると、質問をした方からは、

質問者 「すみません。よく分かりません」

という答えが返って来る。質問をした方は初めて、自分が相手に氣を向けていなかった事実に氣づくのである。

指導方法やアドバイスが正しいかどうかは、私が決めることではなく、相手の変化を見れば分かることだ。その上で分からないことは、当然、質問すべきである。

指導やアドバイスをした結果、相手が出来るようになりプラスの心になれば、それは、その指導やアドバイスが相手に合っていたことが分かる。

指導やアドバイスが、他の人に伝えても出来るようになるのならば、それは、その指導やアドバイスが、より本質に近いことが分かる。

「よく分からない」という事は、自分がした指導やアドバイスに対して、相手がどのように反応を示しているか全く見ていない、ということだ。即ち、伝えることで精一杯で、相手に氣を向けていないのである。

我々には多かれ少なかれ依存心がある。それはそうとしても、正しいかどうかの判断をなぜ他の人間に求めたくなるのであろうか。

一つの原因は、他の人間が答えを出すことで、それ以上考えずに済むからだ。他の人間が「正しい」と答えることで、安心してしまうのである。

昨今のテレビの人氣番組でも、自分の重要なことを他人に答えを求めるものが多い。他人が出した答えを聞いて納得すれば、それ以上考える必要がなく楽なのかもしれない。

別の原因としては、日本の学校教育の基本姿勢にあると私は考えている。

現在では様々な工夫が見られるが、従前の日本の学校教育では、問題の答えは常に一つで、その答えを知ることが勉強だった。問題には解答集があって、答え合わせをする感覚である。

一方で、現実社会の問題には、答えは一つとは限らない。時には、その時点で答えが存在しないこともあり得る。答えをもらうことに慣れすぎてしまった人は、自分から氣を向けて、相手の状態を知るよりも、答えを求めることを優先する。

これでは氣の学習とは言えない。

私は現在、内弟子を四人育成しているが、氣を向けることを怠ってただ答えを求めていることが多い。私から「正しい」という答えを得た瞬間思考は停止する。そのため氣を向ける訓練を徹底的にさせている。

相手が理解したのか、しなかったのか、相手の心の状態がプラスになったのか、マイナスになったのか。相手に氣を向けさえすれば、相手の状態は「見れば分かる」レベルである。

心身統一合氣道では、その「氣を向ける訓練」をしている訳だから、あとは、日常生活でも実践するだけだ。

ただし、「氣を向ける」ことは「顔色を窺う」ことではない。「氣を向ける」とは、心の向きは外向きである。「顔色を窺う」とは、心の向きは内向きである。自分への評価、相手にどう思われているか氣になる状態である。

相手に氣を向けて、自分の取った言動で相手がどう変化したのか、それを知ることから始まる。特に指導者は、相手に氣を向ける訓練を徹底的にして頂きたい。我々は、相手のことを見ているつもりで見ていない。

答えは私の回答にあるのではない。「答えは目の前にある」のである。

今月の実践・検証

[実践すること]

  • 相手(周囲)に氣を向けて、自分の指導やアドバイスで相手(周囲)がどの様に変化したかを見る。

[検証のポイント]

  • 自分のした指導やアドバイスで相手が良くなったか。相手の心はプラスになったかチェックする。
  • 自分の指導やアドバイスは、その相手だけに通用するものか。他の人にも通用するものなのか。

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2007/09/25

学ぶ姿勢を調える

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「学ぶ姿勢を調える」

心身統一道や心身統一合氣道を長く稽古なさっている方には、指導者を目指している方が多い。「学んだことを活かして世の中の役に立ちたい」という思いで、素晴らしいことである。

私の指導を受けた方で、指導者を目指すようになった方から「指導の仕方を指導して頂きたい」というご要望をよく頂く。ご要望にお応えしたいところだが、そのご要望にはお応えできないことをお伝えしている。

なぜならば、指導者にとって「指導の仕方」が重要なのではなく、指導者としての「学ぶ姿勢」を身に付けることが重要だからだ。

私の講習に参加された方に、たまに講習終了後にこんな質問をする。

  • この講習で私はどういう表情で登場しましたか
  • この講習で私はどういう順番で説明をしましたか
  • この講習で私はどの立ち位置で指導をしましたか
  • この講習で私はどんな姿勢で質問を受けましたか
  • この講習で私はどの位の大きさでホワイトボードに字を書きましたか

ほとんどの方は、全く答えることが出来ない。初心者の皆さんは、そこまで見ることは難しいかもしれない。しかし、指導者を目指す皆さんとなれば、話は別である。

私が実際に指導する現場をお見せしているのだから、それを見ていないのでは、あまりに勿体ない。生徒として学ぶ姿勢なので、指導の仕方は見ていないのである。まずは、指導者としての「学ぶ姿勢」が不可欠だ。

私にとって財産となった経験をお伝えしたい。

私は始め、内弟子として藤平光一先生から指導を頂いていた。内弟子としての最初の仕事は、藤平先生の講演のお供だった。講演は大盛況に終わり、私はお供の役目をしっかり務めた。いや、しっかり務めた氣になっていただけだった。

その後、この講演をお聞きになった方から講演依頼があった。藤平先生のスケジュールが調整できなかったので、本部講師であればどなたでも、というご依頼だった。そこで、藤平先生はこのように言われた。

藤平光一先生 「よし、お前(藤平信一)が行きなさい」

私(藤平信一) 「有り難うございます。でも、私には講演の経験がないのですが・・・・・」

すると、藤平先生はこう言われた。

藤平光一先生 「わしがやって見せただろう?」

私は大変なショックを受けた。

なぜなら、お供は先生の側にいてお世話をするものと考えていたので、藤平先生がどの様に講演されていたか全く見ていなかったからである。

藤平光一先生 「一回見せたことは、出来るようにならなければいけないよ」

と諭されたのを覚えている。

それ以来、お供をさせて頂くときは、どの様な心の状態で講演をするのか、立ち位置はどうか、視線はどうか、話す順番はどうか、声の大きさはどうか、藤平先生の指導の仕方を注意深く見るようになった。10年間に総計で1,000回以上、セミナーや講演のお供をさせて頂いたが、それが何事にも代えられない財産となっている。

私は指導の仕方、講演の仕方として、誰かに教わったことは一度もない。唯一教わったのは、指導者としての「学ぶ姿勢」だった。始めに学ぶ姿勢を教えて頂けたことに、心から感謝している。

学ぶ姿勢が調っていないということは、ザルで水を溜めるようなものだ。いくら水を注いでも、水は溜まらない。まずは学ぶ姿勢を調えて、水が溜まる状態にしてから水を注ぐことだ。そのため、指導者を目指す皆さんには、「指導の仕方」を指導するのではなく、指導者としての「学ぶ姿勢」をお伝えしている。

指導者でない方にとっても学ぶ姿勢は重要だ。習い事でも資格習得でも、何を学ぶかを決めるのは重要なことだが、最も重要なのは「学ぶ姿勢を調える」ことである。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  • 自分の学ぶ姿勢を観察して、現状の記録を取る。
  • 学ぶ姿勢において重要だと思うことを3つあげる。
  • その3つを実践する。

[検証のポイント]

  • 学習効率がどのように変化があったか。
  • 教える側の姿勢にどのような変化があったか。

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2007/08/30

氣の出た挨拶をする

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「氣の出た挨拶をする」

昔から挨拶は人間関係を築く基本とされている。

挨拶は、昔であれば家庭で躾として厳しく訓練したものだが、最近では、学校や会社で訓練しなければならない事が多い。道場でも同じことが起きている。

数年前に、大手コンサルティング会社が毎年開催している「新入社員向けセミナー」を拝見する機会があった。全国から集まった、様々な業種の新入社員たちに対して、インストラクターはまず挨拶から指導していた。

私が想像していた以上に参加者が挨拶を出来ず、その現状に驚いたのを今も覚えている。なるほど、今は会社で訓練しなければいけない時代だと感じた。

そのセミナーでは、「お辞儀をするときは角度は何度」とか、「とにかく大きな声で」と指導していた。それで良くなった人もいたが、形だけの挨拶になってしまい、ただ大声を出せば良いと勘違いした人も多く見られた。

形から入ることにも意味があるのだろうが、最も重要なのは、何のために挨拶をするのかを知ることだ。

そもそも、「挨拶」は禅語の一つである。禅語としての意味はさておき、氣の学びとしてお話したい。

総ての挨拶は、相手に氣(氣持ち)を向けることから始まる。それも、プラスの氣でなければいけない。

相手に氣を向けない状態で、ただ大声で言葉を発しても、うるさいだけで相手には迷惑なだけだ。心のなかで相手を迎える氣持ちがないのに、とりあえず、「いらっしゃいませ」と大声を発するのと同じである。

氣を向けるから「氣づく」のである。相手に氣を向けさえすれば、相手の状態に心の状態を知ることが出来る。

元氣そうなのか。元氣がないのか。
喜んでいるのか。喜んでいないのか。
自分の伝えた事を理解したか。理解していないか。

氣を向けていなければ、相手の状態は何一つ分からない。形の訓練の前に、氣を向けることを訓練する必要がある。だからこそ、挨拶が人間関係を築く基礎となり得るのである。

日頃、挨拶を自分から積極的にされているだろうか。

 A 「Bさん、こんにちは!」
 B (Aに対して)「あっ、こんにちは!」

こういうやり取りをよく目にする。形としては、AもBも同様に挨拶しているように見えるが、氣の使い方でみればAとBでは完全に異なる。

Aは、Bの存在に氣づいて、自分から積極的に挨拶した。それが出来るのは、氣が出ているからである。一方のBは、Aから挨拶されて初めてAの存在に氣づき、Aに対して応答している。つまりAは「挨拶」をしていて、Bは「応答」しているのである。

応答するのが悪い、と言っているのではない。「挨拶」とは、相手に氣を向けることから始まるのだから、いつも応答になっている方は、自分から積極的に氣を向けているか、チェックしてみる必要がある。

会社でも学校でも、ゲーム感覚で実践すると身に付きやすい。ルールは簡単、先に挨拶した方が勝ち。応答した方が負け。これにより、自分から周囲に積極的に氣を向けるようになる。

子供などは行き過ぎて、隠れておいて相手を待ち伏せして、先んじて挨拶しようとするかもしれない。それでも、挨拶しないよりも、氣のない形だけの挨拶をするよりも、ずっと良い習慣が身に付く。

お互いに氣を向けているときに氣が通い合う。氣が交流する。「挨拶」とは、氣の交流の基本なのである。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  • 自分から積極的に氣を向けて挨拶する。「応答」するのではなく「挨拶」をする。
  • 自分から挨拶した回数、相手(周囲)から挨拶された回数を一日単位で手帳に記録する。
  • 最初は勝ち越し、最終的には全勝を目指す。

[検証のポイント]

  • 相手(周囲)の自分対する反応がどのように変化したか。

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2007/07/11

潜在意識をプラスに保つ

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「潜在意識をプラスに保つ」

心身統一合氣道の技は勿論のこと、どの分野においても、「出来る!」と思ってすることが重要である。

いわゆる「プラス思考」である。プラス思考が重要であることは、今に言われ始めたことではない。昔から言われていることである。

一方で、どうしたらプラス思考になるかは、ほとんど語られない。藤平光一先生は「"HOW TO SAY"よりも"HOW TO DO"が重要」と、半世紀に渡って、世界中で"HOW TO DO"を指導して来られた。どうしたらプラス思考になるか、"HOW TO DO"が重要なのである。

プラス思考になろうと努力をしても、簡単には出来ないことが多い。努力した結果、かえってストレスが溜まってしまう人もいる。

まず、プラス思考の「プラス」の定義を確認したい。

真のプラスとは、「自分だけがプラスになる」ことではない。自分にとって都合が良い解釈をすることではない。自分にとって都合の良い解釈では、周囲の人間とぶつかるので、状況はより悪い方向に進むだけだ。

真のプラスとは、「自他共にプラスになる」ことである。自分だけではなく、相手もプラスになることである。一生懸命、物事をプラスに捉えても、それが自分だけのプラス、自己中心的なプラスであれば意味がない。

自他共にプラスになることが真のプラスである。

その上で先に進みたい。

人間の意識には、自分で認識している「顕在意識(現在意識)」と、認識していない「潜在意識」がある。我々がよく使う「意識」は、顕在意識であることが多い。

潜在意識は心の倉庫であり、過去の経験知識の集積である。記憶は薄れても、潜在意識には、全てが蓄積されている。顕在意識は、潜在意識より出された材料によって組立てられる。したがって、顕在意識をプラスにしようと試みても、その倉庫である潜在意識がマイナスでいっぱいでは無理である。無理をすればストレスも溜まる。

常にプラス思考になるためには、氣合いと根性で努力するのではなく、地道な努力を継続して潜在意識をプラスに保つことである。

いよいよ具体的な方法である。方法は幾つもあるので、今回はその一つに絞ってお伝えしたい。

まずは言葉からお伝えしたい。自分が使う言葉をプラスの言葉にすること、もっと言えば、プラスの氣を込めて言葉を発することである。

我々は自分でも氣づかないうちにマイナスな言葉を発している。その代表格が「出来ない」「難しい」である。実践した結果、「出来なかった」「難しかった」のならば話は別だが、実践する前から「出来ない」「難しい」と言う必要は全くない。

自分で発する言葉は、自分の最も近くで自分に語りかける言葉で、潜在意識に深く入るように出来ている。

マイナスな言葉を発すれば、それだけ潜在意識がマイナスになる。潜在意識がマイナスになれば、日頃の意識までマイナスになる。それが分かれば、恐ろしくてマイナスな言葉は使えなくなる。

もし、瞬間的にマイナスな言葉を発してしまったら、がっかりせず、その都度プラスの言葉に置き換えて、言い直したら良い。こんな具合である。

「自分には出来ないと思う・・・・・」(アッといけない!)
「○○をすれば、自分にも出来る!」

「そんな簡単なことで潜在意識がプラスになるのですか」と思う方は、実際に取り組んで頂きたい。一時的にではなく、365日24時間、実践出来たらすごい事である。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  • プラスの定義を確認する(自分に都合の良い解釈ではない)。
  • 自分が日常発する言葉がプラスかチェックする。
  • 常にプラスな言葉を発する。マイナスな言葉を発したら、その都度プラスの言葉に置き換える。

[検証のポイント]

  • プラスの言葉を発することが習慣化したか。
  • 周囲の自分への対応はどの様に変化したか。
  • 睡眠中に見る夢はどの様に変化したか。

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2007/06/01

習慣を変える(2)

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「習慣を変える(2)」

先回の「習慣を変える」の続きである。

心身統一合氣道の稽古において、正しい動作を学び、それを新しく習慣づけることが肝要である。今回は、習慣を変える具体的な方法をお伝えしたい。

習慣を変えるには、「意識の深さ」と「繰り返し」が重要だ。まず、「意識の深さ」についてお伝えしたい。

悪い習慣を持っていた人が、劇的な体験をすることにより、完全にあらたまることがある。私の友人で、長年に渡り大酒を飲んでいた者がいるが、酒が元で大病を患い、生死の境を彷徨った者がいる。幸いに完治したが、その後、酒を一滴も飲まなくなった。

生命に関わるような体験は、意識に深く入る。意識に深く入ることによって、習慣が変わるのである。

しかし、日常生活でそういった劇的な体験をする訳にはいかない。そもそも、劇的な体験は自分が望んで得るよりも、不可避な状況で得ることが多い。自分で選択した体験ではないことが多いので、自分が望む通りに習慣を変えられるとも限らない。

意識に深く入れるには潜在意識の活用があるが、とても深い内容なのでまたの機会にお伝えしたい。

そこで、重要なのが「繰り返し」である。心をしっかり使って、同じ動作を繰り返すことによって習慣を変えることが出来る。

先回の実践・検証は、靴の履き方を変えることだった。始めのうちは意識して心懸けていたものの、数日経つと、忘れてしまった人が多かったようだ。それでは「繰り返し」にならない。思い出して何かをする、というのはとても面倒なことだ。それに思い出さない可能性も高い。

どうしたら「繰り返し」が出来るか。

セミナーなどで、同じように靴の履き方で参加者に実践・検証して頂くことがある。

こんな方がいらした。左が革靴、右がスニーカー、左右で履く靴が違うようにする。すると靴を履くごとに思い出す。この方は、習慣を変えることに成功した。余談だが、街中を歩いていると変な目で見られたそうである。

こんな方もいらした。

スニーカーの靴紐で右だけに目立つようにリボンを付け、革靴の中敷きは左だけ色を変えた。また、家中に「靴は左から」という貼り紙をして、潜在意識に入れる努力をした。この方も、習慣を変えることに成功した。

靴の履き方を変えることそのものには、あまり意味はない。一方で、自分の意志で習慣を変えることに大きな意味があるのである。様々な工夫をすることが尊い。

藤平光一先生は、「どんな分野であっても、一流の人間とは、正しい努力を飽きずに続ける人間である」と言われる。良い習慣を身に付けるには「繰り返し」が不可欠であるが、氣合いと根性だけでは継続出来ない。継続するための日常の工夫が重要だ。

日常の工夫、それが氣の学びである。

今回の実践・検証です。

[実践すること]

  1. 先回と同じく、左右で靴を履く順番を変える。意識しなくても出来るように、習慣化をする。
  2. 「繰り返し」の工夫を3つ考え、実践してみる。

[検証のポイント]

  1. 習慣化で効果のあった工夫は何か。
  2. 他の習慣化で、応用できるだろうか。

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2007/05/22

習慣を変える

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「習慣を変える」

心身統一合氣道の技には、性格がそのまま表れる。

「焦りやすい人」は焦っている技。「緊張しやすい人」は緊張している技。「氣の抜けやすい人」は氣の抜けている技。たとえ形を取り繕っても分かってしまう。

悪い性格ばかりではない。良い性格もそのまま表れる。「心が身体を動かす」だから、決して不思議な話ではない。心身統一合氣道は、技術だけでは決して上達しない。自分の性格を変えることで上達するのである。

この様に指導すると、「性格は生来のもので変わらないのでは?」という質問を受ける。

皆さんはどの様にお考えだろうか。「性格は変わらない」と考えている人は多い。その一方で、習慣を変えたいと願っている。ここに矛盾がある。

「性格」とは「習慣の集まり」である。習慣とは一連のパターンであり、どの様に認識をして、どの様に行動するかである。

引っ込み思案という「性格」は、物事に取り組むときに、出来ない理由を考えて行動しない「習慣」の一つだ。したがって、引っ込み思案などの「性格」を変えるためには、心の問題だけでは解決しない。

この場合、心の中で「出来る!」と自分に語りかけて、さらに行動を起こす習慣をつけることが重要だ。つまり、心身共に習慣を変えることなのである。

性格には、確かに生まれ持っての性質がある。しかし、それが全てではない。習慣を変えることが出来る人ならば、性格も変えられる。

そもそも「習慣を変える」とは、どういうことだろうか。

「習慣を変える」とは、「悪い習慣を止める」ことではない。ほとんどの人は、如何に悪い習慣を止めるかを考える。それが習慣を変えるのを難しくしている。

コップの水にインクを垂らすのを想像して頂きたい。

インクを垂らせば、コップの中の水は濁る。その濁った水から、インクを完全に取り除くことは難しい。しかし、コップに一滴ずつ新たに綺麗な水を注いであげると、時間はかかるかもしれないが、限りなく綺麗な水に近づく。

悪い習慣とは、このインクのようなものである。悪い習慣を取り除くことは難しいかもしれない。しかし、新たに良い習慣をつけることは確実に出来ることだ。潜在意識を活用して、根氣良く良い習慣をつけることにより、悪い習慣を無限小にすることが出来る。

それが「習慣を変える」ことである。

心身統一合氣道の稽古でも同じ事が当てはまる。

自分の悪い癖を一生懸命に直そうとする人が多いのだが、悪い癖を直すことはとても難しい。悪い癖がなかなか直らないと、がっかりしてしまうだろう。しかし、がっかりする必要はない。正しい動きを新たに習慣づければ良いのである。これが分かると面白いように上達する。

習慣を変えるには、大きなことから取り組むのではなく、どんな小さなことでも一つ、習慣を変えることが必要だ。実際に、自分自身の力で習慣を変えることが出来ると、それが大きな自信となる。

このとき「習慣は変えることが出来る」と確信を持つ。すると、習慣を変えることが楽しみになってくる。

うまく言っても、うまくいかなくても構わない。今回はまず一つ、日常生活で習慣化することにチャレンジして頂きたい。習慣を変える"how to do"は次回お伝えする。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  1. 靴を履くとき、右から履くか、左から履くかを思い出す。思い出せない場合は実際に履いてみる。
  2. 右から履いている場合は左から履くように習慣化する。左から履いている場合は右から履くように習慣化する。
  3. 習慣化する工夫を3つ考えてから実践をする。

[検証のポイント]

  1. 意識しなくても出来るようになったか確認する。
  2. 習慣化で効果のあった工夫は何かふりかえる。

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2007/04/20

~する・~される

【記事の読み方】

藤平信一です。

この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、検証するための記事です。読むだけでは意味がありません。

何事を身に付けるにも実践することは基本です。しかし、ただ実践するのではなく、その結果、何がどの様に変わったかを検証することが重要です。

単なる知識として得た学びは、失いやすいものです。一方で、自ら実践し、検証して得た学びは失うことはありません。まずは1ヶ月間、実践・検証して下さい。


「~する・~される」

心身統一合氣道の根幹は、氣の原理(心が身体を動かす)である。「心が身体を動かす」とは、言い換えれば、「心の状態は、常に身体の状態に影響を与えている」ということだ。

心身統一合氣道の技の話である。相手が力一杯、自分の手首を握ったとしよう。その相手を自由に動かし、スムーズに導くことが出来るだろうか。それが出来るかどうかは認識次第だ。

相手が握っている事実は変わりないが、認識の仕方は二つある。「持たれた」と「持たせた」である。

「持たれた」と認識して握られると全く動くことが出来ないが、「持たせた」と認識して握らせると自由に動くことが出来る。初めて体験する者にとっては不思議以外の何ものでもないが、要は、心の持ちようなのである。

心には形がないので、自分がどの様な心の使い方をしていても、周りの人間には分からないだろう、と考える人がいる。心身統一合氣道では、その考えでは通用しない。論より証拠、間違った心の使い方では技が出来ないからだ。

日常生活でも、同じような心の使い方がある。

人前に出ると緊張する、という人が多い。そういう人は、「見られている」という認識を強く持っている。自分に対して、氣を引いてしまうのである。

「見られている」ではなく、「見ている」と認識を変えるだけで、驚くほど緊張は緩和する。つまり、相手に対して、氣を向けるのである。

そもそも、氣を引くときは自分のことばかりを考えている。「失敗したらどうしよう」「評価されなかったらどうしよう」など、全て自分のことばかりだ。

自分ではなく、相手に対して氣を向ければ良い。「相手はどんな人柄か」「相手はどんな表情をしているか」「相手はどんな服装か」などは、全て相手のことである。内から外へ、氣の向きを変える。

私は緊張をしやすかったが、これを覚えて、同じ緊張感でもプラスに働き、大事な場面に非常に強くなった。

別の例をあげれば、仕事を頼まれた時の認識がある。

仕事を頼まれると、「させられている」と捉える人が多い。そうすると、能率は悪く、必要以上に疲れるものである。同じ仕事でも、「(自分から)している」と捉えるだけで、驚くほど能率が上がり、ほとんど疲れない。

簡単に言えば「同じやるならば楽しくやろう」ということだが、この心の切り替えが出来ない人が実に多い。わざわざ疲れるような心の使い方をして「疲れた」と言い、やる氣を失っていくのだから大変である。

心身統一合氣道では心の切り替えを稽古するのだが、日常生活で活用すれば、楽に物事を行えるようになる。一つの技でも、実に奥が深いのである。

今回の実践・検証。

[実践すること]

  1. 人に会うときに「見られている」と思って会ってみる。人に会うときに「(自分が)見ている」と思って会ってみる。
  2. 仕事をするときに「させられている」と思ってやってみる。仕事をするときに「(自分から)している」と思ってやってみる。

[検証のポイント]

  1. どちらが、より落ち着いて人に会えたか。
  2. どちらが、より楽に仕事を出来たか。

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2007/03/22

氣力を養う!

藤平信一です。

日本語には「氣力」という言葉があります。文字通りに理解すれば、「氣」の力です。

同じ健康状態の人であっても、ある人は、朝から晩まで活動してもほとんど疲れませんが、ある人は、少し活動しただけで疲れてしまいます。その差は何でしょうか。

それが「氣力」です。

同じことを行うにも、しっかりと目標に氣を向けずに活動すると、疲れやすく、能率は悪く、何より楽しくありません。人から言われて行うこと、特にイヤイヤ行うことは疲れますね。この時、心と身体は分離しています。この状態を、「心身分離」と言います。

同じことを行うにも、しっかりと目標に氣を向けて活動すると、疲れにくく、能率は良く、何より楽しく行えます。自分から率先して行うこと、自分が好きなことは疲れません。この時、心と身体は一つになっています。この状態を、「心身一如(心身統一)」と言います。

氣力のある人とは、いつでも心身一如の状態で物事を行える人です。

実際には、氣の向かないこともあります。それでも、行うからには、しっかり氣を向けることが大切です。やる氣が自然に湧いてくるのを待つのではなく、自分自身の力で、やる氣を湧かせる工夫をすることです。

問題は「どうすれば出来るか」です。そこで、氣の学びが必要なのです。

  • 氣の呼吸法で心が静まること
  • 氣の体操法で身体がリラックスすること
  • 氣の意志法で潜在意識を活用すること
  • 氣圧療法で全身の血行を良くすること

これらを実践することで、自分自身の氣力が高まり、やる氣に満ちてきます。

私自身の体験をお話しますね。

私は現在、早朝から夜遅くまで分刻みで活動しています。家族と過ごす時間は日々大切にしていますが、それ以外は、休暇を取ることもほとんどありません。それでも、ほとんど疲れないのです。

今より時間にゆとりのあった数年前の方が、私はずっと疲れやすい体質でした。氣の呼吸法・氣の意志法・氣の体操法を実践するようになり、常にやる氣が維持し、疲れにくい体質に変わりました。

さらに、今はスケジュールが過密なので、前日の休む前に、翌日のスケジュールをしっかり心に描いています。

どうすれば、より良い指導が出来るか。どうすれば、より良い結果を残せるか。どうすれば、より良い人間関係を構築出来るか。

あとは、全て忘れてぐっすり休みます。

そして翌日、しっかりと目標に氣を向けた状態で一日が始まります。氣を向けて一日を過ごすと、ほとんど疲れません。お酒を飲んで、うっかりサボってしまうと翌日は大変です。一日を終える頃には、もうヘトヘトです。これが身に付き、どれだけ楽になったか分かりません。

氣の健康学院は、氣の呼吸法・氣の意志法・氣の体操法・氣圧療法を身に付ける実践スクールです。

知識を得るだけなら一日です。重要なのは身に付けることですね。しっかり身に付けるために、通学制度で2年間、在宅制度で4年間、時間をかけて勉強をします。(栃木校のみ通学・在宅併用で3年間です)

2年、もしくは4年というと長く感じるかもしれません。しかし、一度身に付いてしまえば、それは、誰も奪うことの出来ない一生の財産となります。そして、身に付けたことを世の中の役に立てることが出来ます。

常に健康で活き活きと活動するために「氣力」を養いたい方、仕事で最高の能力を発揮するために「氣力」を養いたい方は、ぜひ、氣の健康学院で身に付けませんか。4月開校なので、今が絶好のチャンスです。

※ この記事は「氣の研究会メールマガジン(健康編)」に掲載された記事です。

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2007/02/08

ビジネスに氣を活かす

藤平信一です。

先日、USENの番組「ビジネス・ステーション」の収録についてお話しました(記事はこちら)。その後、記事を読んだ多くの方から「心身統一合氣道をビジネス番組でお話になるのが意外でした!」という感想を頂きました。

その感想が意外でしたもので、この機会にお話します。

藤平光一先生は、日本経営合理化協会のセミナーで数多くの経営者に氣の原理(心が身体を動かす)」を指導して来ました。私自身も、昨年から日本経営合理化協会のセミナーで指導をしています(記事はこちら)。

心身統一合氣道を、なぜビジネス番組で話をするのか。それは、心身統一合氣道の基本である「氣の原理(心が身体を動かす)」は、合氣道の技では勿論のこと、ビジネスでも重要な原理だからです。

相手の心を無視して無理に投げようとすれば、相手の心は反発します。一旦、相手の心を反発させてしまうと、投げるのは難しくなります。心が身体を動かしています。相手の心を尊重して導くから、相手の身体も導くことが出来るのです。

身体には形がありますが、心には形がありません。そのため、身体の存在を忘れなくても、心の存在は忘れやすいのです。心の存在を忘れていては、心身統一合氣道の技は出来ません。

ビジネスの人間関係も同じことです

ビジネスでは、経営者と従業員、上司と部下、元請けと下請けなど、力関係や立場で強さと弱さがあります。力関係や立場の強い者は弱い者に対して、相手の心を無視して、無理に動かすことが出来る場合があります。

短い間であれば、それで上手く運ぶように見えるかもしれません。しかし、相手の心のなかには常に反発する心が生じています。長い間であれば、相手の心を反発させては事は上手く運びません。積もり積もった反発が何らかの形で現れるからです。

それでは、相手をどの様に動かしたら良いのか。その具体的な方法が、「心身統一合氣道の五原則」です。

心身統一合氣道の五原則

 一、氣が出ている
 二、相手の心を知る
 三、相手の氣を尊ぶ
 四、相手の立場に立つ
 五、率先窮行 [ソッセンキュウコウ]


今回は、一つ一つの説明はいたしませんが、「心身統一合氣道の五原則」の通りに実行することで、相手の心を尊重し、反発なく導くことが出来ます。

心身統一合氣道は「投げて喜び、投げられて喜び」です。「なぜ投げられて喜ぶのか」、「投げられて何が嬉しいのか」、体験していない方は不思議に思うようです。一度体験をすれば、その意味は良く分かります。

ビジネスにおいても「導いて喜び、導かれて喜び」です。心を無視されて、力関係や立場によって動かしたり動かされたりしていては喜びはありません。相手の心を尊重して導くからこそ、そこに喜びがあるのです。

私は、国内外のセミナーで心身統一合氣道の指導者に伝える一方、経営者や管理職を対象としたセミナーで氣の原理を指導しています。経営者が氣の原理に基づいて行動すれば、そこで働く社員が幸せになるからです。

経営者や管理職を含めて、人を導く立場にある方は、ぜひ心身統一合氣道を学んで頂きたいと思います。

今年はさらにその輪を広げて参ります。

※ この記事は「心身統一合氣道会メールマガジン」に掲載された記事です。

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2006/12/28

プラスな心で初夢を見る

藤平信一です。

「一富士、二鷹、三茄子」と言えば、初夢で見ると縁起の良い取り合わせですね。

初夢とは新年に初めて見る夢のことですが、初夢の内容で一年の吉凶を占う、古くからの日本の風習です。初夢の風習を信じるかどうかは別として、新年の始めにはプラスな夢を見たいものですね。それには、休む前の心の状態が重要です。

プラスな心の状態で休めば、プラスの夢があらわれます。マイナスな心の状態で休めば、マイナスな夢があらわれます。自分の見る夢で、自分の心の状態が分かります。マイナスな夢を見るときは、自分でも氣づかないうちに心がマイナスに陥っているかもしれません。

夢が心の状態を教えてくれます。

外出して一日過ごしていれば、身体は汚れます。お風呂やシャワーでその汚れを洗い流しますね。心も一日過ごしていれば汚れています。マイナスな言葉、マイナスな出来事、マイナスなニュースなど、心は知らないうちにその影響を受けているからです。

そのマイナスをきれいに洗い落とさずに休んでしまうと、睡眠中に見る夢がマイナスになりやすいのです。身体の汚れをきれいに洗い流してから休むように、心の汚れ(マイナス)も綺麗に洗い流して休むことが大切です。

その具体的な方法が「氣の呼吸法」です。

私の体験をお話します。

私が内弟子修行を始めたころ、よくマイナスな夢を見ていました。ひどい時には、うなされて夜中に何度も目を覚ますこともありました。あまりにマイナスな夢が多いので、どうしたら良いかを藤平光一先生に質問したところ、氣の呼吸法をご指導頂きました。

さっそく、休む前に氣の呼吸法を15分間することにしました。心がマイナスな状態に陥ると、心が静まっていないため、氣の呼吸法をしようと思っても苦しくて上手く出来ません。苦しいまま続けていても意味がないので、苦しくなったら姿勢からやり直しです。

そうして続けているうちに心が静まってきて、呼吸が楽になってきます。呼吸が静まると、不思議と心はプラスに変わってきます。15分間続けるうちに、最後には呼吸が驚くほど楽になります。毎晩、氣の呼吸法をして心を静めてから休むように徹底しました。

その後、氣の呼吸法を続けるうちにマイナスな夢を見ることはほとんどなくなりました。氣の呼吸法を継続していても、稀にマイナスな夢を見ることがあります。私の場合、それは体調が今ひとつのときであり、天地からのメッセージとしてとらえています。

氣の呼吸法を実践して、プラスの心の状態になってから休んで下さい。

一年間、ブログをご覧頂きまして有り難うございました。素晴らしい一年をお迎え下さい!

※ この記事は「氣の研究会メールマガジン(健康編)」に掲載された記事です。

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2006/12/01

心身統一合氣道の五原則

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藤平信一です。

相手を無理に投げようとすれば、相手の心は反発して、結果的に相手を投げることは出来ません。

相手を無理に変えようとすれば、相手の心は反発して、結果的に相手を変えることは出来ません。

前者は心身統一合氣道、後者はコミュニケーションの話です。よく似ていると思いませんか。

藤平光一先生は、心身統一合氣道の技を通して、半世紀も前から世界中で「氣の原理(心が身体を動かす)」を説いて来ました。

自分にも心があるように、相手にも心があります。相手を自分の思い通りにしようとすれば、相手の心は反発し、それを導くのは至難の業です。まず、自分の心と身体をコントロールし、相手の心を尊重し、その上で導くことが不可欠です。

心身統一合氣道の技で言えば、相手を投げるより前に、まず自分が心身統一した姿勢になることです。相手のことを受け入れて、その上で導くことです。

コミュニケーションで言えば、相手を変えるより前に、自分が心身統一した姿勢になることです。相手のことを受け入れて、その上で導くことです。

自分が言いたいことを相手に理解してもらうために、最も大切なことは何でしょうか。それは、相手に理解させることではありません。相手を理解することです。

最も良い方法は、相手の話を最後まで聞くことです。相手の話を最後まで聞くことは、相手の心を尊重して、相手の存在を受け入れることです。その後に、自分の伝えたいことを冷静に伝えると、相手には耳を傾けるゆとりが生まれます。

しかし、相手を受け入れる前に説得しようとすると、相手は説得されまいと反発をします。それでは相手を理解させることは出来ませんね。

藤平光一先生は私の師であり、実の父でもあります。師弟の関係ではなく、それより前の家庭内のことで例をお話しますね。

ある時期、私は母と毎日ケンカばかりしていました。私は母の言動が氣に入らず、母を変えたかったのです。そんな中、藤平光一先生が私のことをお呼びになって、「お前、そろそろ何とかしろよ」と言われました。

「どうしたら良いのですか」と質問をしたところ、「お袋の話を黙って最後まで聞きなさい」と言われました。それから私は、母の話を最後まで聞くように心懸けました。

その結果、どうなったと思いますか。

母はますます怒るようになり、私はそれを黙っていなければいけないので、ますますストレスがたまりました。すぐに、藤平光一先生に報告しました。「ご指示の通りにしたら、さらに状況が悪くなりました

すると、藤平光一先生は「そりゃそうだろう」と大笑いして、このように言われました。

いくら黙って聞いていたって、お前の顔にはお袋が間違っていると書いてあるんだから

今にしてみれば間違いなのは良く分かりますが、、当時の私は、黙って話を聞きさえすれば心の状態はどうでも良かったのです。心から受け入れていなければ、いくら黙って聞いていても、それは相手を受け入れたことにはなりません。心は争っているのですから。

そこで、今度はプラスの心で母の話を聞くようにしました。その結果、母が怒る頻度は少なくなりました。平和が訪れました。

心身統一合氣道の稽古をなさっている方は、「心身統一合氣道の五原則」をご存じですね。心身統一合氣道の技で重要なのは言うまでもなく、コミュニケーションにおいても極めて重要です。

心身統一合氣道の五原則

一、氣が出ている
二、相手の心を知る
三、相手の氣を尊ぶ
四、相手の立場に立つ
五、率先窮行(そっせんきゅうこう)

道場では勿論、日常生活でも実践をして参りましょう。

※ この記事は「心身統一合氣道会メールマガジン」に掲載された記事です。

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2006/11/09

自然な姿勢を身に付ける(2)

藤平信一です。

心身統一合氣道でも姿勢の学びが不可欠です。

合氣道の技で相手を投げるには、自分自身の姿勢が安定していなければいけません。多くの人は、相手を投げることばかりにとらわれ、自分の姿勢について忘れています。それでは、相手を投げることは出来ません。

姿勢は、建築物で言うところの土台です。

土台が不安定では、安定した建物にはなりません。また、技というと「技術を身に付ける」と考えがちですが、土台があってこその技術です。したがって、この安定した姿勢を学ぶことが鍵なのです。

しかし、一般的に「安定した姿勢」と言うと、身体に力を入れ、足を踏ん張った姿勢を思い浮かべることが多いようです。実際に「氣のテスト」を行い、安定しているか確かめてみると、意識すればするほど不安定になることが分かります。

人間は本来、安定した姿勢であるのが当たり前です。

ところが、力を入れたり虚脱状態になったり、不自然なことをするため、本来持っている安定を失います。それどころか、怪我や病氣の原因になります。

自然な姿勢には、自然な安定があります。

心身統一合氣道の稽古では、まず自然な姿勢を学びます。意識しなくても、安定している姿勢です。静止した状態でそれが分かったら、今度は激しい動作でも、自然な姿勢を維持出来るように訓練します。その結果、合氣道の技で、相手を投げることが出来ます。

心と身体は本来一つのものです。

したがって、心と身体が一つになっている状態が自然です。この状態を「心身統一」と言います。心身統一した姿勢は、自然に安定している姿勢であり、合氣道だけでなく、全ての動作の土台となります。

心身統一合氣道を通して、心身統一した姿勢を学ぶことで、日常生活や仕事で最大限のパフォーマンスを発揮できます。プロアスリート・アーティスト・経営者・警察官・主婦・学生など、国内外の様々の分野の方が学び、活用なさっています。

「心身統一合氣道の上達は姿勢から」です。まだ、お始めになっていない方は、ぜひ心身統一合氣道を体験なさって下さい。

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2006/10/26

自然な姿勢を身に付ける

藤平信一です