
藤平信一です。
五感とは「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」を指します。五感がバランスよく発達することは極めて重要。それによって、形のないものを感じ取る「心」を養います。
本当に大切なものは「形」がありません。
その一つに「思い」があります。相手がどの様な「思い」を持っているのかを理解することは、相手を導く上で不可欠です。
「何の為にこれをするのか」「何の為にここにいるのか」の様に、「目的」にも形はありません。「志(こころざし)」や「愛情」などにも形はありません。
そういった形のないものを感じ取ることが出来る豊かな心こそ、人間関係を構築する上で、私は最も重要だと考えています。
合氣道の稽古はそれを体現しています。相手を導き投げるには、相手の心の状態を理解することが必要。それには心を静め、相手の心の状態を感じ取ることです。
先日、ある会社で面白いやり取りを目にしました。
上司が新入社員に「いま時間あるかい?」と尋ねたところ、新入社員は悪意なく真顔で「ありません」と答えていました。上司は唖然として、開いた口がふさがらない様子でした。
この場合の「時間があるか」とは、時間を尋ねているのではなく、「頼みたいことがある」「時間を取ってくれ」という意味ですね。
しかし、新入社員は言葉を額面通りに受け取ったのでしょう。言葉も「形のあるもの」の一つで、「形のない」相手の心情を全く見ていないわけです。
言葉を理解するのではなく、背景にある心情を理解することが、この新入社員には求められている訳ですが、それを理解するには、もう少し体験や苦労が必要かもしれません。
かく言う私も、藤平光一宗主の内弟子として修行していた初期の頃は、「お前は儂のことを何一つ見ていない」と日々、お叱りを頂いていました。
当然のことながら、私は宗主がされることを真剣に見ていましたが、形のあることばかりに目が行ってしまい、どの様な「思い」でされているのか見ていませんでした。
形のないものを感じ取るためには、365日24時間訓練が必要。指導の現場や日常生活で触れる総ての人に対して、言葉や態度ではなく、「思い」を理解する努力をすることです。
そして、それは自分勝手な思い込みでは意味がありません。許されるならば、それを相手に確認することも大切なことです。
我々は、合氣道の技という「形あるもの」を通じて、氣という「形ないもの」を学んでいます。五感を磨き、「形ないもの」を感じ取る心を磨くことが稽古なのです。