混ぜるな、危険!
この記事は、心身統一合氣道の根幹である氣の原理(心が身体を動かす)を、日常生活で実践し、そして検証することが目的です。
何事を身に付けるにも実践は基本ですが、「実践」だけではなく、実践後にどう変わったか「検証」が重要です。
知識として得た学びは、時に失いやすいものです。実践・検証して得た学びは、失うことはありません。まずは1ヶ月間、記事の内容を実践・検証して下さい。
藤平信一です。
「知識を得る」のと「身につける」のでは学び方は違います。「知識を得る」のが工夫次第ですぐに出来るのに対して、身につけるには時間をかける必要があります。
例えば、拙著「心を静める」をお読み頂き、「知識を得る」のはすぐですが、「身につける」には時間がかかります。
以下の内容は、それを前提にお読み下さい。
何かを学ぶ時、「良いところ取り」をしようとする人がいます。Aという学びと、Bという学びがあるときに、その両方をかじって、良いところを吸収しようとする姿勢です。
「知識を得る」には良いのかもしれませんが、「身につける」には良くありません。良いところ取りしようとする人は、自分では得しているつもりでも、実は大変な損をしていることに氣づいていません。
世界で最高のコーヒーと最高の玉露があったとして、それを混ぜ合わせたら、一体どうなるでしょうか。コーヒーはコーヒーとして、玉露は玉露として味わうからこそ、それぞれの持つ価値が分かるのです。
「良いところ取り」は、それらを混ぜて飲むようなものです。せっかくの最高のものが台無しです。混ぜたら美味しかった、ということもあるかもしれませんが、ほとんどの場合は失敗です。
Aを学ぶときはAに専念し、Bを学ぶときはBに専念する。すると、身につく過程でAとBの共通点が分かってきます。これは、「AとBを混ぜている」のではなく、「AとBに通じる本質を理解している」ということです。
これは、とても重要なことです。
心身統一合氣道の稽古でも、稀にこういう方がいらっしゃいます。
「これは他の武道の という動きに似ていますね」
「これはダンスの というステップに似ていますね」
「これは さんの という理論に似ていますね」
一概には言えませんが、ほとんどの場合、こういう発言をする方は混ぜているようです。混ぜてしまうと、いま学んでいることを見えなくなります。これは、実にもったいないことです。
ちなみに、こういう方が合氣道以外の学びをする時、「これは合氣道の○○という動きに似ていますね」と言います。
一方で、こういう方もいらっしゃいます。
「合氣道を稽古して、 の動きが良くなりました」
「合氣道を稽古して、 の意味が良く分かりました」
「合氣道を稽古して、何事も一緒なのだと感じました」
これは混ぜているのではなく、本質を理解しているのです。この違い、うまく伝わりましたでしょうか。
まとめると、「混ぜるな、危険!」ということです。
さて、今月の実践・検証です。今回はレベルが高めです。
[実践すること]
- 学ぶとき、学ぶことに専念する。
- 本をよむとき、その本に専念する。
- 人の話を聞くとき、その話に専念する。
[検証のポイント]
- 専念した結果、どんな変化があったか。
この記事は「藤平信一メールマガジン」に掲載されたものです。
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